2月20日(中編)
フレグの興奮も収まったところで光陵重工を後にした光とフレグ。フレグの表情は興奮が収まってもなお、可能性のある未来に対する希望を感じ取っていると良く解る笑顔であった。
「さて、これから夜の食事までは自由な時間となりますが……どこか見ておきたい所はありますか? あまり遠くは難しいですが」
まだまだ外交的な面では形が出来上がっていない為、2000年前ではありえない形を取っている今回のフレグの来日。一定の型が出来るまでにはもうしばし時間が必要であり、日本としても他の3つの国としてもこの辺りはまだまだ手探りな所が多い。
「そうですな……この車、という物。これを実際に私が動かすことが出来る場所はありませんかな?」
フレグ曰く、実際にこうして触れて乗ってみて、魔法を一切使わない移動手段という物に強く興味を覚えているとの事。なので光は、ある自動車の練習場へ向かうようにと、運転手に頼んだ。
「では、そちらに向かいましょう。しかし、そこまで興味を惹かれましたかな? こちらからすれば、魔法で長距離を一瞬で移動することが出来る皆様からしてみれば無用の長物としか思えませんが……?」
光の質問に、フレグは首を振る。
「いえいえ、ヒカル殿。転移魔法はかなりの上級魔法。皆が使える訳ではないのです。たまたま今の3国代表者が皆使えるだけであり、使えない人の方が圧倒的多数。しかも転移の魔道具は製作が困難を極める為非常に高価かつ、再使用するまでの手間も非常にかかる厄介な物でして。そして何より、最大の問題点が一つあるのです。ヒカル殿はそれが何か、分かりますか?」
フレグからの問題に、光は顎に右手を上げて考える。
(転移による問題か。使い手が少ない、魔道具は高価という点はすでにフレグ殿が挙げられた。その他にそれらしい問題……そうか、もしかすると)
地球に居た時にも、この理由があったがゆえにマグレブが海を跨いで運航していても船の存在が無くなる事は無かった。おそらく、こっちでも当てはまる点があるはずだと光は当たりを付けた。それは。
「大量の貨物を運ぶことが困難である、という点でしょうか?」
そう、物資の運搬の問題だ。マグレブでもある程度の物資を運ぶことは出来た。しかし大きな物やかさばる物、重量が重い物などは船での運搬がメインとなっていた。速度はマグレブに比べるとあまりに遅いが、同時に、かつ重量のある大きな物を物資運搬能力では船の方が遥かに上。故に船の需要が西暦4000年を回っても途切れた事は無かった。
「ヒカル殿、お見事です。そう、転移はある程度の重量を超えると発動できないという問題が存在しているのです。大体術者一人につき限界は人間5人前後。これ以上の重量や物資量が増えると転移が発動しなくなるのです。そのため大量の物を運ぶとなると、今でも大騒ぎとなります」
魔法も、そこまでの万能性はないという事か……と光は内心でそう思う。そんな光の考えを知ってか知らずか、フレグは話を続ける。
「しかし、この車という物であれば、魔力の多寡に左右される事が無く物や人を素早く移動させることが出来る。これは非常に大きい、商人たちはこぞって欲しがるでしょうな。運搬は何時の時代も頭を悩ませる問題ですから」
異世界を新しい故郷とし、魔法が存在する世界に身を置けば、車を始めとした運搬技術は徐々に必要が無くなっていって衰退していく物だと光は思っていたが、予想とは真逆で需要が増えていく事になる可能性が出てきた事で光は少し安堵する。こういった物に関わっている人々の仕事が、無くなる事が無いと知ることが出来たからだ。
「車と言っても、色々ありますからな……運搬を重視した物も当然あります。しかしそういった物はどうしても大型になり、動かすには相応の訓練も必要となります。大型ゆえに、他者にぶつかりでもしたら悲惨な結末を生み出しますからな。さて、フレグ殿の希望する車を動かせる施設に到着しましたよ」
