第013話 歴史(年齢)を感じさせる下ネタはやめてくれ
涼馬は普通の高校生と言っておきながらすごいSっ気を感じる。いいのだろうか……。
「部活はどうだった」
「うむ。走ったり跳ねたり壊したり投げたりでとても楽しいのぢゃが、いかんせん陽菜へのいじめが陰湿で見ててクソ詰まりを起こした気分になったわい」
何を壊したのかは聞かないでおこう。
「よく耐えたな。さっさとあいつを助けて終わらせるぞ」
「ほいさ。……で、ワシらは何をやっているのぢゃ?」
「見て分からないのか?」
先に家に帰っていた俺は部活が終わった玲の連絡を受けて、合流した後に気配を消しながら陽菜のあとを追っていた。これだけで何をやっているか分かるものだと思っていたが、端的に言うとすれば、
「尾行だよ尾行。部活でいじめがあるならどうしてそれが起こるかを調べなきゃならん。というわけで校外でも何か手がかりがないか探すべきだと思ってこうしてるわけよ」
「ほうほう尾行とな。尾行といえばスパイ、スパイといえばあれぢゃ、マルセイユ沖で助けられたが記憶を失った自分を知るために行動していた人間が人の潜在意識に入り込んでアイディアを盗む特殊な企業工作員となったが作戦行動中に仲間が次々と殺されていって内通者と疑われて身を隠すために少林寺に入門したら妹の仇を取るために小島で三年ごとに開催される武術トーナメントに参加することになって007のコードネームの下で殺しのライセンスを駆使してベトナム戦争帰還兵が弓やらRPGやらM60をぶっ放して一人だけで軍隊をするというものぢゃろ?」
「酷い。何が酷いってその全部の元ネタが分かった俺が酷い」
しかも最後のはスパイどころかただの無双系軍人だし。
今の俺たちは陽菜に気づかれないように電信柱や曲がり角などの陰から陰へ、素早く身を滑り込ませることを繰り返しながら追いかけていた。この俺たちの姿を見てどの通行人も訝しむ目を向けたり、不気味そうに距離を置いたりしてきた。やっぱりツラいなこういうの。
五分ほど尾行を続けて未だ気づかれないのは気配を断つように心がけたおかげかもしれないが、陽菜が何か考え事をしている雰囲気をまとっているのも大きな要因かもしれない。
なんとなく横にいる玲をチラリと見ると、部活帰りらしくジャージに短パンというラフな服装をしていて、それがクールビューティーっぷりを損なうどころか拍車をかけるようななかなかどうしてな絶妙さを醸し出していて、たとえるとすれば普通に化粧をするよりすっぴんや薄化粧の方が映える大和撫子みたいな感じでとてもきれいだ。さらに短パンから覗かせる脚は小鳥遊先輩のそれにも引けを取らないほど高品質で、なんというか、こう、
「名状しがたいものがありますな!」
「どうした親父突然ひざまずいてガッツポ-ズなぞ作りおって」
「デリカシーゼロ女なお前には分かるまいフッフッフ」
「???」
しかし気づいた時には陽菜の家までの道のりの半分を過ぎたしまった。やっぱり帰り道を追う程度では拾える情報なんてないのだろうか。
「……あれ、公園に入っていったぞ」
「もしかして近道かえ?」
「いや、あれだと帰宅ルートから外れるはずだが、もしかして引っ越しでもしたのかもしれんな」
そこはただ広いだけで球技と九重高校までのショートカットぐらいにしか使えないと不評の公園だ。ということはやはり、引っ越しをしたのかな。
植木のある垣根を陰にして公園を覗き込むと、陽菜はここから少し離れたベンチに座っている大学生ぐらいの男に近づいて、そいつに話しかけた。何か待ち合わせでもしていたのか? いやそれよりも、
「男だと? あんだけ毛嫌いしているはずなのにな……」
「逢瀬ぢゃよ! 意地っ張りな生娘が周りの目を忍んで愛する男と逢瀬を重ね、ついには吾子という一輪の花を咲かせるのぢゃ!」
「ほら、背後に回り込んで盗み聞きして来い」
俺の命令に玲は「無粋ぢゃのうそれではモテぬぞい」などとぶつくさ言いながら、超高速のほふく前進で近づいていった。ノリノリじゃねえか。
……なんか戻ってきたけどどうしたんだ?
