5 〜無明を断つ〜
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七郎は刀を手にして踏みこんだ。
「でやあああ!」
夜闇を斬り裂く紫電一閃。
七郎の鮮やかな一刀は、魔性を斬り裂いた。
七郎が月光蝶と呼ぶ魔性の体が、半ば両断されて地に倒れ落ちる。
一糸まとわぬ裸身、滑らかな白い肌、頭部に蠢く触覚、背に生えた蝶のような羽根、そして真紅に輝く瞳……
正しく人外の魔性だ。
だが七郎の持つ妙法村正は、刀鍛冶師の村正が世の平和を祈って打った一振りだ。
降魔の利剣に等しき刃の前に、月光蝶も滅びたかと思われたが――
「何!」
七郎は思わず叫んだ。
真っ二つになった月光蝶の体が互いに蠢き、傷口を寄せあい、再生していくではないか。
――我は死なぬ。
月光蝶の声が七郎の魂に響いた。
――我は人の心の悪意から生まれた…… 人間ある限り我が身は不滅……
目の前で再生していく月光蝶を見据えながら――
七郎は再び踏みこんだ。
「燃やせ!」
それは自身の魂を燃焼させようとする、七郎の魂の叫びだ。
横薙ぎの一閃は、月光蝶の首をはねた。
だが次の瞬間、月光蝶の体は無数の光球に変わった。
「な、なんだこれは……」
七郎は見た。
拳大の無数の光球が、夜闇の四方八方へと飛び去っていく。
悪意から生まれた、月光蝶の底知れぬ邪悪な意志――
それが、あらゆる世界に飛び去っていく光景だった。
月光蝶の悪意を秘めた光球は人に取り憑き、魂を貪り、やがては人ならざる者に変えてしまうのだ。
(人ある限り魔性は不滅…… だがやらねばならぬ)
七郎は勝敗も生死も考えなかった。
魔性を斬る。
無明を断つ。
それが七郎の使命だ。
使命を果たすために戦うのみだ。
たとえ力及ばず、志半ばで命尽きるとも……
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「……というわけで、時間も空間も越えた無数の世界に、守護者がいるブル」
犬型妖精ブルはグレースに教えた。
「へえ〜、そうなんだ」
「姫様にとっては魂の同志だモン!」
猿型妖精ジェットは言った。
ブルもジェットも戦闘時には元の姿に戻り、グレースをサポートする。
「さーて、お勉強終わり! お風呂入ろ! ブルもジェットも洗ってあげるからね! あれ、アローンは?」
犬型妖精アローンは、悪の組織のアジトにいた。
彼は悪の組織の首領と対面していた。
「「「失礼いたします!」」」
妖魔のメイド少女三人が、三メートルにも及ぶ巨大なワイン瓶を運ぶ。
そして巨大なグラスにワインを注いだ。
巨大なグラスを手にしているのも、巨大な妖魔の美女だ。身長は十メートル近い。
「えーと……」
アローンは真の姿で対面していた。
何がなんだかわからない。イブを送りに来ただけで、敵の首領の前に案内されるとは。
「……ぷはー!」
巨大な玉座に座した巨大な妖魔の美女は、ワインを飲んで一息ついた。
ワイン臭い息がアローンに向かって、突風のように吹きつける。
「……で? うちの娘とどういう関係?」
首領のリリースはアローンに質問した。
「え、娘?」
「ママ、私達の結婚を許してよ!」
場にはイブも現れた。アローンは困惑した。
「ママ? 結婚???」
「お待ちなさい、いきなり結婚だなんて言われても…… で、うちの娘とどういう関係なの? 敵同士よね?」
リリースの質問に、アローンは硬直した。
何か大変な事態になりそうな気がする。




