25.確かにあなたは魔族だった
※ラストの超微妙な艶と全体的な鬱にご注意。
耳をつんざく爆発音の代わりに、「カチン」と時計の長針と短針が合わさった音がした。
その瞬間、放たれた弾丸も下僕も消されて、文は間抜け顔を曝してしまう。
(……大魔女の指定空間における時間支配……てことは、)
陽乃は呆けた文から錫杖を叩き落とすと、振り返って"親友"を睨みつけた。
「ディア、邪魔しないでくれる?これは女と女の聖なる戦いなのよ」
「―――知ったことではないわね、魔女だもの」
虚空から声がしたと思ったら、ほろほろと光りの雨が降って、顔に縫い目が走るメイドに日傘を差してもらっている大魔女が雨の中から現れた。
この国の監督官、茨の城に住まう魔女―――クローディアが。
「寝込んでいる私に何の断りも無く、しかも別空間での戦闘かと思えば我が領地でドンパチ騒ぎ……いい加減にしてくれる?すぐ傍では鉱物だって採れるのよ」
「それはそれはごめんなさい?でも丁度良い機会だったんだもの」
「あなたには違う事を頼みたかったのに…まあいいわ。城に戻って傷でも治しなさい。そしてさっさと帰りなさい」
「嫌と言いたいけど―――しょうがないわね、私も"これ"のせいでもう陽の下には居れないみたいだし。灰に還る前に去ろうか……ねえ、」
固まったままの文を見下ろすと、陽乃はふっと笑った。
「…あなたがそんな立場でなければ、良き好敵手≪とも≫になれたものを。……一回戦目はこれで幕引きね」
「……僕を見逃すと?」
「ええ。私はもう外に出れないし、ディアだってもう無理よ。……そしてあなたも。今ここで無理したら、…そうね、失明くらいはしてしまうんじゃない?」
パンパン、とドレスの埃を叩き落としていると、陽乃の胸元からぽろりと宝石が落ちた。
両者ともに「あっ」と声を出してしまった、それは―――
「"出戻り魚"……どうしてあなたが、神器を……」
「…あなたが、それを聞く…?」
「……」
「何事も、丸く終われば幸いよね。――無理だけど」
祈るように握って、また胸元に隠すと、陽乃は文に背を向けた。
「じゃあね。…次に会った時こそ、殺し合いましょう」
「ああ―――負けるつもりはない」
「ふふ。そういう所、好きだわ」
魔女も魔王の妃も去った後、文は回復した毛玉を強く抱きしめようとして―――倒れた。
*
―――彼女は、震えていた。
それは目の前の存在への畏怖であり、その美しさに対する驚愕であった。
「初めまして姫君。僕は魔界の王、恭と申します。旅路の途中で連れ出してしまい申し訳ありません」
とても丁寧な挨拶に、柔らかな微笑。
父から聞いた、血生臭くて気持ち悪い、恐ろしい姿だと思っていたのに。―――デステアは天使のような神聖さに、頭を垂れたくなった。
「ディートハルトも、無理を言ってすまなかったね…」
「……えっ?」
デステアを無理矢理に、彼女の故郷の城にまで連れてきた男を、揺れて揺れて足下も覚束ないまま見上げる。
見つめ返した男。……デステアは最後の希望を捨てきれなくて、見て見ぬふりして、きっと操られているのだと、……そう…
「―――"デステア"姫、"俺の"名前は陽乃様より、一般に紛れても問題ないだろう名前を頂いたものです」
「……そ……」
「…"私の"名前はディートハルト。人間じゃあありませんよ、古いだけの…魔族の、貴族です」
「…………うそ……」
――――そう、嘘を、吐いてきたのに。
怖くても、でも、彼は悪い人じゃないと、知っていたから。…信じていたから。
それが今、彼の手で叩き落されて、デステアは床に座り込んだ。
「…うそ……」
ぼろぼろと大粒の涙を零すデステアとディートハルトを交互に見ていた恭は、おずおずとディートハルトに声をかける。
「……あの、その…面識が?」
「…ええ。陽乃様のご命令で、勇者召喚を任されたこの国の間者として、勇者一行の監視役として、同行しておりました」
「えっ―――そ、そんな、知ってたら、こんな……」
酷い事、しなかった。…そう泣きそうな顔の恭に、ディートハルトは寂れた笑顔を見せた。
