出会い
どのくらいの時間が経ったのだろう。
早朝に「ベクト」を出発したのだが、
今は日も少し傾きかけているようだった。
カインは主神と出会うための場所・・・“守の丘”に着いた。
カインの供に付いてきた二人の男は、
それぞれが持っていた荷物をカインの傍に降ろした。
これらはカインが当座の生活をするのに困らないよう
両親が持たせたものだった。
これらには衣料品と備蓄用の食糧が入っていた。
主神の守役を選ぶことになった国は、
守役を自らの国から出した後、次の守役が決まるまでの間、
年に一度だけ“主神にお供えをする”という意味を込めて、
その国から守役のための衣服や食料、生活用品などが
守の丘に届けられることになっていた。
だが今、カインの傍らにある荷物は“お供え”のためではない。
カインの両親からの気持ちだった。
カインは供をしてきた男たちに微笑みながら礼を言うと、
男たちは泣きながらカインの手を握り、去って行った。
そしてカインは一人になった―――
※ ※ ※
湖畔を渡っていく風がカインの髪を撫で、通り過ぎていく。
微かな鳥の声が遠くで聞こえるだけで、
あとは何の音も聞こえないくらいに静かだった。
果てしなく続くように思われる広い湖の水平線が、
目の前に広がっている。
カインは唇を引き締めると、真っ直ぐに前方を見つめた。
(今までの守役たちも、ここで僕のように佇んでいたのだろうか?)
(怖くて泣き出した人もいたかもしれない。
こんな悲しい歴史は繰り返してはいけないのに・・・)
カインはこの時、ある決心をした。
(この星に住む全ての人々のために、
僕は自分のできる限りのことをしてみせる。
僕の大切な人たちを守るためにも・・・)
ふと、見つめていた湖の彼方の水平線に、何かの影が見えた。
その影は、こちらに向かって移動してくるようだった。
(主神か・・・)
カインの身体に緊張が走った。
この先、どのようなことになるのかは全く想像もできない。
今はただ、自分に課せられた使命を全うすることだけを考えよう。
カインはそっと瞳を閉じ、自身の心を落ち着かせた。
そしてゆっくりと目を開けた時、
もう既にその影はカインの傍に立っていた。
カインはその姿に驚いた。
遠くから影のように見えたものは、普通の人間の男の姿だった。
彼はグレーのスーツを着て水面に立ち、
カインの姿を見るとニヤリと笑った。
「お前が新しい守役か?」
「はい」
カインは男をしっかり見つめて返事をした。
男はゆっくりうなずくと、彼の傍らにある荷物に目をやった。
「すいぶんとたくさんの荷物を持たされて来たものだな。
お前を運ぶだけでも厄介だというのに」
「僕を・・・運ぶのですか?」
カインには男の言う言葉の意味がよくわからなかった。
「そうだ。お前はまだ一人でこの湖を渡ることはできない。
だから俺が迎えに来た」
「は、はあ・・・」
「まあいい。とにかくお前と荷物を運ぶことにしよう。
お前も手伝え」
男はカインの荷物を一つだけ左肩に乗せ、
もう一つの荷物をカインの右肩に担がせた。
カインの肩を男が右腕を廻して抱くように力を込めると、
そのまますうっと身体を移動させた。
カインの身体が水面へと滑り出た。
一瞬、沈んでしまうのではないかとドキッとしたが、
不思議なことに身体は水面スレスレのところで浮き上がり、
そのまま凄い速さで水平に移動していった。
どの位の時間が経ったのか・・・
やがて湖の遥か遠くに小さな島のようなものが見えてきた。
どうやらそこへ向かっているようだ。
カインは湖の中に島があることなど今まで教えられていない。
地図にも載っていた覚えはなかった。
「この湖の中に島があったのですか?」
男はカインをチラリと見ると、前方に視線を戻した。
「俺も知らなかったさ。18年前にここへ連れて来られるまではな」
「18年前!?」
カインは男の姿をもう一度マジマジと見つめた。
どう見ても20歳前後にしか見えない。
男は前方を見ながらフッと笑った。
「不思議だと思ってるんだろ?着いたらゆっくり教えてやるよ。
時間はたっぷりあるんだからな」




