6.帰還
「私の大切な宝物は、もうこの世にはないのね……」
黄金の守護竜ラードゥーンが、雲ひとつ無い大空の下で嘆いた。
彼女の金のうろこが一枚一枚、元気な太陽に反射してゴールドやらシルバーやらというブランド好きの女性なら、すぐ飛びつくような色合いで輝きを増している。
「洞窟の中で引きこもっていた私は、黄金の大木と黄金のリンゴとあの赤いリンゴさえあれば幸せだった。何か大切なものを守護する喜びっていうのかな、分かる?
私にとっては外の世界がどうなろうと、知ったことではなかったの。
赤いリンゴ――無常の果実が、悪しきドゥポンを倒すことができることも知っていたけど、私、みんなと違って不死身だし。ドゥポンなんかも別に怖くなかったし。
それよりも、ソソペリデスの地下にこもって、ひっそりと暮らすことの方が私には幸せだったのよ――そりゃ私も乙女だから、白馬の王子さまを夢見ることもあったわ。だからちょっと寂しいときもあったけど。
でも実際の男って、馬鹿……いつもケンカや争いごとばっかやってない?
私たち乙女はさァ、毎日がピンク色でセレブでウキウキな生活ができれば、それでいいワケ。女の子のことを本当に思いやってくれる憧れの王子さまなんていないんだから。
若いころの憧れなんて、みんな嘘。
だから私は、黄金の大木と黄金のリンゴとあの赤いリンゴさえあれば幸せだったの。
でも――
みんなの明るい笑顔や歌声を聞いたら……それも違うんだ、って気付いたの♪
――う……うッ……
周りが……悪いんじゃない
――うえッ……えッ……
自分で……変わらなきゃ……いけなかったの……よ
――え……えッ……うぅえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえッ」
「あの……サ」
涙と嗚咽に濡れる〝お嬢さま〟に、金糸の刺繍が施されたハンカチーフを真摯に手渡しながら、ペガサスがぼやいた。
「その辺で、『乾杯』って、言ってくんないかな?」
観衆が、どっ、と湧いた。
ペガサスが(ソラたちを見捨てて逃げる途中で)、彼女――黄金の守護竜ラードゥーンをドゥポンゴールド城へ導いてくれたらしい。
(たまたま)彼は上空でラードゥーンと遭遇した。
(たまたま)彼女から「赤いリンゴを見かけませんでしたか?」と聞かれた。
(たまたま)その先にあったドゥポンゴールド城を指差した。
(たまたま)ダイチが持っていた赤いリンゴが〝無常の果実〟であることが判明。
(たまたま)ドゥポンを倒すことができた……
「ボク――、大活躍ッスね」
「全部、〝たまたま〟だろ!」
子供たちのユニゾン・ボイスに白馬はひっくり返った。
ソラたちは、ドゥポンゴールド城で魔王ドゥポンを倒した後、マリアンヌ姫を無事に保護した。7日間の監禁生活を送った彼女は心身衰弱していたものの、丁重な扱いをうけていたようで、顔色や歩く姿は王女にふさわしい気品をすぐに取り戻していた。
サルマリア城まで、一同はラードゥーンの背に乗り空を飛んで、帰国の途についた。
おかげで7日間を要したあの旅路を、たった半日で飛び越えてしまい、サルマリア城に降り立つことができた。
サルマリア城の玉座では、サルマリア国王が姫の帰りを待ちわびていた。
一人娘のマリアンヌ姫と父サルマリア三世の、感動的な再会――。
父娘は夜遅くまで隣りに座り語り合い、離れていた時の寂しさを埋めていた。
数日後――
勇者ソラたちの武勲を称える式典と祝宴会が、サルマリア城内の大広場で催された。
沢山の人だかりの中、旅の途中で出逢ったたくさんの懐かしい人たちの顔があった。