「いいえ、陛下。…誰かの手で攫われるのなら、俺でよかった………」
ディートハルトは、目の前の生まれる場所を間違えたかのような優しい王を、純粋に尊敬していた。
今はまだ、その尊敬が勝っている。……多少の暗い感情は否定できないけれど。もはやこの苦しみすら、あの魔女と姫のせいには出来ない。
…恨むべきは、あの時から今まで、だらだらと生き続けた自分。―――通り過ぎるだけの花に、一瞬でも目を留めてしまった、自分。
「さあ、デステア姫。泣く時間は後で差し上げます。…これに署名を」
「……なに…これ……」
「…王位継承を、了承するというものだよ」
「そ、じゃなくて……わたくしは、王位継承は…三番目……」
「―――ああ、王家はもう、姫様以外に残って無いんですよ」
投げやりな言葉に、デステアは手の力までもが抜けた。
心臓が苦しくて、誠実そうな魔界の王を見上げれば、彼はディートハルトの直球に何とも言えない顔をしているだけで、「嘘」とは言ってくれなかった。
「――して……どうして!?なんで、……殺したの!?」
「いやね、ちゃぁんと生きたまま全員捕えましたよ?…だけど、陛下の提案も聞かずに舌噛んで死にました」
「嘘よ!!お父様はそんな、そんな……お母様は!?お兄様、弟は!?」
「王妃様も、あなたの父君に付き合って死にました。殿下は激昂して陛下に掴みかかり、将軍に斬り殺されてしまいまして。その際のどたばたで、ちょっと不備がありましてね、赤子の弟君は窒息死されましたわ」
「嘘!!うそうそうそ!!そんな、そんなの……本当は、皆が言う事聞いてくれないからってわたくしを騙して、無理矢理に事を勧めようとしてるんでしょう!?」
「……いいえ、姫君。……申し訳ありません、本当のことです」
目の前の美しい存在のおかげで、デステアは一気に奈落に突き落とされたようなものだった。
―――窓の向こうから見える母国はいつもと何ら変わりも無くて、なのにデステアの全てが変わってしまった。
デステアが間者に焦がれて、買ってもらった帽子が嬉しくて、勇気を出して彼の服の裾を隠れるように摘まんでいた頃にはもう、彼らのせいで全てを失くしたのに。
今まで、魔族のせいで引き裂かれた人達の話を知っていたくせに、自分はそうはならないと傲慢にも思っていて、王族としてあるまじきことに魔王の領地に見惚れて、敵との恋を描いては照れていた。―――ああ、なんて、なんて、
「なんて、愚かなの……」
「………」
「まるで、道化だわ……わたくしは、わたくしは……こんな、ことに、なるくらいなら……」
「………」
「もう知らない。もう何も見たくない。王位も何も知らないわ。好きにしてよ―――だけど、返して。わたくしの、さっきまでのわたくしの全部、返してよ……」
「……姫君…」
「返してよぉぉぉぉぉ!!!それが出来ないなら死ね!!死んでしまえぇぇぇぇぇ!!」
急に暴れ出したデステアに、ディートハルトは遠慮なく押さえた。
床に伏せられて、それでも一気に崩れたデステアは髪を振り乱し、目の前の魔王を睨みつける。
「神の裁きで灰と消えろ、汚らしい魔族め!!よくも、よくも……う、うぅ……!」
最後まで言えなくて、ぐちゃぐちゃのデステアの頬に、恭はそっと労わるように触れた。
涙越しでも分かる凛としたその瞳に、デステアは気押されて、
「辛いだろうけれど、君も王族に名を連ねるのならば、分かっているでしょう?―――理想の為に、血も涙も流さなければならないと」
「……!」
「恨まれてもしょうがないのは分かってる。許されるつもりも無い。…だけど、全ては楽園を復活させるため。俺は……陽乃と、幸せに、なりたいんだ……」
先代魔王の暗黒期、亡くなった勇者に絶望する中、それでも教皇による神聖同盟で人々は光と救済を求めた。
けれど、現在の魔王は、全てを自分の物にして死の世界にするのではなく、神代の頃に戻すのだと言う。……今のデステアに、魔王のその意図も、恋人への純粋な気持ちも、分からなかったけれど。
(…神代の頃に、至れたら。……こんな、苦しい想いなんて、彼を―――だなんて、思わなくて済むの…?)
