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1月12日 フォースハイムの晩餐会

 フォースハイムの晩餐会は、マルファーレンスの時とは違って落ち着いた雰囲気の中で行われた。会話がないわけではないが、全般的に穏やかな雰囲気である。


「それにしても、ヒカル殿」「はい」「貴殿が持って来てくれたこのニホンシュという酒。実によいですな。この透明な姿からは予想も出来ぬ熱を持っている。香りも高く、するすると喉を通って心地よい。我々もそれなりに酒を造っておりますが、それらとはまたまた別格の旨さですな」


 フォースハイムの酒は、ワインをイメージしてもらえばほぼ間違いない。色合い的にも味的にも白ワインと表現できるだろう。その色合いは透明ではなく、リンゴジュースのような色がついている。ワイングラスに酷似したグラスに注がれているので、その色を光も確認する事は容易かった。


「グラスに注いでもそうですが、下に絵が描かれた器に注ぐと特にそれを強く感じますな。ここまで透き通った酒は、初めて口に運びます。しかし、口に含めばその姿とは裏腹に強い酒の力が喉を熱くするという驚きもあります」


 フォースハイムの重鎮たちは、日本酒を飲んだ感想を次々と口にする。マルファーレンスとは違って詰め寄るような事は無いものの、熱い視線を注いでいるという点は変わりない。


「気に入っていただけたようで何よりでございます。口に合わなかった場合はどうしようかと思っておりましたので、正直、ほっとしております」


 少々おどけ気味に光がそんな言葉を発すると、この場に集っている人々から笑い声があがる。厭味ったらしい物では無く、純粋に楽しさから出る笑い声だ。


「しかし、先に日本に行っていた者達の気持ちが分かりますな。我々の酒も決して劣っているとは申しませんが、この感覚は実に新しい。我々も日本に行った折には、旨かったと我が国の兵士たちが言っていた物を食べながらこの酒を味わいたいものです。知らない事を知る、それはどんな事でも楽しみですからな」


 と、そんな言葉を口にする重鎮もいた。もっとも、この意見に首を縦に振る者は数多くいたが。


「私は逆に、こちらの酒とこちらの料理の組み合わせをまさに味わっている真っ最中ですけどね。この酒に合わせて出てきた食事をこうして穏やかに話をしながら楽しむ……ええ、実に美味しいですよ」


 これは光の発言だ。もっともこれは世辞ではなく本心から出た言葉である。マリアージュ、という言葉をご存じだろうか? 酒や茶と食事の相性が良い事を指す言葉だが、出てくる料理の合間にフォースハイム産の酒を飲むと、より舌で感じる味がまろやかになったり、香り高く感じられるようになったりするのだ。かなり計算された料理と酒の組み合わせと言えよう。


「そう言って頂けるとこちらとしても安心できますな。そちらに出向いていた兵士達の言葉から、少々我が国の料理に対する自信が揺らぎましたが、日本皇国の総理である貴方が褒めて下さったとなれば、こちらも自信を取り戻せるという物です」


 光の言葉を聞いて笑顔を浮かべたある重鎮の言葉に「全くですね」「楽しんで頂けている様でこちらもほっとしたと言う所ですな」と会話が弾む。しかし、この空気をぶち壊す人物が現れた。それは──


「ヒッカルさまあ~、このお酒、もっとありませんかぁ~??」


 この声の主は、ファーストアークメイジであるティアの物だった。晩餐会前の会議のキリっとした立ち振る舞いはどこへやら、顔がかなり赤く染まり、うるんだ瞳で光を見つめている。誰が見ても様子がおかしい事は明白であった。


「アークメイジ! 貴女という人は、一人でヒカル様が持ってきてくださったお酒の半分をこの短時間で飲み干したのですか!?」


 慌ててティアの座っていた席を確認した重鎮の言葉から察するに──どうも、そういう事らしい。日本酒の味に一瞬にして心を掴まれた彼女は、晩餐会でありながらついついその手を止めることが出来ずにカパカパと飲み続けて、どこに出しても文句のでない酔っ払いに変身してしまった。その酔っ払った事で、このような行動に出てしまったらしい。言うまでもなく、国家元首として失格なのだが……ここで素早く動く人物が一人。


「おしおきです」


 そう言うが早いか、フェルミナが左腕をわずかに振る。すると突如ティアの足元にだけ穴が開き、重力に従ってティアはその穴の中へ落下。再びフェルミナが左手を振ると、その穴は消え去った。


「ヒカル様、うちのバカアークメイジが大変失礼をいたしました。お詫び申し上げます」


 先ほどまでの穏やかながらも楽しかった雰囲気は消失し、皆が光に向かって頭を下げていた。が、ヒカルとしてはこんな事で先ほど結んだばかりの同盟の話に亀裂が入っては困る。なので当然口から出した言葉は……


「ああ、いえ。少々ファーストアークメイジ殿は普段飲まない酒の味につられて飲みすぎてしまったのでしょう。このような事で腹を立てるような事はございません。ですから、皆様頭を上げて下さい。幸いここは非公式の場でありますし、先程の一件は夢、幻であったのだという事でよろしいでしょうか?」


 ヒカルの言葉を聞いて内心で胸をなでおろすフォースハイム側の人々。こんな醜態を日本皇国の首相に対して晒してしまった何て事が国民に伝われば、大問題に発展しかねない。それを光は夢……つまりは無かったことにしましょうと言ってくれたのだ。色々な意味で首の皮が繋がった重鎮達であった。が、それでは納得できない人物が一人、フェルミナだ。