ソソ村の〝英雄酒場〟の店主――エクトール・ガント、と酒場の常連の男たち。
「ガントさん――」
式典の主役ソラが声をかけると、ガントはこちらを向いて無言で親指を立てた。
よくやったな、少年――。言葉に出すことが恥ずかしい酒屋の意思表現だった。
ソラは大きくうなずいて、返事した。
泉の精霊ツァヴィーネもいた。もちろんあの生めかしい妖艶な精霊の姿ではなく、落ち着いた紫色のドレスで身を包んでいた。
彼女と腕を組む男性は、大沼をドゥポンゴールド城まで運んでくれた船頭の男だった。
あのうっとおしいポンチョは脱ぎ捨てて、端正な顔立ちの好青年がまっすぐツァヴィーネを見つめている。この2人にとっても、今日は百年の愛が実を結んだ記念すべき日だったのだ。
「かなりのイケメンだったのね」羨ましげにウミが2人を眺めて言った。
「でもドゥポンを倒す――っていう彼女との約束を、果せてよかったワ」
ウミとツァヴィーネも式典の主役と参列者という席の距離こそはあったが、お互い手を振り、笑顔で目配せして気持ちを確かめ合った。
ざわついていた民衆および参列者が静まり返った。
正面に設置された壇上に小太りのおじいさん――サルマリア三世国王が一人娘のマリアンヌ姫に肩を預けながら現れた。王は丸顔の頬をすぼめ息を吸うと、高らかに勲章授与式の開会を宣言した。
「呪われし魔王ドゥポンと悪しき帝国ドゥポンゴールドを、この世界から取り除いてくれた勇気ある伝説の勇者たちへ――その武勲と武功を称え、ここに騎士の称号を与える!!」
拍手と歓声の中、ソラ、ウミ、ダイチが緊張の面持ちで特設の壇上に上がる。
3人の子供たちは、マリアンヌ姫から直々に黄金の十字勲章を首から掛けてもらい、厳粛な気分に高揚した。
「そして、わが娘のことじゃが……」
と、国王がもったいぶっていると、もう一人、すらりとした剣士姿の青年が颯爽と壇上に駆け上がってきた。
「来た来た」ダイチが面白くなさげにつぶやく。
「違和感があるったら、ありゃしねぇ」
国王と3人の勇者たちに深々と丁重にお辞儀を済ませた青年は、マリアンヌ姫の側に歩み寄って膝まづき、差し出された手の甲を軽くキスした。
「わが姫、マリアンヌ王女がこちらの青年ルートヴィッヒ・ケナード王子と正式に婚姻の儀を執り行うことにあいなった。晴れて、サルマリア国王の後継者の誕生じゃ!」
わぁぁぁ――――ッ!!
広場は割れんばかりの大歓声に包まれた。
マリアンヌ姫の笑顔の隣りに立つ青年ルートヴィッヒ・ケナード王子は、涼しいまなざしと均整のとれた筋肉質の体つきで――面影は全く残っていないが、彼は緑色の肌の小人族ジフォッグの〝本来の姿〟であった。
彼の正体は隣国の由緒ある王子さまで、サルマリア王国の王女マリアンヌ姫のフィアンセだったのだ。
ジフォッグ――改めケナード王子は、魔王に誘拐されたマリアンヌ姫を救うべく討伐隊を結成してドゥポンゴールドへ向かったが、逆に囚われの身になってしまったらしい。
ドゥポンに魔法をかけられて緑色の肌をした小人に姿を変えさせられた上、姫の命が惜しければ伝説の勇者たちの旅を妨害しろ、と魔王から脅迫を受けていたのだ。
しかし今はドゥポンの魔力も消え失せ、本来の人間の姿に戻ることができたのだ。
「なんでぇアイツ。イケすかねぇ」
と、愚痴る獣人ダイチ。こちらは全身が毛むくじゃらの姿のままである。
「あーん」と、つまらなさそうに白魔導士の衣装を揺らして、ウミは地団駄を踏む。
「ジフォッグが、イケメンの王子さまだったなんてぇ……」
王子さまフェチ(イケメン限定)の少女は軽く失恋のようなショックを受けていた。
