6-11話 剣人の想い出と疑問と
声の方へ目をやると、傍の川に架かった橋を渡って、二人の男女がやって来るのが見て取れた。
態度の悪かったエルフの少年エルウッドと、猫耳があざとい猫人族の少女ミミーナ。
どうやら同じ宿に泊まることになった冒険者パーティのうちの二人のようだ。
剣人の耳に聞こえてきたのは、その二人が橋を渡りながらしている会話だ。
「このままドドンゴとの関係を拗らせておくと、冒険に支障が出るニャア」
「知るかよそんなの! アイツが悪いんじゃないか!」
内容を聞くに、先ほどのロビーでの騒動――エルフのエルウッドとドワーフのドドンゴの口論――についての会話のようだ。
二人の喧嘩に、猫人族のミミーナがまだ仲裁を続けているのだろう。
だが肝心のエルウッドは全く聞く耳をもたない様子。
「アイツを見てるだけで腹が立つんだよ! もう無理、俺だって限界なんだ!」
「エルっち、何でそこまで……。ドドンゴと組むことになった半年前は、そこまで嫌ってなかったハズだニャ。一体何が原因ニャ?」
「そんなの決まってるじゃないか。俺がエルフで、アイツがドワーフだからだよ。それ以外に何の理由があるっていうんだ?」
そんな種族に対する偏見を堂々と宣うエルフのエルウッド。
人種差別に厳しい今の地球なら一発でアウトになるであろう発言だ。
(種族が違うからって嫌ってるのか? そういうの、俺たちの世界じゃ許されない事だぞ?)
聞いてしまった剣人も顔をしかめる。
「エルっち何言ってるニャ? エルフとドワーフの対立なんて何百年も前の話ニャ。それに外の世界を知ってるエルフなら、そんな偏見は持ってないってフォレスティーナも言ってたニャ」
「そ、それはフォレスティーナが利口ぶってるだけだろ? エルフとドワーフの確執はもっと根が深いんだからな!」
諫めるミミーナだが、頑ななエルウッドは態度をヒートアップさせる。
「ドドンゴとは仲が悪くて当然なんだ! エルフとドワーフは対立するべきなんだよ!」
(――――っ!)
そんなエルウッドの台詞にショックを受けたのは、剣人だ。
彼女の言った言葉――。
仲が悪くて『当然』――。
対立する『べき』――。
それは剣人が照から指摘を受けた、自分の考えを押し付ける一方的な言葉で――。
(ひょっとして俺は……照からしたらあんな風に見えてたのか……)
もう何も聞きたくないというかのように、頭を抱え込む剣人。
照の残した言葉が思い返される。
『そんなの……最低のマニュアル人間じゃないか!』
(照の言う通りだ……。俺、本当に最低じゃないか……)
そして剣人の思考は、記憶の海へと沈んでいった。
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俺――櫻井剣人は、とても厳格な家庭環境で生まれ育ってきたと思う。
父親は――警察官でよく俺に『~するな』と注意していたルールに厳しい人。
堅物で一本気な父からは、剣道の指導を通じて人としての礼儀や礼節を教えられてきた。
母親は――小学校教師でよく俺に『~しなさい』と注意していた教育熱心な人。
職場で模範的な教師だと評価される母は、息子である俺にも善い教育者として接していた。
そんな両親に育てられた俺――だから自覚はあった。
両親から教わった『こうあるべき』といった模範を何より重んじ、真面目で融通の利かない人間に成長しているという自覚が。
照の言う『マニュアル人間』というのが、まさに俺の人間性を表していると思う。
そしてこういう人間だからこそ、俺は照の事をこんなにも好きになったのだろう。
俺がアイツ――惣真照と出会ったのは中学進学の時だ。
初めての教室で、同じクラスメイトとなった照と出会った。
皆が中学の制服を初々しく着る中、一人だけ男子の私服姿で目立っている照が居たんだ。
小柄で守ってあげたくなるような風体なのに、意志の強そうな瞳をしていて……。
まさに自分の理想的なタイプの女子で、見た瞬間に心臓がドクンっと脈打ったのを覚えている。
だけど――まだその段階ではただの一目惚れ、外見を好きになっただけ。
照の中身まで好きになり、気になる存在となったのは、その後に行われた自己紹介の時間での出来事が切っ掛けだ。
『ボクはバイセクシャル、男性だと性自認しています。みんなとは違うところがあるけれど、それも含めてよろしくお願いします』
――そう自己紹介した照の堂々とした姿を見て、さらに心を鷲掴みにされてしまったんだ。
当時の俺にとって照は、俺が初めて見るLGBTQに該当する人だった。
俺も周りもまだ中学生になったばかりの頃で、ハッキリと性自認するのも難しい未熟な年齢だった事もあり、それまでの環境で実際のLGBTQである人間に出会う事は一度もなかった。
そんな中で初めて出会った存在である照。
一般には当てはまらない性的マイノリティでありながら、臆せず自分の事を堂々と語る姿に、俺は驚くほど衝撃を受けた。
最近は多様性が認められる世の中になってきたとはいえ、自分が世間一般から外れているという事を受け入れるのは、きっと俺の想像も及ばないような葛藤があるんじゃないかと感じたからだ。
まだ中学一年生だった当時、照のようにありのままの自分を肯定できるのは、相当に強い信念や覚悟が必要なんじゃないのか?
その強さは俺のような『マニュアル人間』には決して持てない物に感じた。
だから――自分に無い強さを持つ照に、俺はどうしようもなく魅かれてしまったんだろう。
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(……アレ? でも、待てよ?)
昔を思い出していた剣人だったが、違和感を覚えて現実へと引き戻される。
(最初は外見に一目惚れをして、自己紹介の挨拶がきっかけでどんどんと中身の方にも魅かれていった、それは間違いない。でも……それと同時に、あの時の俺はこうも思っていたはずだ――)
――照を好きになってはいけない。
剣人の体験として、学校ではLGBTQについて学ぶ特別授業もあって、そこで多様性や性自認についても教えられてきた。
その学んだ『常識』で考えるなら、照が自分を男だというのであれば、周囲の人間も照を男として接しないといけない。
それが今の時代の『こうあるべき』という価値観だ。
(そう、照は友達、そうでなきゃいけない。告白するなんて以ての外。そう考えるのが当然で当たり前……の、はずなのに……)
だけど――そうはならなかった。
溢れる想いが抑えられず、剣人は照に告白した。
そして感情に突き動かされるまま、何度断られても挫けず告白し続けてきた。
(でも……考えてみればこんなの、全然俺らしくない)
湧きあがった疑問に困惑する剣人。
(『こうあるべき』という範囲からはみ出た行動……。どうして俺は、そんな規範にそぐわない告白を、これまで照に続けてこれたんだろう……?)
冷静に自分の行動を振り返り、その不可解さにジワリと不安がこみ上げてくる剣人であった。




