26.馬鹿ップル爆発しろ
【side:S】
母は儚げで、しかし強かな人だった。
「―――いい、陽乃?愛はね、勝ち取るものなのよ。何としても」
「そして、その愛を維持する為に、如何なる努力も怠っては駄目。水やりを止め、害虫の駆除をサボったら……果実は、とても食べれた物じゃなくなるでしょう?お腹が減るのは嫌でしょう?」
分かります、お母様。…分かっています、お母様。
でも、どうやっても。お父様の愛が得られないんです。すぐに妾の汚らしい子供の方に目を向けるんです。
昔は、私がただ一人の子供だからと、毎日会いに来てくれたのに。今ではお母様に会って、私はついで。
弱い事だとは分かっているんです。それでも、私はあの子みたいに両親に囲まれて、ずっとずっと愛されていたかったんです。
次代の魔王の嫁になる為に生れてきたんじゃないんです。一度でいいんです、お父様の口から「私たちの子供になる為に生れてきたんだよ」って言って欲しいんです。
頑張って頑張って、蝶が羽化する為にとたくさん努力して自分を磨きました。殻に閉じこもらずに変化し続けました。……でも、すればするほど周囲の目が気持ち悪いんです。私は物じゃないんです。
……もう嫌なんです、あの頃に帰りたい。そしてそのまま永遠に続けばいい。
―――こんな弱い私だって、認めて下さい。
「―――僕は認めてるよ」
陽乃ちゃん、意地悪だけど、頑張り屋さんだもんね。
…大丈夫、泣きたくなったらこっちにおいで。抱きしめてあげる。
甘えたくなったらこっちにおいで、お菓子も紅茶もあるよ。君の欲しい物全部がある。
―――初めて陰で泣いていた所を見られた時、お母様よりも優しい腕で私を抱きしめて、一番欲しかった言葉をくれたあなた。
本当だよね?慰めじゃないよね?哂ってないよね?
私ね、手が、こんなに痛くなっても、あちこち痛くても、ずっとずっと頑張ってきたの。
妾の子供は当てつけのように全員男でね、そいつらに負けないように、知識でも何でも勝ってきた。それでも勝てないの。
「―――だって、男の子じゃないんだもん……」
お父様が欲しかったのは息子。自分の後継に相応しい子供。
私がいくら男装しても、剣を振るっても。…それはね、滑稽なだけで何の意味も無い。私の努力は実らない。私は、私の存在は、やっぱり、
「いいじゃない。僕は、陽乃ちゃんが女の子で嬉しいよ」
「…どうして?」
「陽乃ちゃんのこと、好きだもの」
おでこにキスをしてくれた、あなた。
とても嬉しかったの。本当よ。私は我慢が出来なくて、奪われるのが異常に怖くて、嫉妬するあまりに酷い事をしてしまうけど……でもね、これから先あなたの言葉は疑わない。あなたをずっと信じてる。あなたの可憐さを守り続ける。
だからどこにも行かないで。あっちこっちに目を向けないで。私が大好きって、ずっとずっと懐を開けていて。そしてその席を私以外に譲らないで。
「あいしてるよ」
―――俺のとこでは、頑張らなくていいんだよ。
君が寒いと泣くなら、俺が温めてあげる。吸血鬼でも、ずっとずっと春を愛でる事が出来る庭を贈るよ。
そこに君の綺麗な髪と同じ物で埋めて、俺とのんびりお茶をしよう。
何も怖くないよ。その庭に陽乃を虐める酷い人が立ち入ることは、俺が許さない。
いつか、いつか陽乃が甘えても変じゃない世界を作るよ。愛で埋め尽くされた優しい世界で、二人肩を並べて無邪気なあの頃に帰ろう。
―――それまで、お歌を歌ってあげるから、少しだけ休もうね。
*
「―――の、陽乃!そこらに死体ポイ捨てして寝ないで頂戴」
「……ふわぁ…」
「もうっ……こうなるのが嫌だからメイドは付けなかったのに……まあ、怪我も塞がってるし、あと少し休めば元通りかしら?さっさと出てってよね」
「それはごめんなさいね。朝からお盛んなあなたたちの邪魔しちゃって」
「………何なら今ここで杭を全方向から打ってもいいのよ」
汚れたドレスを放り捨ててベッドに横になっている陽乃に、クローディアは頭痛を耐えるように眉を顰めた。
陽乃の下僕は捨てられた物とほぼ一緒の和ゴスなドレスを運んだり床の掃除をしたりと大変忙しそうで――――ぼんやりとした陽乃の寂しそうな横顔に、クローディアが一応心配した時だった。
じりりりりん。
魔族の家ならば(人間でも王族クラスなら)絶対にある、魔術で向こうと繋がる黒電話。
人間では急ぎの重大な事にしか使用されないけれど、魔族に限ってはそうでもない。……それが急に鳴り出して、クローディアは嫌々ながらに電話に手を伸ばす。
内容は何だろうか、無茶の押しつけか来客か。いっそその手の物は切っておけと執事長に言っておけば良かったか……。
「はい、もしもし」