自分の非道に胸を痛めた魔王は、そっとデステアの手に羽ペンを握らせる。
―――ある意味、その優しさこそが残酷だと、詰ってしまいたかった。
「……陛下、彼女の名前は、"エリーゼ"だそうです」
「そう……"エリーゼ"」
ぽろりと最後の涙を零す頃、エリーゼの瞳に光は無かった。
*
「―――うん、これで全部……ディートハルト、また苦しい事を頼んでしまうけれど、姫君を部屋にお連れして警護をして欲しい。俺が居るから滅多なことは無いと思うけど……彼女も、知らない魔族よりは少しは……本当に、ごめんね…」
「…了解しました陛下。…お疲れでしょうからもうお休みください。陽乃様が今の陛下を見られたら心配します」
「うん……陽乃、ちゃんと身体を休めてるかな。…最近、思いつめたような顔ばかり……」
「……」
「………ごめんね、愚痴を―――後のことは、頼んだよ」
優雅な衣擦れの音が去ると、ディートハルトは人形のようなエリーゼを抱き上げた。
かつん、とヒールを鳴らすと既にそこは彼女の部屋。
戦闘能力は並より上の彼が、陽乃に拾われた理由の一つでもあるこの能力―――どんな場所でも移動できる彼の家特有の力に、エリーゼは一度だけ瞬きをした。
そのままベッドに座らせると、ディートハルトは膝を着いて俯いた彼女を見上げた。
「姫様、」
「………」
「…もう大丈夫ですよ。楽になさってください。しばらくは陛下も忙しくて様子を見に来ないでしょうし」
「…………」
「御遺体は、申し訳ありませんが見せられません。…姫様は"人間側の象徴"として城に留まる事になりますが、姫様が牙を剥かなければ害される事は決してありません」
「…………」
「結婚は…基本的に制限は無くなるでしょうが、魔族にとって敵対している所の人間とは……姫様?」
不意に姫君らしく苦労を知らない指先がディートハルトの唇に触れて、エリーゼは虚ろな声を出す。
「……こんな、口で。こんな汚い口から出る言葉が、信用できると思っているの……?」
ぐち、と爪を立てられて、ディートハルトの唇から血が滲む。
さっきまではもう治まっていた涙は、色を失っていた瞳はやっと元に戻って、エリーゼのドレスを汚していく。
「死んでよ」
「…はい」
「……私の全部、返せないなら。魔王と一緒に、仲良く無様に死んで償ってよ」
「……エリーゼ」
「呼ばないでっ」
痙攣していく指先をそっと捕まえて、ディートハルトはもう届かないモノに、そっと唇を寄せた。
「愛してます、エリーゼ」
やっと聞けた言葉に、エリーゼはぐしゃぐしゃの顔で彼を見つめた。
「――――嘘つき」
泣き笑いの彼女を、ディートハルトはベッドに押し倒して。
拒絶するその腕を、払い落した。
*
どうせ、もう無理なのなら。
追記:
私が書いた話の中で一二を争う陰鬱さ……。
他作品の「ヴェルンハルト」消してしまった作品の「ラインハルト」といい、ドイツ人の名前をチョイスしているせいで「―――ハルト」が異様に多い件。
本当はモールことディートハルトは亡国の王子的な設定だったのに、何をどう転がしたのかスパイっ子に変更しました。本来なら一章ではバレない設定だったんだけどなー…。
勇者カップルがイチャイチャしてる陰で、実は二人も負けず劣らず(無意識に)イチャついてたんです。両カップルから外れていたブスさんがああなるのも無理ないでレベルで仲が良かったんです…いつか番外編にでも書きたいな!←
ちなみにモールさんは「勇者拾ったら大変なことになった」でちょっと出てきてます。




