第3話 暗闇
あたしは家に帰ってからすぐさま自分の部屋に駆け上がり、ベッドに突っ伏して大声で泣いた。この気持ちをどうすれば良いのか解らなくて、自分自身が酷く惨めに思えた。
どれだけ泣いても涙は止まらなかった。悲しい気持ちや辛い気持ちもちっとも薄まらなくて、それどころか泣けば泣くほど逆にそんな気持ちが強くなったような気さえした。
何かで気を紛らわせようと、大きく首を横に振りながら、だるくなった体を無理矢理ベッドから起こす。本棚を漁っていたらアルバムが出てきた。小学校時代から今までの思い出が詰め込まれているアルバムだ。少しでもこの苦しみや悲しみを薄めようと考えてそのアルバムを開いたのに、一瞬であたしの心は更に深い闇に突き落とされた。どの写真にも、必ずあたしの隣には美衣子が立っていた。
小学校の時初めて出会ってからずっと一緒にいたんだから、仕方ないことなのかもしれない。だけど、写真の美衣子の笑顔が物凄く幸せそうで、それが酷く憎たらしくて、脳の血管が切れそうになった。
「あああああああああ!」
狂ったように叫び声を上げたあたしは、机の中からカッターナイフを取り出して、写真に写る美衣子の笑顔を切り刻んだ。 机にがりがりと傷をつけながら、美衣子の笑顔が細かい紙屑になるまで必死に全ての写真を切り刻んだ。
要らない。要らない。要らない。こんな人間、生きている価値なんて無い。いなくなれ。あたしの前から消えてしまえ。この写真と同じ様にズタズタになって、死んでしまえ!
「……っ死ね!」
悲鳴に近い声でそう叫び、山になった紙屑にカッターナイフを突き刺す。がつんという音がして、机にカッターナイフがめり込んだ。
それを見てあたしはまた言いようのない虚しさに打ちひしがれ、再び涙を流しながら、傷だらけになった机を叩いて泣き喚いた。
どうしてあたしがこんな目にあわなくちゃいけないの。あたしはずっと……美衣子のことを親友だと信じていた。大好きだった。雪山先輩と同じくらい、大好きだった。それなのに、あんなに大好きだった親友に、裏切られたのは何故?
自分が1人ぼっちになったような気がした。この自分の痛みを、もっと自分自身で強く感じたいと思った。
あたしはいつの間にかカッターナイフを片方の手で握り締めていた。静かにもう一方の手を見つめ……手首に刃を当てる。
……それからのことは、あまりよく憶えていない。気がついたらあたしの片方の手首からは、赤い液体が流れていた。その液体はあたしの腕を伝い、肘のあたりから、ぽたぽたと床に落ちる。それが血だとわかるのに、数秒の時間を要した。
あたしは呆然とそこに座り込んでいた。血とは違う生暖かい液体が頬に流れるのを感じながら。
どれ程時間が経っただろう。突然、背後から扉を叩く音がした。ハッとして振り返り、咄嗟に赤く染まった両手を後ろに回して隠す。部屋に鍵が掛かっていることを忘れるほど、気が動転していた証拠だった。呼吸を整え、気を落ち着かせてから、扉の向こうに声をかける。
「だ、誰?」
その問いに、遠慮がちに返事を返してくる、聞き慣れた声。
「涙? お母さんよ」
「お、お母さん? ……ど、どうしたの?」
「大丈夫? さっきから何か叫んでるみたいだけど」
「え……ううん。なんでもないの。平気……」
「そう……?」
お母さんの声は沈んでいた。きっと、娘の異変に気がついてくれたのだろう。胸が一杯になったけど、どうしても真実を話す気にはなれなかった。
「涙。お洗濯物があるの。鍵、開けてくれない?」
「い、今着替えてるから、そこに置いといて。自分でしまえるから」
慌ててそう言うと、心配そうなお母さんの声が聞こえた。
「わかったわ……。夕飯になったら、下りてきなさいね」
あたしは、うんともすんとも返事を返さなかった。扉の向こうにはまだお母さんの気配があったけど、暫くしたら足音が階段を下りていくのが聞こえた。
「……」
はあ、と大きく息を吐いて、あたしはようやく自分のしでかしたことの重大さに気がついた。とにかく、手当てをしなければ。
消毒薬で傷口を消毒し、タオルでそっと血液を拭い、そこに包帯を巻きつける。その作業をしている間、あたしは自分でもびっくりするくらい、無心でいられた。
これがリストカットというやつなのだろうか。自分がそんな事をしてしまうなんて、全然実感が湧かない。でも、漫画やドラマで見ているときは“なんでこんなことをするんだろう”って思っていたけど、自分でやってみて、初めてその理由が分かった気がする。なんだか少し……ほんの少しだけ、心の痛みが安らいだような気がしたのだ。多分手首の痛みに気をとられて、心の痛みを感じる余裕がなくなるからなんだろう。
「美衣子……どうして裏切ったのよ」
小さく呟いて、あたしはベッドに腰を下ろした。頭を抱えて、お母さんに聞こえないように、声を殺して泣いた。