魔王の嫁に相応しく立派な身体を曝してお着替え中の陽乃にまたも頭痛を覚えていると、聞こえて来た声のせいで更に悪化した。
『えへへ、陽乃ってそこに居るかな?』
「………居ますが」
『代わって?』
「了解しました―――ほら、」
相変わらずのほほんとしているものの、微妙に疲れているその声が気になる。
だが気になるからと突っ込めば後ろの親友がブチ切れて二次三次の被害が出てしまうから、クローディアは特に聞かずに代わった。
「はい?…―――恭ちゃん!」
多分、犬だったら尻尾ぶんぶん振ってるわ―――美食を喜ぶ時よりも何よりも嬉しそうな親友の姿に、クローディアは目を閉じた。
「急にどうしたの?何か困った事でもあった?……え?……もう!」
「こっちは別に……な、何もないわよ?ちょっと……運動したけど……そっちは!?」
「ん、ええ、ええええ!?ちょ、何でそんな所に…!?馬鹿、そこは"神聖同盟"組んでた所でしょ、なんでわざわざ恭ちゃんが出向くの!」
「いい?私が迎えに行くまで将軍に部屋を守らせて自分は出ちゃ駄目!絶対よ、大人しくなさい。……そもそも何でそんな……えっ」
「………馬鹿…恭ちゃん、そういうの向いてないんだから。そんな汚い仕事は私がやるって、決めたでしょう?…私なんか気にしなくていいから」
「べ、別に疲れてないもの!ちょっと…ピリピリしてて……その……あ、笑ったでしょ!」
「もー!とにかく今からそっち行くから!危ない橋は渡らないで頂戴ね、大好きよっ」
がちゃん。
「―――あんたって、陛下限定で女の子よね。見てて鳥肌立ったわ」
「そいつは良かったわ。……聞いてると思うけど、今から出ないと。ご飯と送りお願い」
「はいはい。……しかし、何だか嫌な予感……」
「え?」
「…何でもないわ」
*
【side:H】
僕は、魔王の息子だけど、みんなにハブられてました。
大人にはとても可愛がってもらいました。大切にして貰いました……でも、それは大人の世界の話。お互いが対等である子供の世界は実に難しいのです。
いつもいつも、無視されると悲しくて、暴力を振るわれるのが怖くて―――でも、親には泣きつけません。泣きついても駄目なんです。
魔族の世界は弱肉強食。例え王子であっても、人間と違って世襲制では無いので虐められる対象になります。それに、僕、お父さんが妖精と人間のハーフだし……。
いつも本を読んで、葉っぱをいじる事しか出来ません。同い年の子供は、僕を根暗と言って……偶に、僕の話を聞こうとする子だって、上手く話が伝わらなくて。
「何してるの」
「本、読んでるの……」
「何の」
「ゆ、勇者の……」
「どうして?」
「すきなの……」
「どこが」
「!…え、えっとね、勇者様って、色んな国を見れて、て。僕、外の世界に行ったこと、ないから。それで、それで―――」
―――だから、根気よく付き合ってくれた彼女にはとてもとても感謝しているのです。
きっと、初めて会った時、どこまでも突っ込んで聞いてくれたのは気まぐれでしょう。それでも僕はその気まぐれが嬉しかった。
彼女も魔族だから、ちょっと虐め(小突く程度)て来るけど僕が本当に怖いと思うことはしません。震える僕をその背に庇って、怖いものを剣で倒してしまうのです。
甘え下手で、僕が察するだけでとても嬉しそうな顔をして、隠そうと失敗する所がとても可愛いのです。
「ほら、引き籠らないの」
ああ、それから。彼女の世話好きな所も好きです。
僕は致命的に人脈を(子どもといえど、将来の為にはその頃から遊びという名の集会に出て友人を増やさないといけません)作るのが下手で、怯えて隠れていると彼女が引っ張り出してきます。
彼女の庇護の下、彼女のお眼鏡に適った子供達は僕に親切でした。慣れてくると、だんだん自分でも人の善し悪しが分かるようになりました。
偶に失敗して、不穏な空気になると、彼女はいつだって矢面に立ってくれました。
王子様のような格好の、綺麗な桃色の髪を輝かせて。
―――最初は、彼女に恩返しがしたかったのです。
だけど、愛が欲しくてその得方を分かっていない彼女を見て、とても苦しかったのです。
彼女にそんな思いをさせる世界を、生まれて初めて憎いと思ったのです。
暗くて寒々しい世界しか知らない彼女に、春の吐息と可憐な世界を、教えるだけじゃなく、彼女だけのそれを贈りたかったのです……。
……もちろん、贈り手は僕でなければなりません―――これが、僕の初めての独占欲。
二番目の独占欲は、ウェディング姿の彼女に、王冠を授けるのは僕だということ。今からとても楽しみなのです。レースも何一つとっても、何十年もかけて職人に作らせた繊細なものなのです。
強くて儚い彼女には、きっと似合ってる事でしょう。
「―――だから、早いうちに終わらせちゃいたいんだ」
「……そう、ですか…」
