6-12話 宿屋の食堂にて
一方その頃――。
剣人と喧嘩別れした照が宿に戻ると、食堂の方から美味しそうな匂いが漂ってきた。
どうやら夕食の準備が進んでいるらしく、仲間たちも何人か食堂へ集まって来ているようだ。
「あら照くん、戻ってきたわね」
照にそう声をかけてきたのは有能生徒会長――いや、どちらかというと最近は、変態ミステリマニアという肩書の方がしっくりくるようになっている、黙っていれば黒髪美少女の朔夜だ。
「友人との話し合いは済んだのかしら?」
「え? いや、まぁ……アハハ……」
笑ってごまかす照に、朔夜が心配そうに尋ねる。
「……どうやらあまり上手くいかなかったようね?」
「えっと……き、気にしないでください。それよりもう夕食の準備出来てるんですね」
強引に話題を変えた照が周りを見渡すと、宿のスタッフが食堂に食事を運び入れる様子が見て取れた。
(今は剣人と顔を合わせづらいし……)
そう考えた照は、配膳中のスタッフへ声をかける。
「すみません、これ、自分の部屋で食べてもいいですか?」
「客室でですか? はい、大丈夫ですよ。食べ終わったら食器はこちらへ戻してくださいね」
照はスタッフから料理の乗ったトレイを受け取り――
「じゃあボク、先に客室に戻りますね」
――朔夜にそう声をかけると食堂を出て行った。
去っていく照の後ろ姿を心配そうに見送る朔夜。
(照くん、随分と落ち込んでいるようね。……この傷心につけ込んで、何とか懐柔できないかしら?)
いや、どうやら心配ではなく姦計を巡らせているようだった。
* * *
同時間、同じ食堂内で――。
集まっていた仲間の一人、赤毛ショートで元刑事の鈴夏は真っ青な顔で立ち尽くしていた。
どうやら移動中の馬車内で聞いた、息子の行方の件を引きずっているようだ。
そんな彼女に気付いて声をかけたのは、魔法騎士団長でメガネ美人の澪だ。
「大丈夫、鈴夏さん? 顔色が随分と悪いけど……」
「ああ澪、心配をかけてすまない……」
今にも倒れてしまいそうな様子の鈴夏は周りを見渡す。
運ばれてくる料理に、だが食欲も湧かないようだ。
「……ダメだな。悪いが今日は食事はとらずに、先に休ませてもらうよ」
そう言い残し、食堂を去ろうとする鈴夏と、それを心配そうに見送る澪。
「鈴夏さん……」
(息子さんの事、気持ちの整理がつくまではそうっとしておくしかないか……)
彼女の背を目で追いながら澪はそう思案するのだった。
* * *
一方、今ちょうど食堂へやってきた者達がいた。
銀槍騎士団でオールドヤンキースタイルの蓮司と、おっぱい大好きエロエロ勇者(※照談)の尊だ。
蓮司が食堂のドアを開け、中に入ろうとすると――
「っと! 悪い、大丈夫か?」
――同じタイミングで出ていこうとしていた鈴夏とぶつかりそうになり、あわてて謝罪する蓮司。
「……ああ、気にしないでくれ」
そう返した鈴夏だが、やはりその様子は弱弱しい。
「お、おい、本当に大丈夫か? なんだか死にそうな顔色してるぞ?」
「大丈夫、私は平気だから……」
気付いた蓮司が慌てて尋ねるも、鈴夏は青い顔で平気と応えたまま去っていった。
「ア、アイツ……本当に大丈夫か?」
残された蓮司が心配そうに見送っていると、一緒にいた尊がニヤニヤと尋ねてくる。
「どうしたのさ蓮司さん。もしかして惚れちゃった?」
「なっ!? 何言ってんだテメェ!?」
「気の強そうな美人さんだったね。蓮司さんてああいうタイプが好みなの?」
「バッ!? そんなんじゃねーよ! ちょっと気になっただけ、弱ってる女がいたから心配になっただけだっての!」
「ホントにぃ? ま、女嫌いな蓮司さんじゃ仕方ないか」
「だから違げーって! 俺は硬派なだけだっつってんだろ!」
軽口を叩きあう二人。
と、そこへ――。
「す、すみません……」
そう声をかけたのは、先ほどまで宿の外へ出ていた剣人だ。
照と喧嘩になった後、しばらく思い悩んでいたものの答えは出ず、結局宿に戻ってきたようだ。
「おう、剣人。すまん、邪魔だったか?」
食堂の入り口をふさいでいた蓮司と尊は、慌てて剣人に道を譲る。
食堂の中に入り照の姿を探す剣人だったが、その姿は見当たらない。
仕方なく近くにいた澪に声を掛ける。
「澪さん、照が何処にいるか知りませんか?」
「照くん? 彼なら食事は自分の部屋でとるって言って出て行ったみたいね。さっき朔夜さんとそんな会話してたし、一人になりたい気分だったのかな?」
「そ、そうですか……」
澪の答えに動揺する剣人。
照の行動の原因が自分にあると知っているからだ。
そんな剣人に優しく語りかける澪。
「それにしても……いやぁ、剣人くんも大変だねぇ」
「た、大変って……何が?」
「決まってるでしょ、照くんの事。剣人くんの好きな子って彼の事でしょ?」
「あ、いや、それはそうですけど……」
「戦場にまで駆け付けるくらい好きな人が、まさか男になってるだなんて、普通あり得ないよねぇ……。それで剣人くん、どうするの?」
「ど、どうするのとは……?」
「決まってるじゃない。照くんのこと、諦めちゃうの? それともまだ好きなの?」
「そ、それは……」
「まだ諦めないつもりなら、私、応援するからね!」
そして澪は力説する。
「大丈夫、この異世界もLGBTQにはそれなりに寛容だから。異世界にはポリコレやDEIなんて無いけれど、そもそも同性愛を否定する宗教や思想も無いからね。わざわざ規制しなくたって、性別に関してはちょうど良い多様性が元から備わってるんだよね」
「い、いやいや、待ってください澪さん!」
力強いエール(?)を送ってくる澪に、剣人は慌てて首を横に振った。
「そんなのあり得ない、だって照はもう男で……普通は男と女、恋愛は異性相手にするべきで……」
そこでふと気づく剣人。
『普通は――』『――するべき』という言葉を、またしても口にしている自分に。
(どうして俺はこんな、常識ばかりに囚われて……)
――照を好きになってはいけない。
かつての想いが脳裏をよぎる。
(男だ女だとこだわる俺に、LGBTQの照を好きになる資格なんて無かったんじゃないのか……?)
そんな思いに囚われ、思わず言葉がついて出る剣人。
「やっぱり照を好きになっちゃいけなかったんだ……」
だが――。
「何言ってるの、この世に好きになっちゃいけない人なんていないんだから!」
澪が力いっぱい否定する。
「いい、剣人君? 恋愛にルールなんて無いんだよ
「――え?」
澪の言葉が脳裏に引っかかる剣人。
(恋愛にルールなんて無い……? 同じような事をどこかで聞いたような……)
――『男とか女とか関係ない、恋愛は自分の気持ちに正直になることが唯一のルールなんだから!』
「――!」
その瞬間、剣人の記憶が喚起される。
(――そうだ、思い出した……)
そして想起された過去に唖然となる剣人。
「だから剣人くんも素直になって――」
「ま、待ってください澪さん!」
まだ続いていた澪の言葉を遮ると――
「す、すみません……ちょっと食欲無いんで俺も先に部屋で休みます……」
そう言って剣人は、逃げるように食堂を出て自分の客室へと向かった。




