1月15日 フリージスティ王国との調印式
数日過ぎて、最後の国交樹立を行うために光はフリージスティ王国へと出向いた。光の移動を行ったのは……沙耶・龍・フリージスティご本人である。なんでも、フォースハイム連合国への移動を行ったのがフェルミアであり、そのフェルミアが光に対して好意を持ったという情報が流れたことが原因で、沙耶は危機感を抱いていた。
「このままでは、このままでは……わらわの婿殿……未来の旦那様が盗られてしまう!!」
そんな事を半分無意識のうちに口にした沙耶は、当初光を連れてくる役を務める筈だったピンフォール・ガンナーであるブリッツ・グリーブの仕事を無理やり奪い取り、光をフリージスティまで連れて来た。その必死になる理由を十分に理解していたブリッツは苦笑しながら「我らの愛する姫様の珍しいわがままを聞くのも時にはいいでしょう」と言ったとか何とか。
なんにせよ、お土産である日本酒を携えてフリージスティにやって来た光。フリージスティに入った光の目に入った物は無数の蒸気機関で動く街並みであった。あちこちから蒸気機関が動く音が聞こえ、マルファーレンスやフォースハイムとは受ける感じが全く違う。先の二つの国はファンタジーあふれる雰囲気が強かったが、このフリージスティはどちらかと言えば地球寄りだと感じた光である。
「ふふ、先の二国とは全く雰囲気が異なるであろう? このスチームメーカーこそが我が国の力の一つじゃ。もちろん魔法も使うがの、魔法に頼り切らない国づくりと技術が我が国の在り方なのじゃ。それと、先に言っておくがの。各メーカーから吹き出す蒸気を浴びても何の害もないからの。本来ならもう無くしても良い部分なのじゃが、古き良き時代に敬意を表して蒸気が噴き出す機能をわずかに残しておる」
このようにの、と沙耶は自分の手を吹き出している蒸気に当てる。蒸気を受けても沙耶の手が赤くなったりはしない。光も試しにやってみたが、ほのかに温かいなという感じであった。現在では、沙耶の説明にもあった通りこの蒸気を吹き出す機構はあくまで飾りの側面が強い。
「このような物を作ってきた歴史があるからかの、光殿を始めとした日本の皆が乗っていたカムイ、と言ったかの? あの大きなゴーレムに我が国の技術者たちは興奮しっぱなしなのじゃ。そして先日、直接国民皆にその姿を直接見せてくれたじゃろ? その姿に魅せられた者は多い。まだ日本皇国がこちらに来る前に派遣した技術者は連日質問攻めを受けておる状況じゃな。神々の試練に対抗できるというだけではなく、あれだけの巨体が空を舞い、機敏に動き戦うことが出来る。その全てが衝撃的なのじゃ」
光は沙耶の言葉を受けて、気持ちは分かりますねと同意した。技術を常に求めて、叩いて磨いて生み出してきた歴史がある日本にとって、全く知らない、予想できない技術に心を惹かれる感情はよく理解できる。日本だって、魔法という技術が空想ではなく現実として存在する事を知って、マギ・サイエンスという新しい技術が生まれた。まだまだ生まれたての赤子ではあるが、だからこそ将来性がある。この発展が、今後の日本の一つの目的となるだろう。
「お互いにいい刺激を与えて、より高みに上っていければ理想的ですね」「それが理想じゃな。そしてその理想が実現するように日々努力をせねばならぬ。神々の試練はいつ終わるか分からぬし、それを抜きにしても昨日よりも今日、今日よりも明日を目指して努力を重ね続けなければ人は腐る。腐ればそこからさらに腐敗は広がる。そのような事になって潰れた国などいくらでもある。その二の舞になってはならぬ」
このあたりの言葉が出てくるのは、国の象徴となっているが故か。象徴はお飾りの存在ではない。国政に口を出す事は無いが、国が栄えるように常に考え、おかしな方向に行かないように民を導き、必要とあれば外遊を行って他国との交流を図り、民を愛し、民から愛される。そうでなければ国家の象徴とは成り立たぬ。
「そうですな、そのような形で滅びるなどこちらとしてもまっぴらごめんといった所です。これから生まれてくるまだ見ぬ子供達が希望を持てるような国を残すのは我々の仕事でしょう」「うむ、子は宝よ。そんな子供が明日に夢を抱けない国に未来はない。未来を創るのは子供、その子供を護るのは大人じゃからな。大人としても国に関わる者としても、そこはしっかりせねばならぬ」
そんな将来の話をしながら、国交樹立の調印を行う場へと向かう。中に入れば、すでにフリージスティ側は勢揃いしていた。光が軽い会釈を行うと、フリージスティ側も全員起立した後に会釈を返してきた。
