第008話 美人が残念なのと残念が美人なのとどっちがいい? 俺はどっちもイヤだ
ちょっと長くなったな~。何文字くらいだろう?
夕飯と宿題を済まして電源の入っていないこたつの中に入った。こうすると無性にミカンが食いたくなるが今からすることがあるしそもそもミカンはないから我慢だ。
玲はさっきからずっとテレビにかじりついている。「目が悪くなると分かっているのに目が離せないぢょ~」とか言いながら深夜アニメに釘付けだ。
ちなみに家にいる時は五歳前後の姿まで戻すことにするらしい。なんでも「あの体だと肩凝ってのう」とのこと。それを口にしたら女子に袋叩きにされるから気をつけろよ。
よし。それではさっそく。
「……念話のやり方聞いてない……」
ここに来てまさかの障害。でも念話ってことはとりあえず念じれば通じるってことかもしれん。試してみよう。
俺は体に力を込めつつ集中して斑鳩さんの顔を思い浮かべた。
「ぬーーーーん………………」
【はぁいだぁれさっきかりゃ私のかりゃでゃにイヤらしい念波送ってんにょは~、ん~?】
「お、つながっ酒臭っ!!」
声が聞こえたと思ったら鼻を貫くようなアルコール臭がしてきた。まるで目の前に酔っ払いがいるみたいだ。
【あ~らこにょ声は涼馬さんじゃな~い元気ぃ~?】
完全にできあがっているのが声だけも分かる。それに目の前のベンチに斑鳩さんが座っていて、背景として景気のよさそうな歓楽街の喧騒と奥で威風堂々と建つ巨城の風景、焼肉や酒の臭いも感じる。もしかしたら集中しすぎると聴覚だけでなく他の感覚も向こうに飛ばせるってことなのかもしれないな。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが大丈夫か?」
【あは~んもしかしてお仕事の話ぃ~? あいあ~い今から斑鳩さんは吐いてスッキリしましゅのでしばしお待ちをボロロロロロロロロロロロ】
「うわちょ冗談はやめギャアアアアアアアアア!?」
————しばらくお待ちください。
【あーもう気分最悪。さっきまでの記憶が一切ないんですけど。私誓います。お酒は金輪際やめます】
「そのまま女神もやめちまえ」
ここまで残念な美人初めて見たよ。そりゃ結婚もできんわな。
「お楽しみだったようだな」
【ええ。署内総出で高天原に飲みにきたんですよ】
「へえそれはよかったな。なんのお祝いだ?」
【そちらの地区をあなたにすべて任せれたことを祝っていたのです。……あっヤベッ】
「神界の行き方を教えろ。そっちが祝っているならこっちは呪ってやる」
【お、落ち着いてくださいこちらの失言でしたすみません】
よくよく考えたらアパートの階段は玲を元に戻せばいいだけだから、結果的にはオジャマ虫とこの地区の命運を背負わされただけでなんの利益もないじゃん。
仕方ないとはいえどうも腑に落ちない苛立ちを感じていると、それを察したのか斑鳩さんがまあまあとなだめてくる。
【それで、ご用件は?】
「ああ。思ったんだけど異能たちのいたずらをやめさせるにはどうすればいいんだ?」
【方法は多岐にわたりますね。主なのが対象に憑いた異能を直接祓ったり依代を満たされた気分にしたりですね。あとショックを与えてムリヤリ追い出すという手もあります。いずれにせよ「心」になんらかの影響を与えることが共通点です。それと一応説明すると憑かれる人の共通点は負の感情を抱いていることです。それを元に憑依の有無を判断してもいいでしょう】
なるほどねえ。だったら状況に応じて臨機応変に対処できるということか。方法は一つしかないとか言われたら困るだけに助かった。
「んじゃ仮に異能が抜けたとしてもまた別のに憑くなんてことはないのか?」
【それは大丈夫です。我が署には『鴉天狗機動隊』がいるので、依代から抜けたのを確認しましたら五分以内に捕えることをお約束いたしましょう】
「おお、なんかかっこいいな」
【でしょう? なんたって指揮官を務めるのがあの源義経公なんですから】
「マジで!? じゃあ地球的に見たら最新の部隊じゃん!」
【その通りです】
「へえ~。ああ、あとたとえばだけど、異能に憑かれた奴がいたとして、そいつの影響を受けた奴にもお祓いをしなくちゃいけないか?」
【その必要はありません。その人には異能の滓みたいなものがまとわりついているでしょうが、時間とともに空気に溶けるので心配には及びませんから】
「だが何かしらのマイナスが働いてると考えた方がいいだろ?」
【それについては首肯します。もともと異能は人の体に相成れないものですから拒絶反応として精神が不安定になったり、体調を崩したりするでしょう。だからこそ憑かれている人は特に多大な負荷がかかってしまうので迅速な対処をお願いします】
「なるべくそう努めるよ」
「親父、さっきから何一人でブツブツ言っちょるのぢゃ?」
玲の声がしたから視覚を切って元の部屋の風景に戻すと、アニメに飽きたらしい玲がひょいひょいと近寄ってきていた。
そうだな、一応こいつを呼び出した側と話だけでもさせるか。
