第011話 マンガとかでバレバレの変装に気づかないってのがあるけど、アレわざとだからな?
一応説明すると、「——」は当人が発した、または聞こえた声など、『——』は電話越しや他人とリンクした聴覚越しの声、こもった声、聞こえたが自分とは関係ない声、不特定多数の声など、【——】は念話越しの声などと大まかに分けております。
次の日の昼休み。
『ちゃんと渡しに行ったか?』
「たしかにさっき渡しはしたが、本当に大丈夫なのかえ?」
俺と玲は新館校舎二階の空き教室である人を待ち構えていた。その人は体育館とこの新館の間にある人気の少ない裏道みたいな場所に来る予定だ。
その人というのは誰でもない、小鳥遊先輩のことだ。彼女には玲を通してラブレターのようなものを渡し、ここに来るように指示したのだ。
『四時限目が終わるのは十二時三十分。呼び出し時刻は一時ちょうど。三十分もあれば昼食と移動の時間は充分に取れるだろうよ』
「ワシが心配しとるのはそこぢゃのうて、親父のことぢゃよ」
玲が弁当の包みをほどきながら「は~ら減った腹減った~」とリズムよく口ずさむ。今日の弁当は鳥の唐揚げに味付け卵、ほうれん草の胡麻和えにさつまいもご飯だ。
『大丈夫だ。俺はちゃんと弁当食べたし変身もしてきたぜ』
「その変身が問題かと……」
そう言って箸を持った玲は俺の姿を訝しげに眺める。こいつが何を危惧しているかは分からないが、俺は何度も自分の変身をチェックしたから大丈夫だ。
「まあ親父がそういうなら大丈夫なんぢゃろう。……誰か来おったぞ」
人の気配を敏感に察知した玲が目を覗かせる形で窓から頭を出し、俺もそれに倣って外を見ると、ちょうど真下にキョロキョロと周囲を窺っている様子の小鳥遊先輩が見えた。場所が場所なだけにさすがに警戒が強くなるのだろう。ただ一人で来たことには称賛に値する。
半ば物置小屋となっているこの教室にある鏡を使って、自分の見なりを最終チェックをし、完了したところで窓枠に足をかけて、俺は大空を羽ばたいた。
俺の影が小鳥遊先輩と重なるとその異変に気づいた彼女は空を見上げる。その直後に着地した俺を見て「ヒッ」と短い悲鳴を上げて、後ずさって足が絡まり尻餅をついた。
酷いなあ。どうしてそんな反応をするのかなあ。
『コンニチハ。私ハ鳥人デス(裏声)』
同じ鳥の仲間だというのに。
今の俺はカナリアのマスクをかぶってタキシード姿で決めている(これらは演劇部に侵入して調達した。あとで返すから許してくれ)。鳥姫様とまで呼ばれる御方なら正装で出迎えなければ失礼だもんな。
自分の裏声を聞いてすごくキモいと思ったから普通に話すことにした。
『お初にお目にかかります、鳥姫様』
「ヒ、ヒイイイ……」
なんかもう完全に腰砕けで必死に俺から距離を取ろうとしてる。何が気に食わないというんだ。
【ところで親父、なぜ変装なぞするのぢゃ?】
上にいる玲から念話が届く。もちろん、この姿にはそれなりの理由がある。
【前に嘉隆から見せてもらった男性誌に「女はシチュエーションに弱い」って書かれていて、イインチョから聞いた心理学のうんちくで吊り橋効果というものを知ったからな】
【少なくとも恐怖を与えてくるものに恋愛感情は抱かんぞい】
【……マジで?】
【親父……もしやお主馬鹿?】
ノーコメントでお願いします。
では気を取り直して。そうだな、まずは鳥アピールだ。可愛いところを前面に出そう。
俺は尻餅を着いたまま後ずさる小鳥遊先輩を追いかける形で近寄っていった。
『クルッポー。私は歌えるヨ。可愛い歌を歌えるヨ』
「ヒイイイ……」
『歌で仲間を呼んでセッションしちゃうゾ♪』
「イヤ……イヤ……」
『それでは聞いてください。シューベルトで、「魔王」♡』
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
いかんいかん。おびえる女子を見てついいたずら心がくすぐられてしまった。でもこの人から異能を取り除くため、そして陽菜へのいじめを止めるためにやむなしだ。
……泡吹いて気絶しちゃったよ。鳥が好きなんじゃなかったのか?
