2月14日
バレンタインの話を書くと言ったな、あれは半分は嘘だ!
迎えた2月14日。当日光はあるテレビ局にゲストとして呼ばれていた。
「皆さま、こんにちは。これからしばし皆様のお時間を拝借できれば幸いです。では、本日のゲストを紹介いたしましょう。異世界への脱出という予想不可能な方法で日本の暗黒時代を終わらせ、希望ある明日を我々に与えて下さった総理大臣、藤堂 光様です!」
お昼休みに流れてくるバラエティ番組としては異色のゲストの名前に、見ていた人達は一瞬硬直し、次に本当に当人が出てくるのか? という疑問を抱く。そしてセットの奥から姿を見せた光を見て、総理が番組に出てるー!? と、ちょっとした騒ぎになった。
「皆さま、どうも。総理大臣をやらせていただいております、藤堂 光です。本日はよろしくお願いします」
あいさつの後に軽く頭を下げて、光は用意されていた席に着席。番組は始まった。まずは司会者の言葉から入ってゆく。
「本日は我々の要望にお応えくださり、本当にありがとうございます」「いえいえ、今回の話は私が地球に居る時に『日本ごと地球から出て行ってやる!』なんて啖呵を世界に切った日から一年が経過して、起きた出来事を振り返るというお話でしたからね。それならばやってこないという訳にはいかないでしょう」
光の言う通り、この日の番組のタイトルは総理が地球脱出を宣言してから今までの流れを振り返る事であった。なので光も番組からのオファーに応えて出席する事に決めたのである。
「総理、正直日本国民は去年の2月14日に聞いた総理の言葉に暴走したのか? とか狂ってしまったんじゃ? とかの言葉が多数上がったんですよ。この点についてはどうお考えでしょうか?」「はは、無理もない話です。私も異世界の皆様からの接触がなければあんなことは言えませんでしたし、私が聞く側であったなら国民の皆様のそういった意見と同じ感想を抱いたでしょう」
他の出演者からの最初の質問に、光は素直に返答する。あの日、フルーレとの出会いがなければ今日という日はない。あの日の出会いに、光は改めて心の内で感謝した。
「しかし、その後の最後の国連に出席して総理が切ってくれた啖呵に、個人的な意見ですが私は痺れましたね。ああ、よくぞ言って下さった! と拍手喝采してしまいましたよ」「私としても、あまりに長すぎる不当な扱いには腑が煮えくり返っていましたからね。あれぐらい言ってもまだまだ足りないというのが正直なところです」
この国連の一件に対して、また他の出演者から質問が飛ぶ。
「あの時、総理は銃を構えた相手に向かって『撃ってみろ!』と啖呵をお切りになっていらっしゃいましたけど、あの時何らかの防御対策と言いますか、身を護る手段を用意した上で仰られたのですよね?」「いえ、何もありません。私はあの国連の会議に出席した時、生きて戻るつもりは全くありませんでした。あそこで相手が引き金を引いていれば、私は今、ここにはいません」
この光の言葉に、スタジオは騒めいた。何らかの対策をした上で、あの啖呵を切ったのだろうと考える人が圧倒的多数だったからだ。しかし、光は何もないとすぐさま断言したことで、本当に命を懸けて啖呵を切った事が今ここで明らかになった事は、多くの国民にとって衝撃的だったと言えよう。
「正直、魔法なる力で防御手段を手に入れていたから言えたのかと──」「いえいえ、そうではありませんよ。しかし、我々は侍の魂を受け継ぐ者。ならば命を懸けて相手に一太刀浴びせるべき時には、それに見合った行動をすべきでしょう。私は、そう考えます」
この光の言葉に、しばしの沈黙の後に大きな拍手が起きる。拍手が収まった後、司会者は「では次に、全国各地で幽霊と思わしき存在が多数みられたことについてお話を」と議題を変える。
「幽霊というか、我々のご先祖様ですよね。明治、大正、昭和時代の」「そうですね、服装からもその時代の方々だと判断してよろしいかと。その後、あの世界中の海に沈んでいた戦艦が日本に戻ってくるという奇跡が起きましたな」「ご先祖が戦うことを決めた日本に力添えをしたと考えていいでしょうな。現に、今も長門と大和という二大戦艦は日本と共にいますからね」
各出演者が、自分達の考えなどを口にする。尤も、出てきた言葉はほとんどの日本国民が思っていたことの代弁でもあった。特に長門と大和という戦艦が蘇って来た後、今も健在であるという事がその考えを後押ししている。
「異世界の人、という言い方は今は正しくないのですが。こちらの世界の研究者に長門と大和の事を聞いてみたのですが、その時のお答えはソウル・ガーディアンという物になっているとの事でした。こちらの世界にも強い思いを持ったまま死ぬと、稀に起こる現象との事でして、防衛対象を消えるまで護る守護者との事です。これらも以前に発表しておりますが、念のために申し上げておきます」
光の言葉に、そうそうという感情と、そうだったのかという感情が半々ぐらいで入り混じる。
「しかし、ロマンがある話ですよね。かつての巨大戦艦が現代に復活して共に戦ってくれるというのは。武者震いを覚えましたよ」「分かります、そのお気持ち。しかもただ復活しただけではなく、空を飛ぶ事すら出来るようになった。心強い事、この上ないですな」
