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LEAF MEMORY 〜始まりの鐘〜  作者: えんJOYラピス


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旅人

 家からの脱走に成功したリースは、なんとか宿を見つけることが出来た。

 ………と、思ったのだが、まさか逃走早々に宿屋の帳場で頭を抱える事になるとは。

「お客様、身元証明書か身元保証書はお持ちでしょうか?」

「あっ………」

 大事なものをすっかり忘れていた。逃げることにだけ集中していたせいで、身元証明書の存在を失念していたのだ。

 取りに戻るにしても、馬は家に帰るよう合図を出して見送ってしまった。今頃リースの命令に従い、その健脚で家路を駆けていることだろう。仮にまだ馬がいたとしても、二人がいるであろう家にわざわざ書類のためだけに戻るのも危険だ。自分を監禁しようとした理由も、その目的も何も分かっていないのだから。


「ちょっと忘れてきてしまって………困ったな…」

 この国の治安が悪くなり始めた頃から、城下町を中心に身元証明強化令が発令された。その名の示す通り、あらゆる人間の素性を明らかにするためのもので、武器は勿論のこと農具や魔法具、果ては医薬品や医療具を買うにも国で発行された身元証明書の提示が義務づけられている。これらは治安の悪くなったこの国で、これ以上の混乱を防ぐのを目的としているが、それは表向きの話で、その実態は国王が革命や暴動を封じ込める為に発令した保身のためのものだ。その為、武器になり得る物の購入には身元保証書の情報を基に徹底的な調査が入る。医薬品や食料を購入する際は調査が入ることはほぼないが、あまりに大量に購入していたり頻度が多いとやはり調査が入る。勿論宿泊施設も同様で、家を無くした国民だろうと国外からの旅人だろうと証明書か保証書の提示が義務化されているのである。国がそんな調子になると必然的に国民は身元証明書を持ち歩くようになる。それが普通の国民の感覚なのだ。しかし森の奥深くで自給自足が基本の生活を送り、街に下りる事もほぼ無いリースには身元証明書なんて最後に触ったのはいつだったか、くらいの代物なのだ。忘れてしまっても無理はない。


 そんなリースのように証明書を忘れてしまったり、紛失して再発行を待っている国民や、国外から来訪している旅人達の為にあるのが身元保証書だ。保証書は保証人の身元保証とサインがあれば証明書として使える代用品で、国からの調査を待つ必要も無く、提示を求められた店で発行することが出来る。ただし、あくまで保証人の『保証』ありきなので、何か問題を起こせば保証人にも飛び火する事になる。言わば連帯責任、一蓮托生という契約を結ぶようなものだ。

 しかし城下街に親しい友人がいるわけでもないリースは、その救済措置にも縋ることは出来なかった。


「…何ごとですか?」

 諦めて野宿でもしようか、と考えた時だった。二階へ続く階段から少し高い男の声が聞こえた。振り返った先にいたのは旅人だろうか。彼は薄汚れた赤い布で顔を覆っており、その隙間から宝石の様に輝く青い瞳が覗いている。身長は幼い子供かと見紛うほどに低い。子供と間違われるリースと同じくらいしかないだろう。しかしよく見てみると体格は明らかに成長した男性のそれだ。


「ご心配をお掛けしてしまい申し訳ありません、こちらのお客様が身分証明をお持ちでなかったもので…」

 狼狽えながら対応する受付は慌てて謝罪をするが、客の前で客を非難するような言い方になっているあたり、このスタッフは宿番としてはまだまだ未熟だとリースは思った。しかしそれを気にする風でもなく、旅人はこちらを見つめたままゆっくりと階段を降りてきた。しばしリースを見つめると、彼は宿の主人に向き直って言った。

「……彼女に、部屋を用意してください。」

「え?」

「彼女とは古い友人でして。こんなところで再会するとは思っていませんでしたが……俺が身元を保証しましょう。」

 呆気にとられたリースと宿の主人にはお構いなしに、彼は流れるような手つきでカウンターの隅にあった証明書用紙とペンを取ると、リースの肩に軽く手を置いて少し離れたテーブルへと誘導した。


