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光り輝く未来をあなたと  作者: みゃ~むら


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5/5

約束

「アンフリーちゃん、一体どうしちゃったんだろうねぇ……」

「一昨日の夜、オーナーがこっぴどく怒ったからじゃないですか? ほら、あれからずーっと、心ここにあらずって感じですよ?」

「いや、この街は初めてだったし、彼女を預かる身としては当然の口言くげんでしょ。もし何かあったら、あの子のご家族に示しがつかないからね」

「それでも心配しすぎですって、オーナー。私があの頃の年の時は、もっと街で遊びまくってましたよ?」

「あんたはただの遊びすぎ」

「なんか、帰ってきた時からなんかおかしかったというか……いつものアンフリーじゃなかったというか」

「あー、それはそうかも! 最初、憲兵さんと一緒に帰ってきた時は『トラブルに巻き込まれた!?』って大騒ぎでしたしね」

「でもオーナー、気づいてます? あの子、昨日と今日のリハーサル、すごかったですよ」

「あ、あぁ……。確かに上手くなっているよねぇ。しかも、格段に。踊っている時だけは、まるで何かが乗り移った別人みたいだ。……今の状態も別人みたいだけど」

「絶対な〜んかありましたね、あれは!」

「ふふ、案外、アンフリーちゃんに言ってあげた通りになったんじゃないですか?」

「前に言ってたって……僕が話したあのお伽話かい?」

「そうそう。どっかでいい男でも見つけたんじゃないかしら。あの子はずーっと踊ってばっかりだったから。もしそうなら、表現者としても女性としても成長してる証拠よ」

「う〜ん、そうだといいんだけど、なんだか僕の思ってた成長の方向性と違うというか……。何にせよ、明日の本番までにいつもの調子に戻ってくれればいいんだけどねぇ……」


一座が借り切っているホテルの食堂。

窓の向こうの街は豊穣祭の前夜祭に沸き立っており、地響きのようなお祭り騒ぎの喧騒がこの食堂にまで流れ込んできている。

だが、ここではアンフリーを擁する一座の面々が集まり、外では前夜祭の華やいだ空気があるにもかかわらず、ここでは満ちる面持ちはどこか空気がやや重かった。誰もが明日の夜の本番に向けて神経を尖らせている、というわけではない。

もっぱらの話題の中心は、一昨日の夜、酒場から姿を消し行方不明になっていたアンフリーについてだった。

運ばれてきた食事やお酒を各自つまみながら、皆口々に意見を交わし合っている。


一座であわてて夜の街を捜索していたところ、一座が招待で泊めさせてもらっているホテルに、まるで何事も無かったかのように、その日のうちに彼女は憲兵に付き添われてひょっこりと帰ってきたのだ。

最初は無事であったことに全員が心から安堵したが、オーナーがそこは大人として、黙っていなくなったこと、周りに多大な心配をかけさせたことを厳しく叱った。


だが、叱られた後の彼女の様子はどこか変だった。いつもなら感情豊かで元気いっぱいの彼女なのだが、それらの覇気が一切ないのだ。

どこか体調を崩したのでは、あるいは恐ろしい目に遭って心が縮こまってしまったのではと誰もが心配していたが、それが完璧な杞憂だったと思い知らされたのは、昨日のリハーサルでのことだ。

オーナーも、奏者も、演出家から裏方に至るまで全員。いや、リハーサルのステージを担当していた国の役員までもが。

まだ本番ではないはずなのに、たった一人でステージ上で踊る彼女から、一瞬たりとも目が離せなくなっていた。


技術が飛躍的に向上したのではない。ステップの踏み方も、ターンの鋭さも以前と同じはずだった。

しかし、彼女の纏うオーラ、その指先から零れ落ちるような圧倒的な表現力が、たった一晩で劇的に変わってしまっていたのだ。それは見る者の心を強引に震わせるような、未知の熱を孕んでいた。


「全く、うちの大事な看板娘を骨抜きにしたのは、一体どこの王子様なのかな……。明日の夜の本番までには、本調子に戻ってくれればいいのだけれど」


オーナーは、昨日アンフリーから「日頃のお礼です」とぼーっとした様子で手渡された、どこかトボけた表情のハニワのチャームを愛おしげに眺めた。そう言いつつも、娘の目覚ましい成長が隠しきれないといった様子で、どこか嬉しそうな、誇らしげな笑みを浮かべてクッと酒を煽り、団員たちの方へ声をかける。


「みんな少し、話があるんだけど、いいかな」


◇◇◇


食堂の喧騒から遠く離れた、静まり返る客室。

話題の中心人物である当の本人は、ベッドの上に膝を抱えて座り込み、窓から差し込む青白い月光をただじっと見つめていた。


(……みんなが心配してくれているのは、痛いくらいわかってる。でも……)


