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ドリーム・ファンタジー  作者: ゆうぱむ
第三章 旅
12/25

2.試練の洞穴

「――何をしていたの?」

 息を切らして3人に追いついたソラに、ウミは言った。

「ごめん……弓を忘れて取りに帰っていたんだ」と、なぜかソラは嘘をついてしまった。

「それにしても、村の人たちからの歓声はスゴかったね……」

「あんなにみんなから応援されると、やる気出るよな」

と、すっかりダイチはご機嫌だった。こん棒を振り回しながら、「やぁ、やぁっ。覚悟しやがれ、ラードゥーンッ」と威勢よく叫んだりしていた。

 そんなダイチを見て、ウミが冷たく言い放った。

「アンタ、バッカじゃないの」

「なんだとぉ!」

「単純に喜んじゃって……。単細胞的おバカね」

「どこがバカなんでぇッ。応援されて喜んで、何が悪いんでぇ!」

「ダイチさま――」と、ジフォッグが仲裁に入った。

「この世界の村人たちは娯楽に飢えているのです。あの人たちにとっては我々が生還しようと死んでしまおうと、どちらでも良いのです。先ほど我々が出立するときの騒ぎも、いわゆる〝出陣式〟という〝見世物〟を楽しみたかっただけなのですよ、彼らは」

「――そう、なのか……」

と、ショックを受けるダイチ。

「――そう、だったんだ……」

 ソラも、口をそろえて言った。

「イヤだ、ソラ。あなたも分かってなかったの?」ウミは頭を横に振った。

「さっき、ガントのおじさんも言ってたじゃない。『何千人も挑戦して、誰ひとり帰ってこなかった』って。

 彼らはよそ者のアタシたちに無理難題をふっかけて、からかっていただけなのよ」

「おめぇ、分かってたのかよ」

「えぇ、まぁね」

と、軽く返すウミ。

「分かってたうえで引き受けたのかよっ。こんな危ないこと……。

 みんなの命がかかってんだぞっ」

と、ダイチは自分の長い体毛が少女に触れるほどに詰め寄った。

「もう、しつこいわね」と、ウミは白いマントを内側から手で突き出してダイチを敬遠しながら、「最悪、このまま逃げちゃえばイイじゃない。誰も追っかけてこないわよ」と、いたずらっぽく大きな瞳を細めながら言った。

「そんなこと、でき――なくは、ねぇか」ダイチの威勢は瞬殺された。

「そりゃ、そうだな。おめぇ、ズルがしこいな」

「しかもお昼ご飯までいただいちゃって、ラッキーだったじゃん」

「昼メシ……はうまかったな」

と、とどめに食べ物の話題を出されて、すっかり丸め込まれるダイチ。

「でも大事な荷物を置いたままにしてきたわね……。食糧も1日分しかもってきていないし――このまま逃げるってわけにはいかないか」とペロッと舌を出す白魔導士の少女。

「これは困ったわね」

「おい……ッ、どうしてくれんだよッ」

と、再びダイチが牙をむいて怒った。

「でも……」と、背中の矢筒の位置を正しながらソラが言った。

「ガントのおじさんは、ボクたちに期待していると思う……。ボクたちに頑張ってほしいから、お昼ご飯もご馳走してくれたんだと思う……」

「だから、そうじゃねぇって」と、ダイチはソラにも牙をむいて言った。

「あいつらは、オレたちを騙して、楽しんでいただけなんだぜッ」

「ソラ」ウミは難しい表情の少年をのぞき込みながら尋ねた。

「さっき、あのガントって人になにか言われたの?」

 あの野次と歓声の騒々しい中、女の子特有の観察力でソラとガントが言葉を交わしていたことに気が付いていたようだ。

 ――無駄なごまかしはやめよう

 ソラは顔をあげて、少女の顔をしっかり見た。

「はじめに年齢を聞かれた」ソラは続けてウミに伝えた。

「もっとご飯食べろ、とか、大きくならんぞ、とか。あと、〝白いお嬢ちゃん〟の言いなりになるな、とかね」

 ウミは苦笑いしながらも、黙ってソラの言葉を聞いていた。

「それから……お前は男だろ、って言われた」

「つまり……、『黄金のリンゴを手に入れて男をあげてこい、少年よ!』ってことね」

と、ウミがタカラヅカ風に言ったものだから、ソラもふっと笑顔になった。

 学校で初めてウミから声をかけてもらった、図書室前の廊下のことを思い出した。

「そうなんだと思う。なんだかよく分からないけど、村人たちの〝暇つぶし〟なのかもしれないけれど――僕はやるよ。黄金のリンゴを手に入れることも大切だけど……それよりも僕は、強くなりたいんだ」