この後のラードゥーンの長い長い祝辞も、ペガサスの横やり?で無事に終了し、ようやく、たくさんの酒や料理がソラたちや参列者たちに振る舞われた。
今日はもう、城と町中が大騒ぎの大宴会である。
――ドゥポンゴールド城で戦ったモンスターのキマドゥラとヒドゥラだが、彼らもまた魔王ドゥポンが倒された今、すっかり大人しくなっていた。余生?を山や森でひっそりと暮らすことを誓って、それぞれの棲み処へと帰っていった……。
そして肝心のドゥポンだが――
彼は手のひらに乗るくらいの小さな体に縮んでいた。
色は炭のように黒ずんでいて、形は丸くボサボサ――。そのうえ、水の中でしか生きることができないという、まさに〝マリモ〟のような姿に変わり果てていた。
彼は元来、こんなちっぽけな存在だったのだ。
それが、世界征服などという悪魔の誘惑と邪心を持ったことで、一時は巨大で邪悪な体を手に入れ、強力な魔力で世界を闇に陥れようとするまでに成長していたのだ。
もちろん今はすっかり魔力を失い、声無き一玉の藻の塊に過ぎなかった。
「黄金の大木は役目を終えたから……次は彼を預かり守護するわ」
破魔の念を塗りこんだガラスの小瓶に密封され水に沈む〝彼〟を、黄金の守護竜ラードゥーンが世話を見ることになった。
「納得――――行かないわ」
ウミがイライラをぶつけてきた。眉間にしわを寄せて、ぷぅ、と口をとがらせている。
「どうしたの、ウミ?」
立食形式のため、ソラたちは立ったまま、好きな料理を乗せたお皿を手にしている。
「このゲームの報酬のことよ」
「あぁ……、そうだね。金1000万リア、なんかもらったって、現実の世界に持って帰ることもできないしね」
ソラはふと、いつになったら元の世界に戻れるのだろう……と少し不安になった。
「ちがうわよ」不機嫌そうに口をとがらせてウミが言った。
「〝何デモ望ムコト〟の方よ。ソラは〝勇気〟――を手に入れたでしょ」
「ま、まぁ……」
面と向かって言われると恥ずかしい。
「あと、ダイチ」とウミは言いながら、広場の中央を見やった。青空の下、テーブルの料理やらデザートを片っ端からむさぼる毛むくじゃらの少年がいた。
「たぶん、彼の〝何デモ望ムコト〟って、たらふく料理を食べること、でしょ。これも叶ってる――」
「え……と、ウミはなんだったっけ?」
ウミは恥ずかしそうに小さい声で、
「イケメンの王子さまと結婚して……金銀財宝に囲まれて暮らしたい……みたいな」
「あ、そっか」
キッ――と魔法使いの少女ににらまれて、視線をそらすソラ。
「イケメンの王子さまも――金銀財宝も――、ちっとも見当たらないんだけどォ?」
ウミはふてくされて、言った。
大皿に料理やらデザートを山盛りにして、獣人ダイチが近づいてきた。
「――おめぇら食わねぇのか?」と、幸せそうに満面の笑みでソラたちの前のテーブルに、ドン、とお皿を置いた。
「取ってきてやったぞ、食いな」
口の中に食べ物いっぱいにしてダイチが言った。
「アンタのさ、〝何デモ望ムコト〟って、『料理がたらふく食いた~い♪』なんでしょ」
「う……なんでそれをぉ……」
たじろぐダイチ。見てりゃすぐに分かることだが。
少年のソラは、ダイチが持ってきてくれた料理をつまもうとした。
「あれ――これは?」
お皿のそばに、キラリ、と光る物があった。
夢の世界には似つかわしくない物――ソラが久しく身に着けていない物だった。
黒縁の眼鏡――
以前のソラのトレードマークだ。
料理を取るのをやめて、眼鏡を手に取った。
「久しぶりだな……今かけたら、度がキツいだろうな」
と、軽はずみに眼鏡をかけた。
レンズの向こうに――真っ暗な世界が広がった。