「久しぶりだな…と言っても、10年越しでは覚えていないか?ほら、外の世界を見たいと言って街を飛び出した、旅人のエルだ。」

 宿の主人に聞こえるように話しながら、エルと名乗った彼は椅子を引きリースを座らせると、耳元で小さく『適当に話を合わせておけ。』と囁いた。小さく頷くこちらを尻目に涼しい顔でペンを走らせつつも、聞こえよがしに話を続ける。

「まあ長年会ってないから当然と言えば当然だが…お互い随分と変わったな。」

「あ…ああ!!思い出した!!エルさん…ですか!!本当に…久しぶりですね…」

 当然だが、彼とはまったく面識はない。そもそも顔の半分以上を覆われていては知り合いだとしても誰なのか見当もつかないのだが。


「さあ、できたぞ。身元保証書だ。ここに、お前のサインを」

「あっ、はい……」

 書き上げたばかりの書類とペンを渡され、指されたところにペンをあてがう。しかしある考えが脳裏を掠めた。自分は今追われている身だ。もし、レンク達騎士団が動けば間違いなくリースという名前が知れ渡ることになるだろう。下手に痕跡を残してしまえば捕まってしまうのも時間の問題なのでは…そう思い咄嗟に偽名を使った。リーフ・ファシィ…。これからの逃亡生活で世話になる名前だ。己の目と脳に焼き付けるように紙面へ刻み込み、エルにペンと用紙を渡すと書類に目を通した彼は何故か一瞬体を硬らせ、驚いたようにリースの顔を見た。訳がわからず首を傾げると我に返ったのか、リースがサインした書類とペンを受付に返し、いくつか言葉を交わすと部屋の鍵を受け取って、テーブルに戻ってきた。

「終わったぞ。部屋は俺の向かい側だ。案内しよう。」

「あ…ありがとうございます…」


 彼は颯爽とマントを翻し階段を登ってゆく。見失うまいと慌てて少ない荷物を手に、後に続いた。二階の廊下の奥、日当たりの良さそうな突き当たりの部屋。どうやらそこがリースの部屋らしい。

「ここがお前の部屋だそうだ。」

「あ、ありがとうございます……すみません、何から何まで……」

 鍵を受け取り部屋に入ろうとすると、エルはまた小さな声で訊ねた。

「名前は……リーフと言うのか?」

 少し震えたような彼の声は妙な緊張感に満ちていた。振り向くと、彼の切れ長の目が大きく見開かれ揺れていた。

「は、はい……リーフといいます……」

「……そうか」

 エルはそのまま少し黙り込む。誰か大切な人に同じ名前の人間でもいたのだろうか。

「まあいい。引き止めて悪かった。色々あって疲れただろう?まずはゆっくり休むといい。」

 それだけ言い残すと、エルは向かいのドアの向こうへ消えていった。

 エルは何故、見ず知らずの自分を助けてくれたのだろう。もしかしたら以前どこかで出会っていて、久しぶりに再会したと思ったら全く違う名を名乗られて動揺したのかもしれない。


 リースには幼い頃の記憶が無い。

 小さい頃に足を滑らせて、崖から川に転落したことがきっかけだった。その時に頭を強く打ったらしい。そのはずみで記憶の一部が消えてしまったのだろうと、アマロは話していた。幸い、成長した今でも川や崖に対する恐怖心などはかけらもない。資料が残るような事故でもなかったらしいので詳しいことはそれ以上何もわからないが、少なくとも当事者であるリースの頭の中からは事故も含めて、それ以前の記憶がスッポリと抜け落ちていた。


 もしかしたら記憶を失う前に会ったことのある人物かもしれない。それにしては、レンクとアマロから彼の名前どころか、自分に男友達がいた話なんて聞いたこともなかった。考えれば考えるほど、掴み所のない不思議な人物だ。なぜ当然のように助けてくれたのだろう。

「まあいいか。おかげで寝るところは確保できたし……ちょっと申し訳ない気もするけど……緊急事態だし、しょうがないよね。」

 エルに対する終わりのない考察をぶちりと止め、水を用意しながら今後のことを計画しなくてはと思考を切り替える。レンクとアマロが自分を監禁しようとした理由が何なのか、リースに思い当たる節がない。だが人を、ましてや身内を監禁するというからにはそれだけの重大な理由、目的があるはずだ。あの二人の様子から察するに監禁自体は本意ではないとみていいだろう。最終手段として上がっていた計画を何らかの事情で実行せざるを得なくなった、といったところだろうか。