「親父ィ~犬のフンがジャージに~ひ~~ん」
「臭ぇ! 急いで回れ右して任務を続行しろ!」
気を取り直してベンチの方を見ると、ちょうど男が陽菜に気づいて振り向いたところだった。その時に見えた顔が男の俺でも腹の立つぐらいにチャラチャラしたもので、いかにも女ったらしですといった感じだった。
陽菜の彼氏か? いやでも男嫌いのはずだしなあ……。
玲がベンチとの間に植木を挟む位置で背を向けて体育座りして、俺は十分聞こえる距離であろうことを確認して、玲の聴覚とリンクした。
『会いたかったよ陽菜。調子はどうだい?』
『この上なく最低よ。アンタのおかげでね。ねえ、お願いだからアレを渡して』
『それはできない相談だ。陽菜だって合意の上でやってくれたじゃないか』
『分かってるわよ。アタシが都合のいいことしか言っていないことぐらい。それを承知でお願いしてるのよ。……もう、誰にも迷惑をかけたくないのよ』
なんだか真剣な話をしているようだな。もしかしたら尾行初日でビンゴか? いやいや気は抜けないな。一字一句逃さないように心がけるぞ。
『学校ではどうなんだ?』
『アンタに言う義理はないわよ』
『つまり大丈夫ってことだな。そこでものは相談なんだが、また追加してくれないか?』
『な……この後に及んでどの口が言うの!?』
『別にいいだろ俺とお前の仲なんだからさ。それにやってくれたらこの関係を続けてもいいんだぞ。意味は、……分かるよな?』
つまりやらないとこの関係を破棄するぞ、と暗に脅迫してるのか。でも一連の会話だけでは陽菜が何をさせられているかまでは分からないな。
それにしても、これだけ聞くと陽菜とこの男がまるで付き合っているみたいだな。自分でも何回復唱してるか分からないけど、あいつは男嫌いのはずなのに。
もっと、もっと核心に触れる情報はないだろうか?
【親父、親父。非常にまずい事態になってしもうたぞい】
【なんだよ今いいところなのに】
【屁とくしゃみが同時に出そうぢゃ】
【ハァ!?】
【昼のコショウたっぷり唐揚げとさつまいもご飯が鼻と腸にダブルパンチぢゃ。どうしようかのう?】
【中年の筋肉痛じゃあるまいしなんでそんな遅くに現れるんだよ! とにかく耐えろ! 今ブチかましたらなんか音とか女の尊厳的にヤバイから!】
【いやしかし我慢ならんのぢゃよ。この年になるとブチまけるのが快感となってしまってのう】
【せめて心は高校生であってくれよおばあちゃんんんんんんんん!!】
【へっ、へっ……】
【うおおおお発射態勢に入るなああああ!!】
ここでなんだかイヤな気配を感じ取り、ふと陽菜たちの方に意識を向けると、
「もうイヤ! アタシはアンタの操り人形なんかじゃない! 覚悟は決めたわ。ここでアンタを殺してアタシも死ぬ!」
包丁出してやがる!
それを見て慌てて飛び出したけどまずい、少し離れているから間に合わないぞ!
「う、うわあ!」
男もそれを見てベンチに座ったまま慌てて後ずさったけど、ベンチの端から落ちて無様な格好をさらけ出し、上手く動けなくなってしまった。ヤバイ!