「おめぇ――大人だな」ダイチはイヤに感激した様子で言った。

「オレっちは自分が恥ずかしいぜ。こんな課題なんか無視して、さっさとドゥポンゴールド城へ向かっちまおうと思っていたんでぇ……ソラ、おめぇは体は小さいが、てぇした肝っ玉を持ってんなっ」

 獣人ダイチから耳元で大声をあげられ、ソラは首をすぼめながら「そんなことないよ」と返した。

「よく考えたら、これは僕のための課題なんだ。黄金の手綱を入手してペガサスをてなづけることが目的なんだもの。みんなには迷惑はかけられない……。洞穴に着いたら僕ひとりでも黄金のリンゴを取りに行くよ」

 嘆きの塚山〝ソソリペデス〟が目の前に近づき、道は斜面になり始めていた。

 塚山はほとんど木が生えておらず、低木か雑草だけが生い茂っていた。

「――たしかに」と先頭のジフォッグが前を向き、歩き続けながら言った。

「大勢で洞穴に入っても、ラードゥーンにすぐ気付かれてしまうだけです。いざ逃げるときも機動性が落ちてしまいますし。ただしソラさんひとり、というのは危険ですので、せめてもうひとり同行して2人でこの課題に挑むことにいたしましょう」


 〝試練の洞穴〟はすぐに見つかった。

 山腹の影にぽっかり開いているので、誰でもすぐに入ることができてしまう。もちろん、近辺の村人や旅人には有名な場所なので、だれも近づかない。

 今も周辺には人ひとりおらず、野生動物の気配さえも一切感じられない。洞穴のあたりだけが、生気がない暗がりになっていた。

 話し合いの結果、〝逃げ足の速さ〟を基準に、ソラとダイチの2人が洞穴に入ることに決まった。

「腹、減ったな……」

 ダイチが携帯していた木筒の水をグビッと飲み干し、空腹感をごまかす。

「さっき、ごはんを食べたばっかりじゃない。」

と、ウミがあきれる。

 時間も限られているため、早速ソラとダイチは黄金のリンゴめざして、試練の洞穴に入っていくことにした。

「では――」と、ジフォッグが、姿勢を正してソラとダイチの正面に立った。

「ガントさまから伺った、試練の洞穴における約束ごとを申し上げます。

 ――ひとつ、洞穴の中では私語は厳禁です。守護竜は耳が非常に敏感なのです。

 ――ふたつ、黄金のリンゴは1個だけ持ち帰ってください。欲を出してはいけません。

 ――みっつ、黄金のリンゴ以外は、何ものも取ってきてはいけません。ラードゥーンが地の果てまで追いかけて、盗まれたものを取り返しに参ります」

 ジフォッグはまるで表彰状を読みあげるかのような口調で一気に喋ってから、2人からの質問は受け付けず、ゲームの案内人よろしく説明を続けた。

「洞穴の中は入ってからまもなく光も届かぬ闇に包まれます。足音を立てないように333歩進むとドーム状の大空間が現れます。さらに奥へ333歩の所に、目的の黄金のリンゴが実る〝黄金の大木〟が立っているはずです。この樹木にまとわりつくようにして、守護竜ラードゥーンが、見張りの目を光らしております……」


 ソラとダイチは洞穴の奥へ奥へと歩みを進めていた。

 穴は狭く、足元には大小まばらな岩や石がごろごろ転がっていて非常に歩きづらい。

 ジフォッグから「洞穴の中では私語厳禁、足音を立てない」と言いつけられているので2人は黙ったまま、石ころひとつ蹴らないようにと、慎重に進んでゆく。

 ジフォッグとウミが待つ洞穴の入り口から太陽の光が届かなくなっていた。

 ソラはうしろからダイチの腰に手を回して暗闇の中をはぐれないように歩く。〝団子〟になって歩く理由はそれだけではなかった。

 つまづきよろけ、どのくらい悪戦苦闘して足を運んだだろうか……。

 前方から光を感じた。

 おかげで右側の壁側がやや明るく映りこみ、穴の通路が少し左に曲がっていることが分かった。しかし、お互いの顔がその光で反射することはなかった。

(まだ効き目は続いているようだね)