 相手はこの国でも特に優秀な第一騎士団の幹部、それも頭の回転が速い指揮官と洞察力と知識に秀でた団長のツートップだ。恐らく、二人はとっくにリースが馬に乗って出掛けたことには気づいているだろう。となれば当然、後を追ってくるはずだ。レンクはともかく、アマロはあれだけ真剣に監禁宣言をしていたのだから、リースを逃すつもりはないだろう。自分が乗ってきた馬は、夜には家に戻るだろうか。問題はそのあとだ。


「(もし騎士団を動かされたら動きづらくなるな…)」

 レンクとアマロの最大の切り札。それはその気になれば、この国最大の軍事力を使うこともできる、という点だ。あの二人にかかれば、たかだか17歳の一般市民を捕えることなど簡単だろう。二人の統率力やカリスマ性は国内外でも有名なほどだし、その分部下からの人望も厚い。彼らの命令に疑念を抱く騎士は、恐らく一人もいないはずだ。

 しかし、リースは二人が騎士団を動かして追跡してくるとは思えなかった。根拠も理由もない、ただの勘の様なものだったが。

 この件は、何か二人にとって不都合なことであるような気がしていた。だから派手で目立つ動きはしないのではないか。自分を探しに来るとしても、おそらく二人だけで動くはずだ。となると、自分が乗ってきた馬が家に戻り、それから二人が出立するなら城下町に着くのは早くても明日の朝。もしも騎士団を動かすとしても、それ以降の動きになる。今はちょうど真昼時だから、まだ時間はある。


「そうだ、今のうちに街を見て回ろうかな。この後どうするか決めないといけないし…」

 ことによると、長旅に出ることになるかもしれない。今のうちに街で足りない物を買い込んでおこう。情報も集められるかもしれない。監禁計画に至るまでの間、二人が何らかの動きをしていたならば、どこかで人の目についているだろう。なにしろ二人には多くのファンがいるのだから。

 空のカップをテーブルに置いて息を一つ吐くと、窓の外から美しい鐘の音が聞こえてきた。部屋の時計は一時を指している。普段より近くに聞こえるその鐘の音が、なぜか少し恐ろしく感じた。


 瞬間、頭に激しい衝撃と、痛みが走った。

「痛っ…! ……何……!?」

 強烈な頭痛。脳裏に何か異様な光景が広がっていく。

 自分は部屋の中にいるはずなのに、まったく違う景色が見える。街のあちこちに火の手が上がっている。数え切れないほどの人々が、口々に叫びながら、石畳の街路を逃げ惑っている。

「…ぐ…ぅ…っ!」

 銃声と打ちつけるような金属音。そのたびに、頭に剣を突き立てられたような痛みが走る。怒号が何かを訴えかけているようだ。だが、何を言っているのか聞き取れない。頭の中で暴れ回る音が心をざわつかせ、残虐な空気と緊張感が体を蝕む。拒んでも離れない。次第に近づいてくる轟音に、命の危険すら感じた。

 あまりの痛みにその場に崩れ落ち、床に膝をつく。頭の中で、激しい映像がぐるぐると渦巻いている。

 いけない、しっかりしなきゃ。


 リースはグッと眼を見開き、歯を食いしばった。恐ろしい映像が少し薄らぎ、黒ずんだ床が見える……そうだ、私はこの部屋にいるんだから……床に四つん這いになったまま、リースは瞬きもせず激しい息をした。

 呼吸を整えるんだ。ゆっくりと深く、大きく息を吐いて、ゆっくりと吸う。脳裏の映像は少しずつかすみ、荒々しい騒音が遠ざかっていく。鼓動が落ち着いてくると、リースは顔を上げた。しんと空気の沈んだ、宿の部屋の中に意識は戻っていた。かすかに街のざわめきが窓の外から聞こえてくる。

「……なに? 今の………」

 胸を撫でる。静かな部屋の中に響く心音が落ち着くまでに、そう時間はかからなかった。

 腰を上げると、気持ちを切り替えるようにカップの水を飲み干し、扉を開いた。


閲覧ありがとうございました。

次回投稿を楽しみにお待ちください。

※この作品はpixivにて同時連載中となっております。

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