この二人の出演者の発言には、皆がうんうんと頷きながら賛同した。スケールのでかさ、後の戦争で発揮された戦闘力の高さなどもあいまって、新しい日本人の心のよりどころの一つとなっていた。
「そして、そういったご先祖様のお力も借りて、日本は戦った訳であります……次は、年末の戦いについてお話をいたしましょう」
と、司会者。話が飛び飛びだが、時間が限られている以上は仕方がない事である。
「これはもう、話をするのは一つしかないでしょう。あの神威という巨大ロボットですよ!」「あんな巨大ロボットを作り上げるノウハウをいつ積み重ねていたのか、総理にはぜひ伺いたい」
と、当然のように質問されたのは神威シリーズの事であった。だが光が口にするのはもちろん──
「申し訳ないですが、ちょっと言えませんね。あの神威の開発と建造に大きく関わったのは、3百年以上の時間をかけて復讐の牙を研いできた方々ですから。なので、あの神威は私の力ではないんです。それと戦えるほどの数を用意できたのは、様々な皆様からの協力なしでは不可能でした。私の力なんかちっぽけな物なんです。色々な方々の力を借りて、今私はここに居られるんですよ」
光の言葉に、へーという声やそうだったんだーという声が上がる。
「ただ、なんで二足歩行のロボットだったのかって所はちょっとわからない部分があるんですよ。機能を拡張した戦車や戦闘機ではダメだったんでしょうか?」
出てきた質問に、光はこう返答した。
「そうですね、まず戦車は一定の足場がなければなりません。そして武装がある程度固定されてしまいます。戦闘機は出撃後着陸できる場所が少ない、空中補給が出来ないという環境上、運用が難しすぎます。二足歩行の人型であれば、人間の様に様々な融通が利くんですよ。戦車や戦闘機は弾薬が切れたら体当たりをするか引き上げる他ありません。しかし人型の機体であれば、岩を持ち上げてぶん投げてもいい。相手を直接殴ってもいい。事実、私が動かした鉄も、タックルで突撃するという攻撃は結構やりました」
と、人型ならば可能となる事を交えながら返答をした光。人型である理由はちゃんとあった事を知って、質問をした人も「そう言う事だったんですね。カッコいいから士気が上がるという事が狙いじゃなかったのですね……」と感想を口にした。
「本音を言えばもっとお話を伺いたい所ではありますが、残念ながらお時間となってしまいました。本日は総理大臣である、藤堂 光様にゲストでお越しいただきました。総理、お忙しい中出演して頂き、ありがとうございます」
司会者の言葉に、光は立ち上がった後に頭を下げ──
「これから先も、まだまだ難題は控えております。しかし、今の我々は奴隷ではなく一人の人間として生きることが出来る世界に居ます。人間としての誇りを取り戻した我々なら、やってくる難題にも力を合わせて乗り越えていけるはずです。皆様、これからもよろしくお願いします」
光の最後の言葉に、拍手が起こる。こうして、光のテレビ出演は終わった。
そして、官邸に戻ってきた光を執務室にて待ち受けていたのは──
「お戻りになられましたか」「お仕事、お疲れ様でございます」「少々無理をして押しかけてしまったぞ! まさか邪魔が入るとは思わなかったがのう……」
フルーレ、フェルミナ、沙耶の三名。手には箱を持っている。そして目からはすごい圧力が放たれている。
「えーと、その、なんだ。失礼ながら、皆様方が今日ここにいらっしゃるという予定はなかったと記憶しているのですが……」
記憶を手繰り寄せて確認する光。今日官邸にやって来る予定が入っている人物はいなかったはずだ。
「その点は」「他の方々から」「許可を取っておる。心配するでない」
なぜか三人がバトンパスするような形で言葉を繋げ、その後に差し出されるのは三人が持っていた箱。
「これをお渡しするのが目的ですので」「お渡ししたら、引き揚げますから」「うむ、受け取って欲しいのじゃな」
そう言われれば、光は受け取る以外の選択肢を潰されてしまう。なぜこのような物を渡されるのか、光は全く理解しないまま三人から箱を受け取る。
「一か月後を楽しみにしております」「3倍返しなどとは申しませんので」「うむ、今から楽しみでならぬ」
そう言いながら、光に持っていた箱を渡し終えた三人は「せーの」とタイミングを合わせた後に──
「「「ハッピーバレンタイン!」」」
ここにきてやっと、光はなぜプレゼントを三人から渡されたのかを理解した。一年前、いやその前に総理の椅子に座った時から続いていた苦難の日々と様々な戦いで、バレンタインという行事など、すっかり忘れてしまっていた。
そもそも、女性との関わりがほぼなかった光にとって、バレンタインに女性からプレゼントを渡されたのはこれが生まれて初めての事であった。一生自分には縁のない事だ、とどこかで切り捨てていた事も、気が付けなかった理由の一つだろう。
「あ、ああ、そうか。そういう事か……ありがとう、味わって食べる事にする」
光の言葉に3人は笑みを浮かべ、すぐさま自分の国に転移で帰って行った。ちなみに……フルーレのチョコは甘く、フェルミナのチョコはややほろ苦く、沙耶のチョコはナッツ入りの歯ごたえがいいタイプであった。
「──お返し、どうするかね」
今まで縁がなかった新しい悩みに、微笑みを浮かべながら考える光であった。