「ヒカル様のご厚意に感謝いたします。しかし、それだけでは心苦しい一面があるのも事実です。代わりというには失礼ですが、私が光様の所に嫁ぐという事でこの一件の清算と致しましょうか」


 この爆弾発言に、フォースハイム側はもちろん、光も一瞬で酔いがさめた。日本で例えるなら突然天皇陛下が他の国の元首と結婚すると発表するに等しい行為である。超級の爆弾投下と言っていい。


「ふぇ、フェルミナ様!? それはどういう意味でしょうか!?」


 つい声を荒げてしまうフォースハイム側の重鎮。だが、それを諫める者はいない。こんな発言を突然何の脈絡もなく国の象徴であるフェルミナが口にすれば、その真意を問いたださねばならないからだ。もっとも声を荒げたのはフォースハイム側だけではない。


「フェルミナ様、私としてもそのような清算や結婚は望みません! ずっと過去の時代であるならばいざ知らず、今はそういった時代ではございません! 結婚するのであれば貴女にふさわしい伴侶と共に幸せになっていただかなくては困ります!」


 光も当然、声を大にして己の意見を口にする。確かにフェルミナは美人である。物腰も柔らかく、結婚出来れば男として素晴らしい事であることは間違いないだろう。しかし、しかしだ。こんな形での結婚は光の望むところではなかった。お互いの心を通じ合って、その結果結婚するならばいい。しかし、この形で結婚なんてしたら、相手の弱みに付け込んだただの外道、男の屑ではないか。そう思ったからこそ先の言葉を口にしたわけなのだが──


「あら? 神々の試練に真っ向から立ち向かうと宣言し、戦旗を先頭で振る勇気ある男性であるヒカル様は私の結婚相手に相応しいと思いますけれど? それに、ヒカル様は私と結婚した後幸せにしようと考えてはくださらないのですか?」


 微笑みを浮かべながら、こともなげにそんな更なる言葉を追加してくるフェルミナ。そんな彼女に少し落ち着いた光は──


「フェルミナ様、あまりそう言う言葉を口になさらないでください。貴方の国の方々も、私も寿命が縮んでしまいますよ」


 と、諭すような言葉でフェルミナを嗜めた。ヒカルの言葉にフェルミナは両目を閉じて数秒間動かなかったが……再び目を見開くと、光の言葉に対しての返答を口にした。


「分かりました、では今はヒカル様に結婚を迫るのは止めておきましょうか。そろそろあの子も帰ってくる頃合いでしょうし」


 このフェルミナの言葉に光は首を傾げ、フォースハイムの重鎮たちは苦笑を浮かべた。そして20秒ぐらい後に、晩餐会会場のドアが開かれる。


「大変、失礼を、致しました……」


 穴に落とされる前とは違った、真っ白いローブを身に纏ったティアが息を切らせながら姿を現した。その顔色から察するに、酒はある程度抜けている様だ。


「少しは頭が冷えましたか。貴方は酒が多く入ると少々どころではないポカをやりかねないという事は知っていたはずですよ? それを、よりにもよって大事なお客様の前でやらかすなんて、本来は極刑物です」


 先ほどまでとは違って、冷たいフェルミナの声が晩餐会場の中に響く。ティアの顔色は真っ青だ。


「ですが、良かったですね。ヒカル様は先ほどのあなたの痴態を夢として忘れて下さるそうです。ヒカル様がそう言った以上、私も貴女に対してこれ以上何かを言うことは出来ません。このヒカル様の恩情に報いるように今後は働きなさい、私から言える事はそれだけです」


 幾分温かみを取り戻したフェルミナの言葉に、ティアの顔色が戻ってくる。しかし、フェルミナの言葉はまだ終わっていなかった。


「ですが、それだけでは示しがつきません。ティア、貴方は今後ざっと300年ほど日本のお酒を飲む事を禁止します。いいですね?」


 フェルミナの言葉に、ティアの表情が美しい物からムンクの叫びに変わった。


「そ、そそそそそ、そんな!? あんな美味しいお酒が、あんな香り高いお酒が、あんな刺激的なお酒が、300年も飲めない……のですか!?」


 そんなティアの言葉に大してのフェルミナはあっさりとしたものだった。


「首、転がしますか?」


 その一言で、ティアは黙るしかなかった。この後晩餐会は再開されたのだが、ティアの目の前で見せつけるように日本酒を飲むフェルミナ。これもお仕置きの一環らしいので、光はこの件に関しては口を出す事を控えた。美味しい物があったとして、それを知らなければ耐える事は難しくない、だが知った後に耐える事は非常に難しいなんて言葉を思い出しつつ……晩餐会を終える事になった。




 ──フェルミナ様、晩餐会で口にされた言葉は……


 ──ふふ、私は本気でしたよ。あの神々の試練に真っ向から戦うと決める度胸。先頭に立って旗を振るその勇気。私の明日を預けたくなりますよ。沙耶の気持ちも分かろうという物です。


 ──では、時が来たら実際に動くという事でよろしいのですか?


 ──ええ、そのように。幸い今の日本皇国には複数の妻を娶ることが出来る法がありますからね。沙耶や……ふふ、フルーレさんに恨まれることなく事を進められます。

少々ティアの扱いがギャグっぽくなりましたが……

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