「ようこそおいで下さいましたヒカル様。先日自己紹介いたしましたが、改めて……この国のピンフォール・ガンナーという日本皇国においては総理の立場を務めさせていただいておりますブリッツ・グリーブです。日本皇国との国交樹立を調印できること、心より嬉しく思っております」
フリージスティ側を代表して、ブリッツが笑顔でそう言葉を述べる。
「ありがとうございます、日本皇国の総理大臣を務めております、光 藤堂です。私達と致しましても、フリージスティ王国の皆様とこうして国交樹立できることはこの上ない喜びでございます。そしてなにより、地球に居た時の我々に対する多くの協力に改めて感謝いたします」
光も笑顔で返答を返した。緊張した空気は多少あるが、この調印で揉める要素は何もない事はお互い分かっている事。事実この後行われた調印式もスムーズに進んで無事に終了。これで日本皇国は正真正銘こちらの世界の住人となり、国交も開かれたことになる。
(あの苦境から一転して、今は対等な人間として扱ってもらえる。それがどんなにありがたい事か、こうも噛み締める事になろうとはな)
無事に3国との調印が終わった事で、内心で光は安堵のため息をついた。もちろんこれはスタート地点であり、これから先は努力と成果を上げ続けなければならない道が待っている。それでも、だ。地球にいた時は一方的に搾取され、一方的な要求を飲まされ、奴隷のような扱いの下で強制労働をさせられ、多くの国民が力尽きて屍となる様を見せられてきた。
そんな苦痛と悲しみ、歯を食いしばりながら未来を信じて命を必死で繋いできた日本人の歴史がここに報われたこともまた事実なのである。涙をこぼしそうになるのを、光は必死でこらえていた。
「では、しばしの休みを挟んだ後に、国交樹立を祝う晩餐会を予定させていただいております。沙耶さま、ヒカル殿の案内を任せてもよろしいでしょうか?」
ブリッツの言葉に、沙耶は満面の笑みを浮かべながら了承する。
「うむ、光殿のことは我に任せておくがよい。晩餐会を迎える時まで、退屈させるような事はせぬよ」
フリージスティの重鎮の中には「それは沙耶さまが光殿に構ってほしいだけなのでは?」と口にしそうになった者が数名いた。しかし彼らも愚か者ではない……実際に口にした者はいない。余計な一言で災いを招く事を、彼らはよく理解している。だから彼らはその方面に関しては口をつぐんだ。
「ブリッツ様」
重鎮の一人がブリッツに声を掛ける。
「どうした、何か気になった事でもあるのか?」
ブリッツがそう話しかけてきた重鎮の方を向いて、次の言葉を待つ。
「私は、いろんな意味でこれから先が楽しみになってきました。神々の試練に立ち向かえる可能性が出てきた事だけではありません。数年前までは様々な事が原因でどこか冷めていらした沙耶さまがああも変わられた。これから先、我々の未来にはきっといい事が待っている。理屈ではなく直感で、そう感じるのです」
その重鎮の言葉に、ブリッツも笑みを浮かべる。
「その直感は大事だ。銃も未来も、当たる、上手く行くと直感で感じ取ったらだいたいそうなるもんだ。沙耶さまがああも笑顔になられた姿を見られたことは、私にとってもうれしい。先の神々の試練で、たまたま別行動を取られていた沙耶さまを除いたご家族は想定外の試練を受けてしまいお亡くなりになられていたからな……今回、神々の試練に耐えるのではなく立ち向かえる事は、沙耶さまにとって復讐の機会にもなるのかもしれん」
復讐、の言葉に重鎮たちが渋い顔をしたがブリッツは構わず続ける。
「復讐をしても何もならないという意見も分かるが、沙耶さまご自身の気持ちの整理はつく。それに神々の試練に打ち勝ったという結果を出せれば、これからの未来に希望が見える。その両方の理由で、沙耶さまの復讐が上手く行ってほしいと私は考える」
ブリッツの言葉に「気持ちの整理、ですか」「確かに、そういう見方も出来ますな」「どのみち、護り続けるだけでは未来はありません」「日本皇国のカムイなる存在ならば可能性は確かにありますからな」などの話し合いが起こり、長くなりそうになったのでブリッツは手を打ち鳴らして話し合いを止める。
「その話し合いは明日以降でいい。今日は我々にとって逆転の一手を持って来てくれた日本皇国の光殿の歓迎が最優先だ。晩餐会の用意は問題なく進んでいるな?」
ブリッツの言葉に、そちらとの連絡を取り合っている重鎮が頷く。
「よし、ならば我々も始まるまでは一息ついておこう。いったん解散し、晩餐会にて再び集合だ。遅刻するなよ?」
ブリッツの言葉に敬礼をした後、重鎮たちは各部屋に散って休息をとる。やがて日が沈み、晩餐会の時間がやってくる。