と、ソラは無言でダイチの毛深い腰をつかみなおした。ダイチもソラの手をとんとん、とたたいて(そうだな)と、無言で返事した。

 2人は試練の洞穴に入る直前、白魔導士のウミから〝姿を消す魔法〟をかけてもらっていたのだ。ただし「姿が消えている時間」は30分ないし40分。

 お互いの姿を見ることができないため、2人ははぐれないよう、団子のように固まって歩く必要があったのだ。

 黄金のリンゴを持ち帰るまでの行程は往復で1キロ弱と想定されたが、何せ洞穴の中は足場が悪い。カタツムリが這うようにゆっくりと進むことになるため、時間に余裕は無い。

 穴の通路がまっすぐのびはじめてとうとう死角が無くなり、少年たちの目前に、まぶしいくらいの大空洞が現れた。

 想像をはるかに超えた光景に、2人の子供は足を止めてしまった。

 ジフォッグから「ドーム状の大空間」と聞いていたが、豪快な天然の造形物に圧倒されてしまったのだ。

 ドームの両壁はほぼ垂直にそびえ立ち、かすむほどの高い天井へゆるやかなカーブを描いている。地面は同心円状に広がり、これまでの粗野な大小の石ではなく、ガーデニングで利用するような粒のそろった白い砂利で敷き詰められていた。

 痩身のソラはもちろん、大柄のダイチですらちっぽけな存在に見えてしまう。

 しかし何より目を引くのは、大空間をすみずみまで明るい光で照らしている光源だ。

(黄金の大木だ……!)

 ソラが無言でダイチに合図した。

 ジフォッグの報告どおり、大空洞の一番奥に、目的の黄金の大木があった。

 校庭に立っている大きなクスノキと同じくらいの大きさで、握りこぶし大ほどの金色に光るリンゴが、たわわに実っていた。

 木の幹や葉っぱ自体も全て黄金色で、この木自体が宇宙の太陽となって神々しく四方八方に光を放ち、この大空洞全体を明るくしていた。

 自然界のなす芸術作品に圧倒されていた2人だったが、限りある時間を思い出して、ようやく歩みを再開した。

 黄金の大木に近づくと、同時に〝厄介なもの〟まではっきりと、見えてきた。

 光輝く樹木の背後に、守護龍〝ラードゥーン〟が照らし出された。

 『2つの頭、2つの首、2つの翼、2つの脚、2つの尻尾、2つの心の臓に、2つの考える脳を持つ、不死身のドラゴンです』とジフォッグが言っていた、その通りの姿だったが、この竜にしても実際に聞くのと見るのとでは、大違いだった。

 黄金の大木を抱え込むほどの大きな体は、全身が金色のうろこ覆われている。

 どう猛でするどい眼光と、ゆったりと2本の首がうごめくさまは、「今はのんびり動いていますが、いざリンゴを盗む敵を見つけたら、目にもとまらぬすばやさで喰らいつきますよ~」と言っているのが、2人にも分かった。

 できれば近づきたくない。

 でも時間も無い。

 ――もう、行くしかない……

 2人は生まれてから経験したことも無いような恐怖と興奮に、打ち震えていた。

 ひとりで上級生に立ち向かう肝の座ったダイチは歩みを止めなかった。すっかりお尻の穴が縮みあがったソラも、頼もしい獣人の背中に従って進むしかなかった。

 事前の話し合いで、黄金のリンゴは一番低い所でも背の高い枝に実っているため、ダイチがソラを肩車にのせて、ソラがもぎ取ることになっていた。

 この高ぶる鼓動の音がラードゥーンに聞こえたらどうしよう……

 ソラたちは、なんとか黄金の大木の下までたどり着いた。

 やはり、一番低いリンゴでもダイチが手を伸ばして届く高さには無かった。

 ソラは、なんども足を踏み外しそうになりながら、手はずどおりに獣人ダイチの肩にふとももを挟むことができた。

 頭上にはまばゆい大木の樹皮と枝が放射状に広がっている。

 ラードゥーンが背後に控えており、生々しい息づかいと脈動が聞こえてくる。体も肝っ玉も小さなソラは、今にも気を失いそうだった。

 しかし、今の所この竜の視線は遠く洞穴の出口の方を向いており、まさか魔法で姿を消した2人の子供が、足元で盗みを働いているとは夢にも思っていない様子だった。

 やるなら、今のうちだ。

 ダイチがすっくと立ち上がると、ソラの体が一気に持ち上げられた。手を伸ばすと、ひとつの金色のリンゴに触れることができた。

 いつも口にするリンゴと変わらない感触で、表面は磨かれたようにツルツルしている。

 ここで焦っていきなりもぎり取ると、枝が揺れてラードゥーンに気付かれてしまう。

 ソラは両手を使ってリンゴの根元をおさえながら実の部分をゆっくり丁寧に何度もねじった。実際は数十秒の作業時間だったが、何時間も時がかかったように思えた。

 山の如くそびえるラードゥーンにとっては、足元の子供たちなどまるで音もなく地面を歩く働きアリのようなものなのだろう。2人の気配には全く気付く様子も無く、大事そうに両腕で大木全体を抱きしめていた。

