7話 私達に出来ること
彼女達がご飯を食べ終わるより先に、僕は窓から部屋へと侵入した。
これから、堂々と立ち聞きをする。絶対に気付かれてはいけないというS級難易度のクエストだ。興奮がもう抑えられそうにないが、目的を無事達成するには心を絶対零度まで冷やす必要がある……。
「スキル【気配遮断】、【精神安定】、【森羅万象】……【擬態】」
僕はベッド脇のデッドスペースに座り込み、心を静めていく。深く目を閉じ、視覚は召喚したフォレストアイを部屋の天井の隅に浮かべ、それを頼りにする。
僕は今から観葉植物だ。植物は声を出してはいけないし、目を開けてはいけないし、一歩たりとも動いてはいけない。例え手を触れられようと、動揺を見せてはならないのだ。
ガチャ
「はぁ……こんなことになるなんて……」
「今日はお疲れだよマリィちゃん~」
「ええ、ありがとう……」
「それで、何を話すつもりだったの?」
「まぁ座りましょ、スミレも帯剣してたら落ち着かないでしょ?」
「それもそうでした」
初めはガチャガチャと装備を外すぐらいだと思ったが、防具を脱ぎ捨て、今は簡易的な部屋着一枚になったところだ。僕は観葉植物なので、これぐらいのことで動揺するハズがない……。
「ちょっと燃やしちゃったみたいね……ゴメンね、スミレ」
「いいよいいよ、気にしないで~……冒険の勲章だよ~!」
「ありがとう、でもやっぱり実験台にしたのは反省してる……」
「マリィちゃんの本気を知れて嬉しいよ~」
「いいえ……さっきのが全部じゃないの。
だから、スミレには私の全部を見せておきたくて……」
「ひゃ~~!! マリィちゃんの全部? ご、ごくり……」
カサッ
「? 虫が居たのかしら……?」
「いないよー?」
百合力の高まりについ身体を揺らしてしまった。これは不可抗力だ。
無心だ、無心になるのだ……。
「これからスミレは名実ともに私のパートナーよ。お互い秘密も出来ちゃったしね。
だから、私が持っているモノは全部教えておきたくて。それなら連携も取れるでしょ?」
「名案ですなあ。しかしマリィちゃんのあんなことやこんなことまで知ってしまったら、もう浮気が出来なくなるじゃあありませんか~?」
「クスッ、それってどんなことよ。まぁいいわ、教えるわよ」
「どきどき……」
浮気? 聞き捨てならない単語が聞こえたが、気配を消すことに精神を集中しているのでそれについて考える余裕がない。今はスミマリを信じろッ……。
「私は元々火属性は使えたけど、さっきは水属性の魔法を使ったわね? 実はね、30レベルになったとき一斉に目覚めたの。増えたのは水属性、獣属性、闇属性の3つよ」
「ほえー」
「正直驚いてるわ。炎と水の相反する属性を手にしたこともそうだし、闇属性の才能があったこともね。使える魔法は【火槍】、【水蛇】、【焔狼】、【血鮮】、それから――……」
「わ、そんないっぺんに覚えられないよ~!」
「パートナーなら覚えてくれないと困るわ。私はエトワール王国に名を馳せる魔女、マリーゴールドになるんだからね?」
「うっ、覚える~……」
「それで、スミレはどうだったの?」
「私? えっとねー、剣技と~……樹属性~」
「それって何が出来そうなの? ちょっとやって見せて」
「よ~し……!」
そういうとスミレは、僕の正面を向く。
いや、正確には僕の本体は目を瞑っていて天井の視界からそれを眺めているのだが、どことなくいい香りもしてきたし、スミレ様のお顔があんなにも近すぎるのはもしかして重罪ではないだろうか……?
あ、スミレ様、何をなさるんです? それはただの観葉植物ですよ? あっ、何するの、ダメっ――
「にょきにょき~」
「何してるの?」
「この可愛い子に、ちょっと植物を付け足してイタズラしちゃおうかと……へへん」
「あんまり役に立たなさそうな魔法じゃない……それにしてもなんだか不気味ね。この置物はいつからあったの?」
今、鼻がとてもムズムズする。
俯瞰しているから分かるが、僕の鼻に植物のヒゲが生えてしまっていた。
(耐えろ、ボク……スミレ様よりいただいたおヒゲだぞ!?
……くしゃみもダメだし、感極まって涙を流すのもダメだッ……!)
「この宿屋の趣味なのかしら? 客室に普通置かないわよね……」
「あっ、もしかしてイタズラしたらダメだった?」
「当たり前じゃない。ちゃんと直しておくのよ?」
「ごめんね~君。おヒゲさんは取っちゃうね~?」
ブチッ!
(~~~~~~~~~!?!?)
僕は混乱の極致にいた。そもそも気配遮断は、街の誰一人として気付けないほどのスキルなのだ。今は距離こそ近いとはいえ、完全に静止した状態である。
だが彼女達は、僕の存在に気付いているようだった。
かなり危険な状況だ……。
マリーゴールドは置物と言ったが、スミレに至っては僕のことがどういう風に見えているのかまるで分からない……。
「まぁ、スミレは剣士だしね。
樹木を手や足に巻き付けるぐらいでも使い道はあるでしょ」
「あんまり夢が無さそうだよ~!」
「もう、それだけ?」
「あとは、炎とか雷の基礎抵抗力とか、モンスターの察知とか、そんな感じ~」
「順調に戦士になってる訳ね。頼もしいわ」
「マリィちゃんは私が守る! えっへへ~」
(スミマリはボクが守る! フッヒヒ……)
「……」
「……」
(アレ。お二人ともボクをそんなに見つめてどうしたのかな?
ボクはただの観葉植物、もしくはちょっとリアルなお人形だよ?)
「なんだか怪しい気配を感じるわね……」
「どうしたの、マリィちゃん?」
「スミレは感じない?」
「ん~……気のせいじゃない?
今日はやっぱり色んなことがあったから、疲れてるのかも」
「それもそうね……じゃあ早いとこ寝ましょ」
「はぁ~い」
彼女達は手狭なベッドに二人で横になった。
このままくんずほぐれつの展開を期待したのだが、数十分もした頃には、薄っすらと寝息が聞こえて来たのだった……。




