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8話 名付け親


 僕が二人の寝室に侵入してから、もう夜も深い時間になっていた。

 彼女達はもう寝息を立てていて、僕は静かに瞑想をしている。



(なんだか大変だったな……鼻筋の痛みばかり思い出すぞ……)


 僕はこれまでスミマリは()()()()()()()()の不変の関係だと思っていたが、思い返せば時折マリーゴールドから積極的にアプローチを掛けている雰囲気もあるし、会話も基本的にはマリーゴールドが主体で進んでいる。もしや逆の、マリスミが可能性はある……?


 それに、スミレの浮気という単語はまるで第三者の存在を想起させるものだった。あまり考えたくは無かったが、まさかこのゴールデンペアに水を差す誰かがいるのだろうか……?


(スミレ様の半径300mに近付いた者は全てボクが始末する必要があるのかもしれない……)

 などと物騒なことを考えていた時、静寂に包まれていた部屋に声が響き始め、僕は驚かされることになる。



「……マリィちゃん、もう寝た?」

「ん~……」


「つんつん♪」

「やっ、やめなさいよ、っスミレぇ……♡」


「これは完全に寝てますなあ……!」

「……」



「と、いうわけでマリィちゃんは寝ちゃったわけで、起きてるのは私だけになったから……」




()()()()()()()()()()()?」



 ドキリとした。


「君だよ? 起きてる?」

「……」



 スミレは、僕に向かって話し掛けていた。

 突然のことで、どう反応していいか分からない。


「起きないと、お目覚めのキッスをするよ~?」

(……!?)


 彼女はベッドから身体を起こすと、僕の前に座り直してから、僕の頬に両手を添える。



 そんな、まさか? スミレさん?

 あ、いえ、それはッ、あっ、あっ、ダメッ――



「……」


 僕は観念して、自分の目を開けた。

 俯瞰の視点をやめると、今にも唇が触れそうな距離にスミレ様のご尊顔があり、その柔らかいおててと、甘い香りにクラクラとめまいを覚えてしまう。


「わっ、かわいい……」

(!?!?)


 女神だ。女神が居た。だが、可愛いというのはきっと聞き間違いだろう。僕はただ硬直して、死が訪れる瞬間だけを静かに待つのみ……。



「君、名前はなんて言うのかな?」

「……」


「う~……じゃあ勝手に付けるね?

 ほんとうに良いのかな~……?」

「……」


「え~と……緑色だし、そうだねぇ……」



「クローバー、なんてどうかなぁ?」


こくこく


「わ、良かったぁ~!!」



(お母さん、ごめんなさい。ボクは女神から名を授かることになり、今日からクローバーになりました。親不孝者のボクを許してください。こちらがボクの新しいお母さんになる、スミレママです。どうかよろしくお願いします)




「クローバーちゃんは、ええっと……私達に、加護を下さったんですよね?」

「……?」


「あれ、違うのかな……でも、ずっと近くに居たんだよね……?」



 僕は、究極の迷いの中にいた。

 ここでスミレと話してしまって、本当に良いのだろうか。


 僕が応援しているのは、彼女達の恋愛模様だったはずだ。何を間違ったか見つかってしまったが、本当なら観葉植物を貫き通すか、バレた時点で逃げ出すべきだったのだ。ここまで彼女の色香が強烈だとは思わなかった……。


 一線を踏み越えてしまった今、彼女達の間に割って入ってしまう欲望にどうしようもなく駆られている。ダメだ、この感情は――



「ッ……!!」

「あっ、待って……!」



 僕は、窓から飛び出した。

 鮮やかに着地を決め、そのまま路地を曲がって隠れる。


 そうして、後悔の波が押し寄せることになった。



 就寝中のマリーゴールド様の上を飛び越える無礼を働いてしまったが、もうあれ以上、スミレ様の輝きの前に居ることが耐えられなかった。あれ以上僕が二人の間に入ってしまったら、本当に取り返しがつかなくなってしまっただろう。



(だから、これで良かったんだ……もうこんなことは止めよう。

 二人にとってボクは、どこまで行っても邪魔者でしかないんだから……)


「……驚かせてゴメンなさい……。うぅ~……」

(……!?)



 スミレの声がした。宿屋から離れたのに何故? と思ったが、二人の部屋にはフォレストアイを残したままだった。コイツは視覚と一緒に聴覚も届けられるのを忘れていた。



「どうして私たちの所に来たのか分からないけど……。

 私たちにはきっと、幸運の妖精さんだったんだよ……?」


 やめてくれ。僕はそんな存在なんかじゃない。

 僕が近くに居たら、キミたちは不幸になる。



「また、会いたいな……」



 そして、それを最後に彼女は何も喋らず、静かにマリーゴールドの眠る布団の中へと潜って行ってしまった。


 いつもの僕ならそこで興奮して妄想を始めるところだったが、そんな余裕もなく、「また会いたい」というスミレの言葉が僕の胸に深く突き刺さり、抜けなくなってしまっていた……。


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スミレとマリーゴールド。

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