第1話 召禍《しょうか》
王城の最上階――石室。
抜けた天井の先に、夜空が広がっている。
湿った空気、揺れる灯火。
床に広がる、巨大な魔法陣。
――禁忌が今始まる。
誰一人として口を開かず、召喚師を見守っていた。
中心に置かれた晶へ視線を落とし、召喚士は両手を打ち鳴らす。
乾いた音が響き渡る。
「く……来るのか?」
国王と老婆が、脇からそれを見つめていた。
次の瞬間――夜空を巨大な流星が横切る。
怪しく光るそれを、水晶が浴びた瞬間――。
「おぉ……流星に反応した?」
「はいノモナーガ様。まもなく勇者の姿が――」
すると水晶に人の姿が映し出され始める。
一人、いや二人……?
国王が覗き込もうとしたその――瞬間。
世界が裂けたかのような――。
轟音。
閃光。
次の瞬間、すべてが消し飛んだ。
爆発だった。
その場にいた人間は息絶え、召喚の水晶は粉々に砕け、夜空の星のように散った。
生き残っていたのは国王、ただ一人。
(……違う、今のは召喚の失敗ではない……誰かに……邪魔された……)
その理解に至った瞬間、意識が途切れる。
胸には、小さな水晶の破片が深く突き刺っていた。
――この事件は当時「王都襲撃事件」と呼ばれていた。
それから八年の月日が流れた。
今やそれを事件を語る者は、ほとんどいない。
――場面は変わる。
ノモナーガ王国につながる道中にある森。
「いやぁぁぁ!!」
幼い少女が、必死に逃げていた。
背後から迫るのは、熊の魔物――デーアベ。
地を揺らす足音。
迫り来る死の恐怖。
叫べど、人影はない。
いつかは追いつかれる――。
分かっていても、足は止めてはならない。
だが――。
少女の脚はもつれ、無情にも地面へと倒れこむ。
終わった――
そう思った瞬間。
「こらぁぁ!! 熊野郎ッ!!」
場違いな可愛らしい声があたりに響き渡る。
次の瞬間。
少女とデーアベの間に水色の影が割り込む。
――それは甲冑を纏った少女。
その姿を見た少女はつい言葉を漏らす。
「わ、私と同じぐらい?」
甲冑の少女は迷いもなく魔物の懐へ飛び込む。
そして左の掌を光らせながら叫ぶ。
「目、閉じて! 耳ふさいで!!」
言われるままに従う少女。
――直後。
轟音。
デーアベの巨体が、内側から弾け飛んだ。
「もう大丈夫だよ」
少女は恐る恐る目を開けると、そこには微笑む甲冑の少女がいた。
何事もなかったかのように。
「あなた、足ひねったでしょ。ちょっと見せて」
右の掌が光る。
足首にふれられた瞬間――痛み消えた。
「治った……の? これって治癒魔法だよね?」
「違うよ。誤魔化してるだけだから」
「ちゃんとお医者さんに診てもらってね」
少女は、あっさり否定する。
「助けてくれてありがとうございます。ところで、あなたは……?」
少女は笑う。
「私の名前は、ルナリカ=リターナ! これから冒険者になるのよ!」
その時――。
「ルナァ~待ってぇ~くださいぃ!」
森の奥から豊満な体を必死に揺らしながら、もう一人の少女が駆け寄ってくる。
「ごめんごめん、シャルと一緒じゃ助けられなかったからさ」
「でも、シャルが気づいてくれて良かったよ」
ルナリカは苦笑する。
――だが。
その名前は偽りだ。
彼女の本当の名前は『ルティーナ=リバイバ』。
偽名を使う理由。
それは、ある真実にたどり着くため。
そして彼女には、誰にも言えない大きな秘密があった。
結婚式の最中に異世界転移する――そんなこと、誰が想像するだろうか。
俺は高校で古典の教師をしている里美馬琴。
気付けば、この少女――ルティーナの中にいた。
2061年7月x日。
同僚の女性と結婚式を挙げていた。
誓いのキスの瞬間。
同僚に取り囲まれカメラのフラッシュが炊かれた、その瞬間。
世界が白く染まった。
そして――意識を失ってしまった。
――目を覚ました時、俺は混乱していた。
見知らぬ、小屋のような部屋。
動かない体。
意思と無関係に動く視界。
鏡に映っていたのは――水色の髪の少女。
だが、自分の姿はない。
とにかくその少女に声をかける。
すると――。
怒声が、頭に響いた。
(……頭の中?)
違う。
ここは――外じゃない。
内側だ。
(どういう状況……だ? これは夢なのか? いや感覚がリアルすぎる……)
仮説を並べる。
臨死体験。
脳の誤作動。
……否。
(俺は、これってこの子の体の中にいるのか?)
「あぁもう! うるさい! 何言ってるかさっぱり分かんない!」
「なんで頭の中に、おじさんの声がするのよぉ~! あんた誰よっ!」
(え? 声がする?)
「さっきから、ずっと何か喋ってるでしょ」
「とにかく出ていってよ!」
容赦はなかった。
(いやいやいや、俺もどうしてこうなったのか……)
「嘘! 私が可愛いからってぇ~――あれ?」
……数秒の沈黙。
そしてルティーナは小さく息を吐いた。
「ちょっと! 私の体動かないじゃない! 誘拐されたの?」
(ちょっとまって、1つづつ状況を整理しないか? えーっと……)
そして誤解を解きつつ、二人は状況を理解していく。
やがて――。
「貴方の言い分はわかったわ!」
結果的に彼女は不満はありつつも、馬琴が自分の体から出ていく方法を見つけるまで我慢することを承諾してくれた。
(……ありがとう)
ルティーナは少し考え――。
「そうだ! 私が困ったら何か助言でもして助けてくれない?」
「知識はあるんでしょ? それなりに……」
「え~と、それって、なんだだっけ? そう! 『お目付け役』ってやつ?」
(……は?)
「なんかそれっぽいじゃない? 私『お嬢様』みたいじゃない」
ルティーナは無邪気に笑う。
(『お目付け役』ってそんな意味だったか? ま、それしか、今の俺は役に立ちそうになさそうだな)
「でも、マコトが外に出る方法を見つけたら、とっとと追い出すからね」
「あと、これからは『ルナ』って呼んでね」
(あはは……)
合理主義の古典教師と、天真爛漫な少女。
これは――
一人では成立しない、二人の物語。




