第二部
その村は至ってのどかな、ごく普通の集落だった。何か目新しい事件でも起これば一日で村の隅から隅まで噂が行き渡ってしまう様な。
早朝、まだ通りに人影はあまり無い。町の中心から少し外れたところを二人の人間が歩いていた。
「こっちだ」
フィーズはルクを先導してずんずん歩いていく。後ろから、歩調を少し急がせて大きな荷物を背負った少年が追いかけていった。
「もっとゆっくり歩いて欲しいんだけど」
「あ、悪い。子供の歩幅じゃ追いつけないか」
「……」
「怒るなよ」
朝っぱらから、昨夜の続きのような会話をする二人。
もっともルクの心中はあまり穏やかではなかった。フィーズがそれを知った上で彼をからかっていることも、知っていた。
情報屋とその客、という立場ではあるが、二人は昔からの友人でもあった。
「ここには何度か来たけど……」
ルクは歩きながら、まだ日の昇りきらない風景を見渡した。
街中を過ぎ、草原を横切って続いていく道。それに沿って立つ建物の数が徐々に減っていく。代わりに遠くがよく見えるようになる。
「何で、今まで気がつかなかったんだろうな」
「ま、会えば分かるさ。……正直、俺も知りたくは無かったけど」
「そうか」
つまり、悪魔さんは彼の知り合いであるらしい。
「なあ」
ふと、フィーズが声をかけてきた。
「なに?」
「お前さ、……いまさらこれを聞くのも何なんだけど、結婚とかする気ってないのか」
ルクは首をかしげた。
「フィーズ、まだ酔ってるのか?」
「違う。俺はただ――」
「俺みたいなやつが、結婚だなんて考えられない……みたいな答えを、期待してるの?」
「……ルク」
「俺はまだ、何も決めちゃいないよ。少なくとも、旅を終わらせられないと」
フィーズの歩調は、すこし落ち着いていた。
「この世界をなんとかしなきゃ、俺は生きてるって言えないから」
「そっか……。頑張れよ」
「うん」
二人はしばらく、何も言わずに歩いた。そうしているうち日は上がり、すれ違う人の数が増えてきた。原っぱの道を少し行けば、また一つの集落に行き当たる。
フィーズが今住んでいるのは、ここだった。
「教会に行け。あとは一人で好きなようにするといい」
「お前は?」
訊くと、フィーズはかぶりを振った。
「俺は行かない。今夜にでも、昨日の店で会おう」
つまり顛末を聞かせろ、ということか。
「わかった」
「うん、じゃあな」
今しがた来た道を、フィーズは引き返していく。彼は表向き、昨日の町で雑貨屋を営んでいる。情報屋としての仕事は彼のつてで頼ってくる人間から、裏で引き受けていた。
彼の仕事には、あまり表沙汰にしてはならないような内容も含まれるためだ。
「さて……教会は、どこだったかな」
その集落は背の低い建物が散在するような、やはりのどかなところだった。教会といっても都市にあるような厳かな雰囲気のものではなく、町民の集会場にでもなっているような場所だろう。
伸びる道をしばらく歩く。日は随分と高くなっていた。左右には民家、通りで遊ぶ子供たちの姿も見える。
交差した道にさしかかった。
ルクはきょろきょろと周りを見回す。道がわからなくなった。
「ごめん、ちょっといいかな」
道の脇で水をまいていた少女に、ルクは声をかけた。
「はい?」
「教会ってどこにあるか、教えてくれないかな」
すこしきょとんとしてから、少女は答えた。
「教会なら、この道を真っ直ぐ行って左に見えますけど」
「そうか、ありがとう」
「旅人さんですか?」
「ん?ああ、そうだよ」
尋ねてきた少女に、動かしかけた足を止める。
「この町じゃ、教会に行っても神父さんとか、いませんよ」
「いや、そういうのが目的じゃないから」
「違うんですか?」
懺悔や説教など以外で旅の人間が教会を訪れる理由は、普通あまり思いつかないだろう。
「ちょっとね。待ち合わせ、というか」
「待ち合わせ……。あ、そうか」
何かに思い当たったような彼女の表情に、ルクは首をかしげる。
「どうしたの?」
「最近になって、近所の娘がよく教会に行くんですけど。一人で椅子に座って、ずっとお祈りをしてて」
「……へえ」
「そうするようになって、あの娘なんだかふさぎ込んじゃうようになったから。ひょっとして、その娘の知り合いなのかな、なんて」
「……」
ルクはあごに手を当てた。
「旅人さん?」
「あ、いや。……そうだね、知り合いみたいなものなのかも」
「え?」
「いや、なんでもないよ。教えてくれてありがとう」
教わったとおりの道を行くと、すこしして教会にたどり着いた。周りの建物より一回り大きいだけの建物、という印象がある。
「ここか」
ルクは一歩踏み出して、両開きのドアを押し開けた。
中は暗かった。長いすがずらりと並び、奥には祭壇。それだけの空間だ。
右前方、長いすに腰掛けていた人物がこちらを振り向いていた。
驚いたような顔をした、黒髪の少女だった。




