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第2話 裏切り

 その日の放課後、あたしは1人、薄暗い廊下を歩いていた。ふと誰かに肩を叩かれ弾かれたように振り返ると、そこには笑みを浮かべた瑠夏が立っていた。


「ああ、瑠夏。急に肩叩くからびっくりしたじゃん! 声掛けてよ」


 瑠夏はけらけらと明るい笑い声をあげて、指でVサインを作る。


「ごめんごめん、ちょっと脅かそうと思って。……っていうか、るぅまだ帰らないの?」

「うん、もう帰るつもりなんだけど……美衣子見てない?」

「美衣子? 見てない」

「そっかぁ」


 溜息を吐いて、何気なく廊下の窓の方に視線を振る。オレンジ色の光の中を、部活動を終えた生徒たちが帰宅していくのが見えた。


「今日美衣子に、委員会で遅くなるから先に帰っててって言われたんだけどさ、ちょっと用事があってこんな時間になっちゃったから、もしかしたら一緒に帰れるかもと思って。やっぱ1人で帰るのって心細いじゃん? でもこんだけ捜してもいないってことは、もう帰っちゃったってことかな」

「そうかもねぇ。なんならあたしと一緒に帰る?」

「あ、それじゃあ一緒に帰ろっか」


 窓の外を眺めながら瑠夏にそう返した時、あたしの瞳が1人の女子生徒の姿を捉えた。


「あれ? ……ねぇ、瑠夏。あの後姿、美衣子じゃない?」


 あたしが指差した方向を見て、瑠夏が「ほんとだ」と小さく声をあげる。


「今なら名前呼べば気付くかもよ?」

「そうね」


 窓を開き、そこから身を乗り出して大きく息を吸い込んだあたしは、―――その状態のまま、固まった。


「……えっ?」


 その声を聞き逃さなかったのか、瑠夏が首を傾げてあたしの隣にやって来る。


「どうかした?」


 何も答えずただ呆然と一点を見つめているあたしを不思議そうに見た後、瑠夏は隣の窓を開け、あたしと同じように身を乗り出した。 窓の外の光景を目にした瑠夏もまた瞳を大きく見開いて、ハッと息をのむ。


「……なんで?」


 やっとの思いで、あたしは声を搾り出した。


「なんで、美衣子と雪山先輩が一緒にいるの……?」


 頭の中で沢山の感情が沸騰している。言いたいこと、疑問が山ほどあるのに、上手く言葉にならない。もうそれ以上言葉を紡ぐことが出来なくなったあたしは、更に大きく目を見開いて、美衣子とその隣を歩く雪山先輩の姿を目に焼き付けた。本当はすぐにでも顔を背けたかったけれど、信じたくなかったけれど、今あたしが見ている光景は間違いなく現実に起こっている事だった。2人は、物凄く仲が良さそうに見える。時折笑みを浮かべながら、何かを話している。会話が聞こえるはずも無いのに、あたしは思わず全神経を2人に集中させていた。

 嬉しそうに笑う美衣子。 楽しそうに笑う雪山先輩。

 あ、と思わず喉の奥から声が洩れた。夕暮れをバックに、2人が突然手を繋いだのだ。こんなに遠くからでもわかるくらい、美衣子の顔は真っ赤だった。とても幸せそうな笑顔を浮かべている……。


(どうして? ねぇ、美衣子。聞いてないよ……)


 あたしの脳内に浮かんだ言葉は、ただそれだけだった。今まであんなに一緒に居たのに、あんなに雪山先輩への好意を彼女に包み隠さず打ち明けてきたのに、その雪山先輩と美衣子があんな関係だったなんて全く知らなかった。

 あたしの両目から、涙が溢れ出した。気持ちの整理はまだ全然追いついていないのに、体はもう美衣子と雪山先輩の関係を理解し、勝手に悲しみモードに入ってしまっている。頬を伝って床に落ちていく涙の粒を見ても、まだ事態を良く理解できなかった。美衣子は誰よりも何よりも大切な友達だったし、あんなに優しい美衣子が自分を裏切ることなんて絶対に無いと確信していた。だから今回のことも夢なのではないかと思った。

 美衣子と雪山先輩が手を繋いだまま校門を出て行って、その後姿が夕焼けに溶けていってもまだ、夢なのではないかと思っていた。


「る……るぅ、大丈夫?」


 瑠夏が慌ててあたしの腕を引っ張った時、突然あたしの脳は、認めたくない真実を理解した。入学してから今まで見てきた色々な雪山先輩と美衣子の笑顔が重なって離れて、くっついて、また分裂して―――……。

 その瞬間、あたしは膝を折ってその場にへたり込んでいた。自分でもびっくりするくらいの量の涙が溢れ出して、どうしても止まらない。震える両手を暫く見つめた後、その手を強く握って床を殴りつけた。


「なんで……? なんでなの? ……あいつ……あたしを裏切ったの?」


 魂が抜けたように感情の無い声で呟くあたしの肩を、瑠夏が必死に揺さぶる。


「る、るぅ……落ち着いてよ……!」

「……おち、つく……?」


 あたしの脳は今にも爆発しそうだった。悔しさと怒りと、親友と好きな人をいっぺんに失った喪失感があたしの心の中を支配していく。


「落ち着いていられるわけないでしょ! どうしてあの2人が手、繋いでるの? ねぇ、瑠夏! なんで! どうしてなの!」


 金切り声を上げながら、あたしは瑠夏に抱きついた。


「あたし……美衣子のこと、信じてた……信じてたのに……美衣子はあたしを裏切った!」


 絶対に許せない。……許さない!

 あたしは大声を上げて泣き喚きながら、瑠夏の腕を力一杯掴んで美衣子に対しての暴言を吐き続けた。瑠夏は何も言わなかったけれど、ただ、あたしの背中をゆっくりと擦って、落ち着かせようとしてくれた。


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