第225話 誉美《ともみ》
「トモミさんの意識を……呼び起こす?」
エリアルは春斗の提案に、心を躍らせる。
一方、馬琴は複雑な気持ちを抱いていた。
「(どうしたのよマコト? よかったじゃない!)」
「(トモミさんの意識が戻るのよ……嬉しくないの?)」
(そりゃ、嬉しいさ……でも――)
(俺は今まで、ルナ達があってここまで来ている……)
馬琴の懸念は、急に意識が回復したとしても、いきなり最終決戦に巻き込んでしまうことだった。
「(そっか……私も嫌かも)」
「(それなら、デンドラゴを倒した後……元の世界に返る前まで……)」
勝算が高ければいいが、現状ではまだ勝率は低い……何も知らないほうが誉美のためと考えてしまう。
しかし、ルティーナに叱咤される。
「(マコト! 絶対、勝つんだよね?)」
「(私達の未来を作ってくれるんだよね?)」
馬琴は実際にはないが、ルティーナに頬を張り倒された気分になる。
(! そうだったな……ありがとうルナ)
春斗はルティーナの表情を見て、馬琴の心理を察する。
「――マコト君が悩んでいるのかい?」
「彼女をこの戦いに巻き込んでしまうことを――」
ルティーナは目をそらしながら、うなづく。
「やっぱり、そうだよね……」
エリアルも誉美の気持ちを考えずに、喜んでしまったことを謝罪する。
「エル、謝らなくていいわよ! マコトが逆に『ごめん』って言ってるから」
「意識を戻してあげてください! マコトが決断しました」
「そうか、わかった」
(しかし、どうやって意識を――)
馬琴は春斗が漢字で、人の記憶を操作できたことを思い出す。
(そうだ、グラデスさんがハルトさん達と出会った記憶を消したって言ってたな)
「(それに、ナガアキもサーミャを洗脳しろとか言ってたわよね?)」
「(もしかしたら、最初っからマコトがトモミさんを覚醒させることができたんじゃない?)」
(知識の欠落がなければ……できたんだろうな)
春斗はエリアルを傍に呼び、頭に手を当て【醒】を浮かべる。
「起動する前に、マコト君にもう一度確認するよ?」
(?)
「マコト君たちは、純粋な召喚石があればおそらく外に出られる」
「そうすれば、サーミャさんの魔法で、そのまま現代に戻してもらうことができるだろう」
(純粋な召喚石があれば……ルナの外に出られる?)
(ナガアキの言っていた通りだ、情報の出所は違うが……その方法で元の世界には戻れるのは本当かもしれない)
「(……)」
そして春斗は、誉美を覚醒させた後の話を始める。
「もしマコト君が、トモミさんの安全を願うなら……そのまま帰還する選択肢もある」
「「!」」
(!)
「その選択肢を選んだとしても、誰も文句は言わないだろう」
「そうだろ? ルナリカさん、エリアルさん」
そう問われた二人は見つめあい首を縦にふる。
「そうですね。今までいっぱい助けてもらいましたしね」
「マコトさんはむしろ被害者……」
「うん、後は大魔法使いのミヤと聖女リーナと大占い師シャルと剣士エル、そして、アンハルトさん達が居るんだから……」
(――強がりを言わなくていいよ)
「(ほ、本音だよ!)」
(そもそも俺達がいなくなったら、この力が使えなくなっちゃうだろ!)
「(そ、そうなっちゃったら――)」
「私は戦力外だね……てへへ」
「ルナ、僕と同じことを考えていますね?」
「トモミさんが居なくなれば、僕もただの剣士に落ちますからね」
「でも彼女には今まで助けてもらったお礼はそれぐらいしか……」
(まったく、お前らは……)
馬琴は二人の優しい嘘に、心を打たれていた。
(誰も、まだ見捨てるって言ってないだろ?)
(イスガ王の返答次第でどう動くという話はあるけど……)
(もし最悪な結果になったとしても、絶対に見捨てないからさ!)
(ま、マコトぉ~ありがとう)
(そういうことだ)
(それじゃ、頼んでもらっていいかい?)