アンフリーは、きゅっと自分の肩を抱きしめた。

その肌にはまだ、あのオアシスの湖畔で触れられた、彼の驚くほど温かくて武骨な手のひらの感触が、鮮烈な熱を持って残り続けている。

耳を澄ませば、あのとき暗闇で擦れ合った衣装の金属の音や、自分の意識を白く塗りつぶした上質な香油の匂いまでもが、今この瞬間も生々しく蘇ってくるようだった。


結局、あの晩は唇を重ねる以上のことは起きなかった。

重なり合った熱い体温に頭が溶けそうになっていた、まさにその直後。


「見つけました!こっちです!」


大勢の憲兵さん達が、けたたましい足音と共に私たち二人の時間へ乱入してきたのだ。

街中で血眼になってさがしていたのが彼だったとは夢にも思わなかった。

だが、思い返せば彼の着ていた豪奢なルージュのコートや、一つ一つの洗練された所作は、ただの旅人のそれとは明らかに一線を画していた。

おそらくは豊穣祭に招待された要人か、あるいは……どこかの王族、なんて可能性すら頭をよぎる。


現に、憲兵たちに両脇を抱えられ、引きずられていく時の彼は、実にかっこ悪くて、同時にひどく格好良かった。

「おい、離してくれよ~」などと、怒り狂う憲兵さんたちを前にしてものんびりと言い放ってたくらいだ。

当然置いてけぼりを食らった私は、呆然と立ち尽くすしかなかった。

そんな私を見かねた一人の憲兵が、親切にもホテルまで送り届けてくれたのだ。

もし、あのとき憲兵さんたちが来なければ。私たちは、いったいどうなっていたのだろう。

あの夜を思い出し、想像するだけで耳の裏までがカッと熱くなる。


「別人みたい、か……」


昼間のリハーサルで、裏方たちが顔を見合わせて褒めてくれた言葉が、静かな部屋の中で反響する。


自分でも、驚くほど自覚はあった。ステージに立ち、始まりの音が鳴り響いた瞬間、私の身体は私の理性の意思をあっさりと超えてしまうようだった。

あの夜に味わった、世界がひっくり返るような恋慕と熱情。それを何としてでもこの世界に表現しようと、四肢が勝手に躍動してしまうのだ。

今までの「もっと上手く踊りたい」という体力や気力からくる向上心とは違う。内側の奥深く、魂の底からなにか別の、枯れることのないエネルギーが絶え間なくこみ上げてくるかのように。


それはきっと、一座の看板踊り子としてではなく、一人の恋を知った、ただの不器用な女性としての叫びなのかもしれない。オーナーから聞いた逸話の女性も、こんな感情だったのだろうか。


「――あぁ、もうっ!」


足を抱えたまま、アンフリーはぽふっと勢いよくベッドに突っ伏した。

そのまま薄ピンクの髪に顔を埋め、枕を叩き、足をバタバタとさせてベッドの上で激しく悶える。


気羞ずかしい。気羞ずかしすぎて、心臓が爆発してしまいそうだ。今すぐに消えてしまいたい。

あの晩の私は、絶対に私じゃなかった。完全に理性を失っていたし、ただその時のロマンチックなテンションに身を任せていただけだ。

あんなに簡単に唇を許して、あんな声を漏らすなんて、普段の私なら絶対にあり得ない。


けれど、どうしても否定できない思い出が、もう一つだけあった。

憲兵さんたちにずるずると引きずられていく最後の瞬間。

彼は私を振り返り、あの夜の太陽のような赤い瞳を悪戯っぽく細めて、こう囁いたのだ。


『僕はアムラート、豊穣祭の一日目の夜にまた、ここで』


そして、引き離されるすれ違いざま、手品のように鮮やかな手つきで、私の手に小さな香油瓶を握らせてくれた。


今はそれが、ベッド脇のサイドテーブルの上に大切に置かれている。

月光を浴びた透明なガラス瓶と、その中に満ちた琥珀色の液体は、まるで夜空の星屑を閉じ込めたかのように妖しく、美しく輝いていた。

ベットに横になったまま、少しだけ蓋を緩めれば、あの夜、私の意識を白く塗りつぶした上質な香油の匂いが、ふわりと部屋の中に広がっていく。


彼が私の耳元で囁いた、再会の約束。結局、名前も聞いていない。なのに。

我ながらなんて単純で、チョロい人間なのだろうと嫌になる。

けれど、その言葉を思い出すだけで、胸の奥がじんわりと温かい幸福感で満たされていくのを止められなかった。


それがもう、涙が出そうなくらいに嬉しくて、愛おしい。明日が待ち遠しく、何十年も先の未来のように思える。

もし私の背中に、翼があったのなら、今すぐにでもこの窓から飛び出して、あの彼に会いに行くだろう。

誰かを想い、その人がくれる言葉一つで世界が輝き出す。この激しい感情の先に待つ世界こそが、今の自分にとっては、何にも代えがたい「幸せ」そのものなのかもしれない。


今までは、自分がただ踊るのが楽しいという理由だけで、無邪気にステージに立っていた。

けれど、これからは違う。この胸を焦がすような切なさと、満ち足りた温かさ。これこそが、今の私が身体のすべてを使って表現したいもの――「私の幸せ」そのものなのだ。


そして、その幸せの源にあるのは。

認めるのはとても恥ずかしいけれど。あの赤い瞳の旅人に贈る、紛れもない『恋』ということなのだろう。


「……我ながら、思った以上に女の子だったんだな、私」


自分の胸の鼓動に耳をすませながら、アンフリーはシーツに顔をうずめ、小さく、けれど幸せそうにつぶやいた。窓の外では、前夜祭の太鼓の音が、まるで彼女の新しい門出を祝うようにトントンと響き続けていた。

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