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第四十話 医師ミソジ

 たくさんの患者が運び込まれてきた。


 宝生ホウジョウ 永人エイトは、アイエス総合病院の救急救命センターに勤める医師である。


「宝生先生! これを着て行ってください!」

 防護服を着たナースから、同じ防護服を手渡された。


 宝生は、今日は非番だったがテレビのニュース速報でテロが発生したとのテロップが流れるやいなや病院に呼び出されたのだ。


 同僚の医師は既に、対感染症用の隔離病棟に出払っていた。


「これって、もしかしてテロと関係ある感じ?」


 素早く防護服を手に取ると、そのナースに尋ねた。


「犯人が電車の中でウィルスを撒き散らしたらしいです」


「なんつーことを……、大昔に似たような事件あったよね?」

 テキパキと防護服を着込むと、二人は隔離病棟に走って向かう。


「歴史の授業で習った記憶はあります、確か同じく電車の中でしたっけ」


「そうそう、かなり多くの犠牲者が出たんだよ」


 そうこうしている内に何重にも閉じられたガラス戸の前に来た。


「宝生先生!!」

 ガラス戸の向こうから大声で、同僚の医師が声をかけた。


「な、なんだよ鹿野、その格好は……、何があった?」

 思わず声が上ずってしまう。

 それもそのはず、その鹿野と呼ばれた医師の着ている白い防護服は、ほぼほぼ真っ赤に染まってしまっていたのだ。


 何度かの洗浄システムを抜けて、病棟内部に入った宝生。


「宝生先生、こちらへ」

 鹿野に案内されて治療室に開放されたロビーへと向かう。

「な、なんだ……これは……」

 宝生は思わず絶句した。


 幾人もの患者が横たわっている。老若男女関係なく、百人近くはいるだろうか、かなりの人数だ。

 ただ、人数だけで言えば、大きな事故が起きた時にはこれくらいは対処してきた経験はあった。


 宝生が、異常さを感じたのは他に理由があった。


 広いロビーが赤い靄がかかったように視界が悪くなっていたのだ。


 壁や床も、所々赤く染まっている。鹿野の防護服と同じだ。


「これは……、血液か?」


「そうです、ウィルスによるもののようですが、発症した患者達はみんな霧のような血を身体中から噴き出し続けているんです……」


「なんてこった……、ウィルスの特定は?」


「いま、研究室にデータを送ってはいるんですが……」


「こんな症状見たことないぞ……、どう対処すれば…」


「そうなんです、重症者を優先して輸血を行ってはいるんですが、根本的な解決になっておらず…」


「犠牲者はどれくらいだ?」


「すでに十三人死亡してます…」


「くそ…、じっとしてても仕方ない、俺も入るぞ」


 宝生は患者の波に分けいると、応急処置を手際よく始めた。


「こんな子供まで……」

 症状がかなり進んでいると思われる一人の少年の前に立つ。


「く、苦しいよ…お母さん、お父さん」

 涙まで血で赤く染まっている。

 命は風前の灯火だった。


「ゲホッガホッ」

 少年が咳き込むと、身体中から霧の血液が噴き出しあっという間に宝生の防護服が真っ赤に染まった。


 血だらけの少年は体操服を着ていた。通学中にテロに巻き込まれたようだ。


 胸にフルネームで名前が書いてあった。

 かろうじて読むことが出来た。


『立花 慈郎』


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ひどい汗を身体中にかいて、宝生は目を覚ました。

 またあの二十年前の夢を見た。これで、何度目だろうか、何百回、いや、何千回?

 宝生は五十歳になっていた。


 結局、あの時の患者は全員助からなかった。

 犯人もウィルスに感染して病院に着く前に死んだらしい。

 大規模なテロ組織や新興宗教の関与がセンセーショナルに報道されていたが、一年も経たない内に、芸能人の不倫の話題に負けてしまい、風化してしまった。


 百人を越える犠牲者が出たが、あの少年の名前だけは頭にこびりついて離れなかった。すぐに両親が病院に駆けつけたが、未知のウィルスに感染していたため、遺体に会うことすら許されず、空の棺桶で葬儀を行ったということだ。大柄な父親は、人目もはばからず床に崩れ落ち号泣していたのを見て、自分の無力さを呪った。


「先生~、まーた、うなされてたんすかー」

 白衣を着た細身の若い女性が、診察室に入ってきた。


「午後診始まっちゃいますよ~、ってかまた診察用のベッドで昼寝してたんですか~」


「いいじゃないか、どうせ客は来ないんだから」

 Tシャツの上からくたびれた白衣を羽織って眠そうな目をこする。


「すごい汗じゃないですか、また例の夢を見てたんですか? すごいうなされてましたよ」


「あ、あぁ、ここんとこ毎日だな」

 その辺に無造作に置いてある白いタオルを掴むと頭から顔にかけて汗を拭う。


 あのテロ以降、宝生は血を見ると意識を失うようになってしまった。勤務先に紹介されてカウンセリング等も受けてはみたが、一向に改善しなかった。

 宝生だけに限ったことではなく、あの事態を対処にあたっていた医療従事者の大半が同じような症状を訴えていた。

 外科医である宝生にとっては、とりわけ致命的な事であったがため、病院を去ることにしたのだった。


 だからといって、他に何か出来るわけでもなく、仕方なく小さな診療所を開業した。

 とはいえ、血が苦手な外科医が診療するため、もっぱら捻挫、打撲、軽い骨折の患者しか診ず、その他は断ってしまっていた。当然、ヤブ医者との噂が広まるのも早く、患者の数もほぼゼロの日々が続いた。


「あのウィルスって、確かTトーキョーアサシンって名前でしたっけ?」


「あぁ、あの後かなり経ってから人為的に造り出されたウィルスってことはわかったんだが、結局それ以上の事は闇の中だ」


 幸いだったのは、Tアサシンは空気に触れてから活動停止までがとても短かったため、犠牲者以外に拡大しなかったことだ。おそらく作成者が、侵攻する時には無害化されることで、味方に被害が出ることがないよう戦時下での使用を意図して造った兵器だったのだろう。


「ウィルスというより、ナノマシンに近いな」


「今だったら治療に普通に使われてますよね?」


「あぁ、あの当時からしたらとんでもない技術だった」

 今は国際的な取り決めにより、ナノマシンの軍事利用は禁止されている。


「にしても、患者さん今日も来ませんねぇ…」


「あぁ、仮野カリノさん、早くあがってもいいんだよ」


「そうさせてもらおうかなぁ~、ってかこれだけ閑古鳥でよく私のバイト代出せてますよね?」

 仮野と呼ばれた女の子は、笑いながら宝生に聞いた。


 肩をぐるぐる回しながら宝生は答えた。

「あぁ、最近、副業で()()()()()()()()


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