やって来たのは、昔の言い方で言えば自動車教習所である。今はVRを生かして教習カリキュラムをこなし、実際に車を動かす回数はそう多くない。だがVRではめったに起きない厄介な事故パターンをこれでもかと突っ込んだうえで回避を迫るので、実際の運転の方が穏やかだ、何て事も言われる。尤も、その方が事故が減っていいと言われているが。
「ようこそおいで下さいました、フレグ・カドラス様。まずはVRの方である程度慣れていただきます。その後施設内のコースにて、実際に動かしていただく形となります」
連絡が少し前に入ったとはいえ、突如訪れた国賓に対し施設の教員はやや混乱気味の意識を必死で押さえつけ、いつも通りの対応をして見せた。フレグはその姿に内心で感心する。突如やって来た相手に対しても混乱や慌てる事無く、平時と変わらぬ応対をするのは難しいという事を知っているが故だ。
「急な訪問をしたにも関わらず、丁寧な応対をして頂き感謝いたします。本日はよろしくお願いしますぞ」
フレグも無茶を言った自覚はあるため、丁寧に教員へと返答を返した後に軽く頭を下げた。その後は教員の指示に従って車のVR施設へと入って行く。助手席には教員が座り、光はそんなフレグの様子を別モニターで見る事になった。
「しかし、まさか魔法がある世界のお方が車に興味を持たれるとは思いませんでしたな」「うむ、しかしこれで車業界が魔法に仕事を取られて消えるという事にはならずに済むかもしれん。そこはありがたいが」
光の車を運転する専属運転手と、光はそんな会話をしながらフレグの運転具合をうかがう。最初はふらふらと危なっかしく、急発進急ブレーキとしっちゃかめっちゃかな運転であったが……20分もすると一般道の運転ならまあ何とか大丈夫だろうか? といった感じになってきた。歩行者や対向車といった要素もフレグの運転が慣れてくるにしたがって追加されているので、ある程度の目安にはなる。
「突発的な事故に対する対応がまだ危なっかしいですな……」「無理を言ってやるな、フレグ殿は今日初めて車を知ったのだぞ? それを鑑みれば素晴らしい上達速度ではないか……さすがにまだ公道には出ていただくわけにはいかないが」
まだ問題点はいくつも見受けられたが、それでも一定レベルの運転は出来るようになっていくフレグの動かす車。それからややあって、目的地に設定された場所まで到着した事で訓練終了という事でVRの施設からフレグと教員が出てきた。
「ヒカル殿、なかなか運転という物は難しいが面白いな! もっと運転が上手くなったらぜひ日本皇国から車を一台買って、休暇には人の少ない所で乗り回してみたいものだ!」
素晴らしい笑顔を見せて、フレグはそう力説する。どうやら、ハマったらしいという事は疑うまでもない。
「では、その目標の為にも一定レベルの運転を身に着けていただきます。運転は楽しい物ではありますが、一歩間違えば人殺しの手段へと変貌してしまいます。そうならぬ様に、今度は実際の車を用いての運転で学んでください」
教員の言葉にフレグは「うむ、よろしく頼む!」と、まるで幼子が玩具を手に入れた時のような笑顔を見せながら外に出て車に乗り込む。VRでの訓練を行っている為、ぶつけまくるような危ない運転ではないが……やはりまだ公道には出したくないというのが光と運転手の共通認識である。
(まあ、初日と考えれば上手い方に入るのは間違いない。後は色々なルールを覚えてゆけば、問題なく運転できるようになるだろうな。ただそこまで行くのにどれだけ時間がかかるか。何せ彼は国家の元首。ここに気軽にやって来るような時間はまず持てないはず、だ。そこがどうなるかだなぁ)
と、光は考えたのだが……この後ちょくちょく時間を取ってはフレグはこの施設にやって来て車の運転の練習を積み重ね……光の知らないところで運転許可証を獲得してしまうのだが。それは当然ながらもう少し先の話である。




