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第三十八話 合戦ミソジ⑬

 勇者とその仲間たちは激闘の末、聖剣の塔の上層にて魔王軍四天王【魔道博士】ジジーストをあと一歩のところまで追い詰める。

 いままさに止めを刺そうとした時に、ジジーストの様子が急変する。

 今までにない苦しみ方をするジジースト。

 そしてみるみるその姿を変貌させていった……。

 勇者はこの最後の試練、正義の試練にて【聖剣】に試される。

 今再び、ゲームが現実をなぞらえていく。


「ハルイチ君!! ストップ!!」

 タロウはジジーストのHPの表示色が赤色に変わったのを確認してハルイチを静止した。


 ハルイチは、適度にジジーストと距離を取り、警戒は怠らずに様子を伺っている。


「あ、あ、あぐわ……ガガガ」

 はじめはダメージの大きさに苦しんでいたジジーストだが、突然苦しみ方を変化させた。


 皺だらけの喉を掻き毟り必死にもがいている。


 すると、ジジーストのまわりにモンスターが出現する時の様な黒い煙が現れ、彼の身体に纏わりついた。


「な、何が起こるの?」

 ハヤカはタロウを守る様に彼の前に立つ。


 黒い煙はジジーストの肌や衣類を溶かしていく。


 そして、全てを消し去った後、煙は地面に吸収されるかの如く消えてしまった。


 そこに残ったのは、倒れている一人の人間、しかも中年男性だった。


「あれって……現実の人間?」

 ハルイチは、そのジジーストだった中年男性を見て言った。

 なぜなら、その人物はビジネススーツを着ていたから。この西洋RPGの世界観にスーツは登場しないだろう。


「そそ、ジジースト含む四天王のほとんどは元人間なんだよー」

 タロウは、ホッとした表情で言った。


「なるほど、だから倒したらゲームオーバーになるんですね」

 ハルイチはタロウが一人で戦おうとしていた理由がようやくわかった。

 ジジーストを倒すということは、()()を傷つけて倒すことになる。場合によっては、殺してしまうかもしれない。だから、タロウはゲームとはいえ罪悪感を背負わせまいと、途中から二人に関与させないようにしていたんだとハルイチは悟った。

ハヤカもそれとなく理解したようだった。


「ゲームの中だったら、主人公の村の村長だったんだけどねー、その辺は違ってるなー」

 タロウは、仰向けに倒れている男の様子を伺っている。


「死んでないですよね……」

 ハヤカはおそるおそるタロウに尋ねる。

「それは大丈夫だよ、殺しちゃったら正義の試練が失敗扱いになってゲームオーバーになるから、最後のセーブポイントからやり直しになってるよ」


 敵でありながら、その本質を見抜き救われるべき命を守る。それが、正義の試練であった。


「最初の二つは小学生レベルの試練でしたけど、急に深いものになるんですね……」

 ハルイチはあまりのギャップに理解が追い付かない様子だ。


「や…山田君?」


 タロウは、突然名前を呼ばれて驚き声のする方を見た。

 先程まで倒れていた男性が、ムックリ起き上がるとこちらを見ていたのだ。

 所々スーツにほころびは見られたが、特にケガ等はないようだ。


「へ? 市川部長?」

 しばらく呆然とその人物の顔を眺めていたが、勝手知ったる元上司とわかって声が裏返った。


 禿げ上がった頭が、前より輝いて見える気がするが確かに大平商会で一緒に働いていた市川部長その人だ。


「なんで、部長がこんなとこに?」


「いや、私にもさっぱりわからんのだ…」

 市川部長は禿げ上がった頭をしきりに掻き毟っている。

「山田君にクビの話をした後に部屋から出ようとしたら、わけのわからない場所に出てしまって…、そこで怪物に襲われたんだが」


「【現実ゲーム化現象】に巻き込まれたんですね、それでこの迷宮ダンジョンに……」

 ハルイチは眩しそうに市川部長を見ている。


「そしたら、黒いフードを被った人に間一髪助けられてね、ちょうど山田君くらいの背格好だったかな」


「黒フード…、GMか…?」

 タロウは眩しそうに市川部長を見ている。


「その人物に、ここから出してくれと頼んだんだが、何か役割を果たせと言われて……気がついたらここにいたと言うわけだ……、いったいここはどこなんだ? 私はどうなったんだ? 死んだのか?」

 話している内に現実離れした状況が分かってきたのか、どんどん混乱していく市川部長。


「山田さん、もしGMがあの人をジジーストに変えたとしたらやはり俺達の敵じゃないんですか?」


 確かにGMは、ゲームをクリアすることに対しては味方だと言っていた。それはすなわち、クリアさせるためにはどんな手段も厭わないということだろう。


「身近な人を巻き込んでまで、ゲームを進めさせる動機付けに利用している、あえてジジーストに山田さんの知り合いを選んだ」

 ハルイチは不快な感情を隠さずに言った。


「俺が巻き込んじゃったのかー、部長ごめんなさい」

 タロウは、市川部長に深々と頭を下げる。


「いや、なんの事かよくわからんが、社長の指示とは言えいきなりクビにしてしまってすまなかった」

 市川部長も眩しい頭を深々とタロウに下げた。


「ちょっと待ってください」

 ハルイチはあることに気がついた。


「今の話からすると、その部長さんがこっちに飛ばされたのは山田さんがサークルユニコーンを受ける前ですよね?」


「あ、まぁそうなるよね、前の会社クビになったからここ受けたんだから」


「ということは、山田さんが勇者としてこのゲームを始めることは、最初から決められてたって事ですよね?」


 最初からタロウありきでこのゲームがスタートされていた。前の会社をクビになったのも、それが原因だった。そう考えると、今までご都合主義のようにゲームが進んできた説明が付く。


「黒フードの連中は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。魔王を倒してこの【現象】をただ終わらせるだけなら山田さんじゃなくてもいい……、だとしたら、ゲームをクリアすることで達成出来る他の何かがある……?」


 ハルイチは、ここでも何か決められたレールの上を走らされている気がした。そして、それを自分の手でぶち壊してやろうという気持ちも同時に芽生えていた。それは、自分の人生における初めての反抗であった。




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