「なあ斑鳩さん、スカイプみたいなことはできないか? つーかスカイプって分かる?」
【スカイプ? ええ分かってますとも? ほらアレですよ。たしか頭皮が語源となった言葉で、……育毛剤、でしたよね? いやホント分かってますからね? 分かってますからね!?】
「アンタが時代に置いてかれていることがよく分かった」
それにそりゃスカルプだ女神様よ。
「ウチの守り神も会話に参加させてくれってことだ」
【わ、分かりました。ではその娘に念じるように言ってください。後はこちらで接続しますので】
「玲、今からちょっと念じるんだ」
「念じる? そげん言われても具体的にはどうすればいいんぢゃ?」
「力を込めるように集中すればいいだけだ」
「分かったわい。ちょっと厠を使うぞい」
「ちょっと待て誰もウンコ気張れとは言っていない」
その後自分の感覚をできる限り説明してなんとか接続に成功させた。
【お会いするのは初めてですね。女神をやっている斑鳩と申します】
「玲ぢゃ。よろしく頼むぞい」
【あなたには悪いことをしました。こちらの都合で一方的に現界させられ、あまつさえ異能たちの沈静に駆り出される羽目に遭わせてしまって。本当にごめんなさい】
できれば俺にも謝ってもらいたいものだがな。
「何を言っておるのぢゃ!」
そんなことを思っていたら謝られた玲が急にプリプリと怒り出した。こいつはいつもケラケラしていることを知っている俺としてはこれには驚きを隠せなかった。よほど何かが気に障ったのだろうか。
「ワシは階段だった時代は親父に踏まれたり噂話を盗み聞くことだけが楽しみぢゃったが、現界できたことによってこの世界のあらゆるものを感じることができるようになった。学校で同級生と語らい、友人たちとご飯を食べ、親父と帰り道で夕日を見る。お主はワシに世界の素晴らしさを教える架け橋となってくれたのぢゃ。ワシにはお礼を言う所以はあるが謝られる筋合いはないのうニッヒッヒッヒッヒ」
たぶん、心からそう思っているのだろう。念話中だから玲の顔は見えないが声がとても活き活きとしている。まるで未知の土地に来た幼稚園児みたいだ。
【そう言ってもらえると救われます。緊急事態とはいえなんの関わりもないあなたを巻き込んでしまったことを心苦しく思っていたのです。なんだか肩の荷が降りた気分です。……本当に、ありがとう】
「ワシこそありがとうぢゃ。これで、親父のひいじい様の墓参りに行けるわい。……へへっ……」
……斑鳩さんが俺に事情を説明しに来た時とついさっきまでベロンベロンになるまで酒を飲んでいたのは、俺たちを巻き込むことへの罪悪感を掻き消すための逃避行だったのではないだろうか?
……玲が八十歳という歴史を感じさせないほど元気ハツラツであったのは、自分の生みの親であるひいじいちゃんの葬儀に出れなかった悲しみを見せないための空元気と墓参りできる体を得たことへの喜びから来たからではないだろうか?
もちろん、それらは考えすぎっていうことも考えられる。だが、その可能性も充分にあり得るのも事実だ。……というより斑鳩さんの安心しきった声と玲の鼻をすする音を聞いた俺はそうとしか考えられなくなった。
こいつらにはこいつらの事情や思惑というものがあるというのに、俺は自分のことしか考えずに二人に当たり散らしていた。
いや、でも……。
こいつらは神であってそれと違う種族である人間の俺がこんな目に遭うなんて筋違いというものではないか。お前らの問題はお前らで解決しろってんだ。
俺は悪くない。俺は惑わされないぞ。こんな茶番さっさと終わらせて日常を取り戻してやる。
【私からは以上です。そちらはどうですか】
「俺は大丈夫だ」
「ワシもぢゃ」
【では念話を終了します。……どうかよろしくお願いします】
その言葉を最後に俺たちの意識は部屋に戻った。
俺と一緒にこたつの中に入っていた玲は番組が変わったテレビに反応して、再度体をそちらに運んでいった。
俺は悪くない。もう一度心の中でそう念じて、就寝の準備を始めることにした。
「親父、寝る前に踏んづけておくれ。当分踏まれておらんから禁断症状がでそうぢゃわい」
「何が悲しくて幼女を踏まなけりゃならないんだよ布団敷くからさっさと寝ろ」
「いやいやワシだって望んで踏まれたいとは思っておらんぞいやでも踏んでくれるというのなら踏んでほしいがどちらかというと必要に迫られているという意味合いが強くてのう何故なら踏まれることは血行促進につながって代謝の上昇となって飯が進み長生きができるようになってワシは幸せという未来に行き着くということでやってもらいたいわけで決してやましい気持ちは一切ないのぢゃ親父とてワシが長生きしてくれると嬉しいぢゃろ?」
「…………」
俺は声を大にして「お前の存在なんざ望んでいない!」と叫びたかったが、本来こいつはここにはいない存在ですべての元凶は異界の穴が空いたことであるのを分かっていたから、俺は何も言わずに黙々と布団を敷いた。
玲も悪くない。悪くないんだ。でも……俺はお前の存在は望んでいないんだ。