「ハルトさん、マコトは私達と一緒に戦ってくれると言っています」
春斗は小さく笑顔で頷き、エリアルの頭に描いた【醒】を起動する。
「トモミ! 我の思いに応え目覚めろっ! 起動っ」
(そうか、漢字をただ起動するんじゃないんだ……)
――しばらくすると、エリアルの意識の中で何かが呼応するのであった。
(……)
「(……トモミさん? トモミさんですよね?)」
(私の事……! だ、誰?)
誉美はエリアルの視覚と聴覚を通じ、馬琴の最初の頃と同じように状況を把握し始める。
(こ、ここは一体どこ? 老人と少女……?)
(違う、私は結婚式の最中……そうよ! 馬琴! 馬琴どこなのっ――)
「(トモミさん! 落ち着いてください!)」
(頭の中に声が……)
誉美はエリアルから得る情報を、あたかも自分が見聞きしているかのように感じていた。
さらには、頭の中から聞こえるエリアルの声に混乱していた。
(お……思い出した……私は、砂漠に――)
誉美は、イスガの砂漠で水晶の中に閉じ込められていた時の記憶を思い出す。
(そうよ、あの時、一人の男性が近づいてきて、剣を私に突き立てて――)
「(そうですトモミさん! スウェンが剣で石に触れた時に、あなたの意識だけが剣に乗り移ってしまったんです)」
(ってさっきから貴方、誰? ――なんで、私の頭の中に)
エリアルは誉美の身に起こったことを順番に説明し、必死に説得を始める。
「エルがさっきから、放心状態なんだけど……トモミさんと出会えたのかな?」
(いっつも、ルナは俺と話していると、あんな感じなんだな)
「(いつも、みんなが心配して声をかける訳がわかった気がする)」
「トモミさん、聞こえているなら聞いてほしい――」
春斗は、馬琴のように、閉じ込められた水晶をルティーナが直接触れたことで憑依したのだと説明する。
一方、誉美の場合は、剣で水晶に触れられてしまった。
その結果、無機物である剣に憑依してしまったのだという。
その状態が長く続いたことで、意識を保てなくなったのではないかと話す。
(その剣をエルが使っている間に、誉美の意識は憑依し直したのか……)
誉美は、その話を聞きエリアルの中に自分の意識があることを納得した。
そして目の前にいる少女の中に、婚約者である馬琴の意識が同じように存在していることを知り、涙を浮かべる。
(――あの子の中に……馬琴が……)
「(そうですよ)」
「(トモミさんはマコトさんと勇者としてこの世界に召喚されるはずだったんです)」
(ま、馬琴と話したい……)
エリアルは、ルティーナに誉美の意識が覚醒したことを伝える。
そして長い時間を経て、馬琴と誉美の会話が実現する。
しかし直接ではなくルティーナとエリアルを介して、互いの声を届ける奇妙な状況であった。
それでも二人は、この世界に来て初めて幸せを感じていた。
「よかったねマコト君、トモミさん」
ルティーナとエリアルは、二人の代わりに春斗に頭を下げる。
(ルナ、誉美に今の状況を伝えてもらえないか?)
誉美は、今、自分が置かれている状況を理解した上で、エリアルに返答を伝える。
「あの、トモミさんがね――」
「私も怖いけど、自分一人だけ助かっても意味がないから……皆と一緒に戦いたいって」
(誉美……)
そしてエリアルは、申し訳なさそうな顔で続きを話す。
「それに、自分が居なくなったら……僕を見殺しにする事になるから嫌だと言ってくれました」
ルティーナも笑顔で、馬琴に語りかける。
「(だってさ、マコト)」
「普通なら巻き込まれて嫌になるのに、とても勇敢で素敵な女性ですね」
(まぁ、俺の惚れた女だからな)
「(のろけ? はいはい、ご馳走さま)」
(むほんっ)
(あ、ありがとうって伝えてくれ……)
無事に誉美の意識が戻り、ルティーナ達は安堵していた。
しかし春斗は、自分の力とは異なることが気になっていた。