【親父、も、もう限界が……】
【お前はいつまで生理現象と死闘を繰り広げてんだ!? 早くあいつを止めろ!】
【ぬ? ぬおおおぶえっくしょん!!(ブファ)】
体育座りのまま振り返った玲は包丁を持った陽菜を目の当たりにして、盛大にくしゃみと屁をブチまけたがすぐに我を取り戻して陽菜に飛びついた。そしてその勢いのまま陽菜を押し倒して包丁を奪いにかかった。
「なっ、なんでアンタがここに!?」
「落ち着かんか陽菜! お主がやろうとしておることはただの人殺しぞ!」
玲が間に入って時間を稼げたことによって、男はなんとか立ち上がって逃げることができた。
その内俺も到着して二人がかりで包丁を没収して、それを玲に預けて陽菜を地面に押さえつけた。
「なんでアンタまでここにいるのよ! アタシをついていたのね!」
「そのことについてはいくらでも謝ってやる。それよりもなんでこんなことになっても相談しようとしなかったんだ!」
「うるさいうるさい! アンタなんかにアタシの気持ちが分かるわけないでしょうがーーーー!!」
ブチン。
掛け値なしで何かが切れた俺は陽菜の頬を平手で強く叩いた。
叩かれた頬に手を添えて信じられないといった調子で唖然とする陽菜に、俺は、
「……その気持ちを分かりたいから相談してくれと言ってるのが、分からないのか?」
思いっきりドスの利いた声で、心の底から思ったことを吐いた。
それは自分でも驚くほど恐怖心を煽る声だなと思えて、実際にそれを向けられた陽菜はビクッと大きく肩を震わせて目に涙を浮かべた。いや、いつも強気で勝気なこいつが珍しいと思ったが、涙はどちらかというと自分の決意を止められた悔しさから来たのかもしれない。
俺はグスグスと鼻をすする陽菜を放して上体を起こし、先ほどのを挽回するように努めて優しい声で話しかけることにした。
「なんで何も言ってくれないんだ。いらん世話かもしれないけど心配だったんだぞ。押しつけがましいと思ったかもしれないがこっちの思いを蔑ろにしないでくれよ」
「…………」
陽菜は赤くなった頬をスリスリとさすり、顔を上げようとしない。
「玲だって心配してたんだぞ。陸上部に入っても何もできない自分に苛まれていたんだぞ」
「え? それってどういう……」
何かに気づいてふと顔を上げた陽菜に、俺は包み隠さず話すことにした。
「俺たちは、お前へのいじめについて知っている」
「ッッッ!!!???」
「悪いが勝手に調べさせてもらった。陸上部で酷いいじめに遭ってるんだろ? あとこれは勘だがさっきの男が関係するんじゃないのか?」
「……うん」
いつもなら「何勝手に調べてんのよ!」ってどやしてくるだろうが、よほど参っているようだ。そこまで追い詰める原因となったあの男に、当事者でもない俺も怒りが沸いてくるが、気を落ち着けて話し続けた。
「あの男に何をするよう言われたかまでは知らないけど、それをした自分が原因でいじめに遭ってるんだから誰にも言えなかったんだろ」
「……ごめん」
「お前は優しい奴だよ。知り合いである俺や嘉隆に助けを求めたくて、その機会を窺うために昼休みに一緒に弁当を食べていたんだろうが、俺たちが巻き込まれることを恐れてどうしても言い出せなかったんだろ。違うか?」
「……ゴベン」
「……もう俺に心配かけさせないでくれるな?」
すべてを話してくれるよう頼むと、陽菜はひっぐひっぐと肩を上下に揺らして、
「うぁ~~んゴベンナザ~~イだずげでよ~~」
抱き着いてきた。そして涙やら鼻水やらを俺のシャツになすりつけてくる。
こんな状態になるまでずっと、誰にも言えなかったんだろうな。ずっと避けられて誰も関わってくれないだけの俺の境遇が可愛く見えてしまうよ。
背中に回された手に渾身の力を込められ、ミシミシと背骨から嫌な音が立ったが、我慢してあやすように頭をなでてやった。
結局、泣き止むまで黙って抱かれ続けている十分間、ずっと後ろで玲にニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かばれ続けた。二度とメシ作ってやらねえ。
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