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5-5話  二十万vs三千五百

 ――それから数刻後。


「な、なんだあれは?」


 イストヴィア公爵軍の先駆けとして、最初にノルド城を視界にとらえたのは、オールドヤンキースタイルで銀槍騎士団長の蓮司(レンジ)だ。

 蓮司(レンジ)はその異様な光景に目を見張った。

 城郭都市アインを取り巻く城壁、その前に目算でも二十万近い大軍が、イストヴィア公爵軍を待ち構えていたのだ。


「ど、どうなってんだこりゃ? こんな大軍、どうやって揃えやがった?」


 この城郭都市アイン一つでこれほどの大軍をまかなえるわけがない。

 それこそこの都市に住む全ての住人をかき集めてこなければ足りない人数だろう。


「どう考えてもあり得ねぇ人数だ……待て、なんだありゃ?」


 蓮司(レンジ)が遠眼鏡でアインノールド軍を観察すると、どう見ても兵士じゃない、女性や成人したばかりに見える子供などが大勢、武器――中には農具を持って参列している様子が見えた。

 しかもこれだけの大軍であるにもかかわらず、規律正しく陣形を取り、身動きも取らず声どころか物音一つ立てていない。

 雪の降る中を皆黙ったまま、光のない目で身動き一つぜず整列していた。

 その異様な光景に思わず怯む蓮司(レンジ)


「女子供に年寄りまで大勢混じってやがる……。構成員が普通の軍隊じゃねぇぞ。それに……何か様子が変だ。全員が催眠術にでもかかったみたいにじっとしてやがる」


 ともかく……と蓮司(レンジ)は現状を整理してみる。

 現在――蓮司(レンジ)(ミオ)が率いているのは、先鋒として預かった三千人の騎士と五百人の魔術師。

 いずれ公爵率いるイストヴィア本軍も合流することになるが、それを含めたとしても公爵軍は三万人。

 他の公爵家にも出兵させグレイス王国軍を結集させたとしても、アインノールドへ出兵できるのはおそらく十万程度にしかならないであろう。

 それに引き換えアインノールド軍は、女子供も含めるとはいえ、その数は約二十万である。

 寄せ集めで歪な構成の軍だが、こちらを大きく上回る勢力だ。


「……さて、どうするかねぇ?」


 蓮司(レンジ)は独り言ちながら、ひとまず後方の(ミオ)たちと合流することにした。


 * * *


 ――二十万vs三千五百。

 圧倒的な差のある両軍が、平地を挟んで向かい合っている。

 イストヴィア公爵軍の陣中では、(ミオ)蓮司(レンジ)、騎士団長二人による軍事会議が行われていた。


「どう思う(ミオ)? 軍隊じゃなく一般人の寄せ集めって感じだが、あの数は尋常じゃないぜ。明らかに正気じゃない様子だし、何かに操られてるようにも見える」

「そうなんだよね、蓮司(レンジ)。おそらくアインスノーの住民全てをかき集めて、兵として招集しているみたい。アインノールド家と言えば代々[魔物使い]の家系のはずだし、敵軍のあの不可解な様子は、ひょっとして[隷属魔法]の影響かな?」

「[隷属魔法]だって? だが(ミオ)、アレは魔物にしか効かないんじゃねぇのか?」


 蓮司(レンジ)の当然の指摘に、(ミオ)は軽く肩をすくめながら答える。


「本来はそうね。だけどあの『悪役令嬢』ウェルヘルミナだもの。何か方法があるのかもしれない。例えば――今の時代じゃもう作ることのできない、『魔導開化期』に製造された『失われた魔道具(ロストアイテム)』の力だったりとかね」