【仮に鳥好きだとしても首だけ鳥の男が『魔王』を歌うなぞ発狂ものぢゃぞ】
【分かってないな玲は。そんな不整合性の塊みたいな異形が『魔王』を歌うギャップに見せかけたフィット感がいいんだよ】
【確信した。親父は馬鹿ぢゃ】
納得いかん。
【それよりほら、今から触れるから確認してくれ】
【ま、まさかわざと衝撃を与えて異能を取り除こうとしたのかえ!? だとすると親父は天才ぢゃ!】
【いや、本当は鳥人に惚れさせて異能を追い出して、首謀者が普通に戻ったことによってなし崩し的にいじめを霧散させようとしたんだがな】
【親父は今、馬鹿を超えた】
【結果オーライだからいいだろチクショウ! んじゃ触れるからな】
泡吹き白目痙攣の三拍子そろった小鳥遊先輩の頭側に回り、屈んでその自慢のおでこに触れた。人には言えないが自慢になるだろうなこれ。
『うほっ、スベスベじゃん』
【級友たちに言いふらすわい。親父はデコで発情するとな】
【このツラで性倒錯者だなんて救い様がないからやめて! ……で、どうだった】
【……ないのう】
【おお、ということは成功だな】
【違う。異能が憑いてた形跡がそもそもないのぢゃ】
【んーっと、それってつまり、……自分の意思でいじめをしてるってことかよ!?】
【少なくともそのデコに関してはそうぢゃのう。もしかすると原因はもっと別にあるのかもしれんわい】
クソッ、振り出しに戻ったってわけじゃないか。早くなんとかしないと陽菜が先にいじめと異能の滓に参っちまうかもしれないというのに。どうしたものやら……。
「いたぞ、あそこだ!」
『『『鳥姫様ァーーーーーーーー!!』』』
『へ?』
突然沸いた叫声になんのことかと振り返ると、数えきれないほどのむさい男どもがこちらに向かって走ってくる。ていうかあいつら誰!?
逃げる間もなくあっという間に囲まれてしまい、すり足で間合いを測ってくる。どう見てもハンターの体捌きです本当にごめんなさい。
俺が常に首を動かしてくまなく警戒していると、俺の前に一人の男が歩み出————何やってんの嘉隆?
「我らを出し抜いて告白しよーとしあまつさえ気絶させてチョメチョメに至ろーとする蛮行、御天道様が見逃してもこの『鳥姫寵愛会』会長の楠嘉隆が代わって制裁を下すぞ、鳥人間! 鳥人間ッ!?」
『『『行けェェェ会長ォォォォォォええええええ鳥人間んんんんんんんん!?』』』
男だけの集まりに会長、そして鳥姫寵愛会。……しまった、こいつらは嘉隆が言っていたファンクラブの連中か! ていうかお前が会長なの!?
不幸中の幸いとしてマスクをかぶっているから素顔を隠せているが、全員に襲いかかられたらひとたまりもないぞ。
俺の姿を見たファンクラブの会員たちが「新種のタキシード仮面?」「むしろ変態仮面だろ」「たしかに変態は確定だな」などとつぶやく声が聞こえる。好きでこんな格好してるわけじゃない!
【玲、助けてくれよぉ~】
【むう、親父の窮地を見てワシは、メシが美味いわい!】
【お前一週間メシ抜きな】
「お慈悲を、お慈悲をォォォォ!!」
血涙を流さんばかりの玲の慟哭が上から聞こえるが知ったこっちゃない。ここを切り抜けることが先決だ。
「説明してもらおーか。貴様はいったい何者で、なぜ鳥姫様を気絶させたのかを」
俺を差す嘉隆の指がプルプルと震えていることから、相当に怒っていることが窺えた。女にはだらしないが優しいこいつが怒るとは珍しい。……いや、女にだらしないからこそか。
そしてどうやらここを切り抜けるには俺の演技力にかかっているようだ。だったらハリウッドスター顔負けの演技で正々堂々誤魔化してやろうではないか。
ゴホンと咳払いをして喉を整え、背筋を伸ばして凛とした佇まいを取り繕った。
『ククク……この姿を見ても分からないというのか? 正装をした男の首から上が鳥類。これ以上の説明はいるまいフッフッフ』
「ッ!? ま、まさかあなた様は……」
おっ、なんか深読みしてくれているぞ。いいぞいいぞこのまま俺が無事で済む方向へ————
……あなた様?
「鳥王様でございますか!?」
なんだその焼き鳥チェーン店みたいな名前は。
それを聞いて突然三百六十度を囲む誰もが俺に慄くように数歩下がり、中には両膝をついて祈り始める奴まで出始めた。よく分からんがもしかしたらこれはチャンスかもしれない!
『いかにも。私はフェザーウィングバード星の正統王位継承者、鳥王ことカナリ・ア・ヒルである。今日は地球という星に鳥姫という美姫がいると聞いて参上つかまつった次第だ。君たちは彼女の護衛かね?』
「は、はい! オレが会ちょ、じゃなくて護衛隊長の楠と申します!」
『左様か。会ってみて分かったのだが、どうやら私はまだ彼女に見合う器ではないようだ。今日はこの辺でお暇させてもらうよ。……どうか彼女を、よろしく頼むよ』
『『『ハッ!』』』
足元では男どもが片膝をついて頭を垂れ、上からはもうこれ以上ないくらい愉快といった感じの大爆笑が響く。穴があったら入りたい状況だぜ、へへっ。
恥ずかしさと緊張で震えそうになるのを抑えながら歩き出すと、それに合わせてモーセ効果みたいに人垣が割れてなんとか脱出することができた。
『……最後に君たちに言いたいことがある』
「ハッ! なんなりとお申しつけください」
俺はファンクラブの連中に振り向いて意味深な間を作り、再び歩き出してこう言った。
『嘘じゃボケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!』
『『『ええええええええええええええええええええええええええ!?』』』
やっぱ嘘はいけないよね。
「お、追え! 追いかけて捕ま、って速っ!?」
『鳥は鳥でもヒクイドリ(※世界一危険な鳥。キック力と足の速さで有名)かもしれないねえアーッハッハッハッハ!』
和式トイレで鍛え上げられた脚は一瞬で俺を裏道を抜けたところに運んでくれた。ボロアパート暮らしでホントよかったよ。