 ようやく、ソラが手にした黄金のリンゴが、枝からぷつっ、と切り離された。

(採れたよ……!)

 ソラは喜びをおさえて、そっとダイチの肩を一回だけ叩いて合図を送った。

 そのとき、だった。


 ぐうううううううううううううう~~~~~~~~~うっっっ!!


 ソラの合図が引き金になったのか、もう限界に達していただけなのか――静寂の洞穴でダイチの腹の虫が、豪快に響き渡ってしまった!

 ラードゥーンの長い首が、恐ろしいほどの機敏な動きで大木の根元にまわる。たちまち2人の子供は、両側からラードゥーンの鋭い眼光にはさみ打ちされてしまった。

 しかし魔法によって姿を消しているため、ラードゥーンはあきらかに戸惑っている。

 ソラは、ダイチの肩から急いで滑り降り、黄金のリンゴを大事に懐へ入れて、

(ダイチくん!走るよ!)

と、一目散に出口へ走った。

 こういった場合、決してうしろを振り返ってはいけない。

 ギリシア神話の某英雄は愛する人を失い、旧約聖書でも塩柱にされてしまうなどの逸話が――まぁ、とにかく、さっさと逃げるが勝ち、なのだ。

 しかし、神話はもちろん、本一冊だって読まない〝体力派〟のダイチは、そんな教訓など知るはずも無かった。

 足元に金色ではなく、ただの〝赤いリンゴ〟が落ちているのが目に入ったとき、彼は逃げることよりも、ひどい空腹を満たそうとする食欲が勝ってしまったのだ。

 ダイチは迷わずに赤いリンゴを拾って、大きな口を開けた。

(いただきま~す)

 ――が、すぐに食いしん坊の少年の背筋は凍りついた。

 目と鼻の先にラードゥーンのひとつの頭がこちらをにらんでいたのだ。その黒々とした両目の焦点は明確にダイチを捉えている。

 なんと、ここで〝姿を消す魔法〟の効力が薄れ始め、樹木の光にダイチの茶褐色の体毛が反射し、ちらちらとゆらぐように見え隠れしはじめていたのだ。

「ほんな、ははな(そんな、ばかな)!」

 あんぐり口を開いたまま、ダイチがフリーズ。

 ラードゥーンは確実に侵入者を捕捉していた。

 大空洞を揺るがすほどのすざましい雄叫び――

「ダイチくんッ、何してるのさッ。早く逃げて!」

 先に出口方面に突っ走っていたソラは、すでに洞穴の通路まで達していた。

 ダイチも気を取り戻して、全速力でソラのいる出口の方へ駆け出した。前方にいるソラの姿はすっかりあらわになっていて、自分の毛深い両腕もはっきり見えている。もうこそこそしても仕方がない。

 ダイチは大きな足音をたてて、真っ白い砂利を必死に蹴り、走った。

 後方からはラードゥーンが大きな両翼を羽ばたかせて低空飛行で加速してくる。

 またたく間に縮まる2者の距離――

 死にものぐるいでダイチが通路に達した瞬間、想定外のことが起きた。背後で岩が砕け散るような激しい衝突音がしたのだ。洞穴全体が激しく揺れて、天井や壁からはがれた岩や小石に2人は頭を抱えた。

 ――落石が落ち着いて背後を振り返ると、ラードゥーンはその巨体が〝つっかえて〟、狭い通路に入ることができず、立ち往生してしまっていた。

 きらびやかに金粉をまきちらし、交互に2本の長い首を穴に突っ込むが、大切な黄金のリンゴを盗んだこの憎き侵入者の所までは届かなかった。

 守護竜は、愛おしいわが子を誘拐された母親のように、悲痛な叫び声をあげる。試練の洞穴を、そしてソソペリデスの塚山全体を哀しく震わせた。

 意外と間抜けな最後に、2人の子供は腰を抜かしてぺたりと座り込んでしまった。


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