「うーむ、だとしたら厄介だな。兵数の差はもちろんあるが、相手が一般人となると易々と殺すわけにはいかねーぞ。領民を人質に取られているようなものだ」

「そうね蓮司(レンジ)……この状況は想定外、しばらくは様子見かな?」

「だな。動くにしても後軍が追い付いてからの方が良いだろう」


 (ミオ)蓮司(レンジ)、二人の意見が『様子見』で一致する。

 だが納得できない人間が一人――。


「なっ! 待ってください! それじゃ(テル)はどうなるんですか!」


 ――そう声を上げたのは、二人の横で話を聞いていた剣人(ケント)だ。

 しかし(ミオ)は首を横に振り、諭すように剣人(ケント)に語り掛ける。


「ごめんね、剣人(ケント)くん。私だって可能であれば今すぐ助けてあげたいけれど……今の状況じゃどうすることもできない」

「で、でも――!」

「お願い、聞き分けて。これは戦争、私が命令すれば簡単に人が死ぬの」

「――そ、それは! ……だ、だけど相手は寄せ集めの軍なんでしょう? なら数が少なくても鎮圧できるんじゃ……」


 言い募る剣人(ケント)に、だが(ミオ)は静かに首を振る。


剣人(ケント)くん、確かに相手の多くは一般人、戦いの訓練などは受けていないでしょう。でも催眠術のようなものにかかっているなら、どんな行動に出るかもわからない。例えば命も顧みずに戦うように洗脳されていたら? いくら一般人だからって死兵ほど厄介なものはない」

「そ、そうかもしれないけど……でも……」

「それに……この世界では全ての人間がスキルを持ってるの」


 (ミオ)の言う通り、この世界では王族からスラムの孤児、専業主婦や商人、引きこもりまで『成人の儀』さえ受ければ誰でも例外なくジョブとスキルが与えられる。

 それは世界に蔓延る魔物と戦うため、女神から授けられる力だと言われている。

 だからこそ与えられるジョブのうち『生産職』を得る人間は二割程度。

 『戦闘職』や『魔法職』等の、直接魔物と戦えるジョブを得る人間が大多数なのだ。


 その状況を日本に置き換えれば、八割の人間が銃火器を持ち歩いているようなものと言える。

 もちろん人のレベルやジョブによって――小銃からバズーカ、果てはミサイルまで――その火力は変わってくるだろう。

 だがどんなに弱くても、それらは充分に人を殺せる力なのだ。


「――だから剣人(ケント)くん。スキルのあるこの異世界では、私たちの住んでいた世界より数の暴力が有効なの。兵数にこれだけの差がある以上、たとえ相手が烏合の衆だったとしても、迂闊に仕掛けることはできないよ」

「じ、じゃあ(テル)は……」

「……大丈夫、剣人(ケント)くん。たとえ時間がかかっても、キミの友達は必ず助け出すから」

「うぅう……は、はい……」


 剣人(ケント)は気持ちを押さえつけるように歯を食いしばる。

 そのとき――。


「ピィイイイイイイイッ!」


 頭上から甲高い鳥の鳴き声が響いた。

 剣人(ケント)たちが見上げると、雪の舞う空を飛ぶ一匹の鳥――ではない、飛んでいたのは一匹の魔物だ。

 上半身は人間の女性だが、下半身は鳥の足をしており、両腕は翼になっている。

 いわゆるハーピーと呼ばれるモンスターだった。


「ハーピーが一匹だけ? 群れからはぐれたのかな? ……いえ、もしかしてあの子は――!」


 何かに気づいた様子の(ミオ)の元へ、そのハーピーが近づいてくる。

 慌てて射かけようとする兵士を「待ちなさい!」と制し、(ミオ)はハーピーを迎え入れる。

 様子を伺いながらゆっくり(ミオ)の目の前に着地したハーピー。

 その首には紐でくくられた20センチほどの筒のようなものをぶら下げている。


「……やっぱり。あなたはアイツ(・・・)の従魔ね?」


 (ミオ)が訊ねると、ハーピーは肯定するように「ピィイ!」と鳴いた。

 得心した(ミオ)はハーピーの胸にある筒に手を伸ばす。

 そして……筒の中から取り出したのは一通の手紙だった。

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