「陽乃のウェディングドレスに埃を被せたくないし……薔薇も散っちゃう。最高の結婚式にしたいんだ」
「………」
「だからごめんね、あのお姫様……お飾りになるだけとはいえ、解放してあげられないの。かつて神聖同盟を結んだ中心国の一つが、魔王領になることはとても重要なことだからね」
「ですが…彼女はまだ、若いんです。子供です。せめてもう少し、二十歳になるまでお見逃し下さい」
「……彼女はね、王族なんだ。俺と同じ―――負けた時には全てを受け入れ、逃げる事は許されない。国民の為に犠牲になる代わりに、彼女達は厚手のドレスを着られるんだよ」
「………」
「それはきっと、彼女も分かっていること。彼女が君の言う通りの人物なら、君のしていることは彼女への侮辱だ。そして―――苦しめるだけだよ」
「……苦しめても……後に、楽になるならば。喜んで悪い男になりましょう」
「…愛は難しいね。成就させることはとても……けれどディートハルト。俺が全てを終えたなら、この世界が神の御代に至れたなら、きっと君たちの愛は蘇るよ。約束する」
優しく微笑むと、ディートハルトは諦めたような、曖昧な笑みを浮かべてグラスをとった。
中身は酒では無い、果実を搾った物だ。本当は彼女にあげようと思って買ったものを、彼は目の前の甘い魔王に二本とも贈った。
「早いですけど、結婚祝いですよ」
私、忙しいし姫様に嫌われてますから、当日顔も見せられないでしょう。―――そう言って贈った。恭は難癖付けるどころか喜んで、大事に両手で抱えて臣下だと言うのに頭を下げて。
じゃあ一本は君と飲もうかな、と気を使ってもらって、そこからこの会話に至る。
―――そういう全てが、罪悪感を与えるんだと苦く思いながら、ディートハルトはすっとグラスを一口飲む。そうすれば、人の良い恭は何も考えず、彼に合わせて乾杯するだろう。
ディートハルトはちらりと時計を見て、予定通り「そろそろ勇者の監視に戻りませんと」と言うまで、我慢した。
彼はもう、何も怖くなかった。
*
【side:P】
「死ね」
「……はい」
「死んじゃえ……」
「……ええ、死にますよ。だからお水を飲みましょうね、エリーゼ」
「名前呼ばないで」
「…うん、すいません」
「………」
「………お風呂入りましょうね」
「………触らないで」
「……じゃあ、自分で歩けますか?」
「……………」
「今、メイドでも連れてきますから。ちょっと待ってて下さいね。危ないことしちゃ駄目ですよ」
「………死ね」
「…………」
「…………」
「ねえ、姫様。姫様は私が死ぬ前に、して欲しいことって、ありますか」
「……して欲しいこと」
「そう。まー散々な目に遭わせちゃったし?詫びに何かしてあげますよ」
「――――…」
「ん?」
「…っと、…いっしょに……」
「一緒に?」
「………わたし」
「………ん?」
「一緒に……――――魔王と、一緒に死んでよ。魔王を殺してお前も死んで償え」
「……それが詫びでいいですか?」
「…………」
「姫様?」
「………モールは?どこ?」
「えっ」
「モールがいない……」
「…姫様?ちょ…っと、こっちを見てくれます…?」
「…………」
「……すみません、今、医者呼んで来ます。変なことしないで待ってなさいね」
「待って」
「……姫様?」
「どうして医者を呼ぶの」
「…え、だって―――」
「モールを連れて来て。言いたい事があるの」
「ひ、め……エリーゼ、」
「死ね」
「………姫様?」
「モールは?」
「……………………エリーゼ?」
「黙れ、死ね」
「…………ああ、うん。……駄目だこりゃ」
彼は、適当な言葉を吐いたくせに、とても悔しそうで、今にも泣きそうで。
目が死んでるお姫様の頬に触れて、ゆっくり瞬きしました。
「しょうがないですね、疲れちゃった姫様の代わりに、仇討してあげますよ。どうせ失敗するけど」
「…………」
「まあどうあれ、私が死んだら、姫様の悲願も少しは叶いますもんね。…うん、王家の姫として、正しい望みですよ。姫様は良い子です。何にも悪くない」
「………」
「悪いのは全部私ですよ。…大丈夫、少し寝たら、あなたに相応しい王子様が助けに来てくれます―――…それは、私ではないけれど」
「………」
「お迎えが来るまで、綺麗なドレスを着て、優しく微笑んで、お姫様らしく居ましょうや。そしたら幸せになれますよ。………ああ、」
「……?」
「姫様の結婚式、………たかったなぁ」
ぽろりと、滴が床に落ちました。
*
【side:P】が【side:】の前後どこに挿入するかはお任せします。
当初の予定とは違ってすっごく鬱鬱なんですけども、「悪い男×姫様」美味しいですもぐもぐ(二回目)
多分一章の時点で一番救われないカップルと思われます…。




