5-4話 悪役令嬢の愉悦
――さらに翌日、日差しの温かい昼過ぎ。
ノルド城最上階にある侯爵の執務室。
部屋の中央に執務机があり、その背後にはバルコニーに繋がるフランス窓が一面に広がっている。
正面には大きな扉。
そして両側の壁に沿って、女兵士がずらりと並び控えている。
彼女達はみな目が虚ろで、[隷属魔法]によるウェルヘルミナの支配下にあることが見て取れる。
そんな兵士たちに囲まれながら、ウェルヘルミナは一人悶々としていた。
「昨夜の失態……このままじゃ駄目ですわ。何としてもサクヤ様を屈服させて、わたくしの奴隷にして差し上げないと……。そのためにも……もっとエロエロな知識を取り入れなければ!」
そう決意し、ウェルヘルミナは執務机に向かう。
その机の上には山のように積まれた書物。
「領地内から集めたこのエロスな書物を全て読破すれば、きっとサクヤ様をエロエロに堕落させることができるはずですわ!」
そしてその書物の山に手を伸ばし読み始めるウェルヘルミナ。
まず一冊――。
「な、なんですのこれ……。本当にこんなものがあるんですの……?」
もう一冊――。
「まぁそんな! こんなものにそんな使い道が……!」
さらにもう一冊――。
「……嘘ですわ、これがこんな事になるなんて……し、信じられませんわ……!」
一冊一冊と読み進めるたびに、赤くなったり青くなったり、顔色を次々と変えるウェルヘルミナ。
だがその眼差しは真剣で、真摯にエロを学ぼうとする様子が伺える。
と、そこへ――
「お、恐れながら、ウェルヘルミナ様!」
――女兵士たちに紛れて控えていた、文官の恰好をした女性が声を上げる。
「……何ですの執政官?」
「ウェルヘルミナ様は今の状況を分かっておられるのですか!?」
ウェルヘルミナに苦言を呈する、その執政官と呼ばれた中年の女性。
他の虚ろな目の兵士達とは違い、彼女の目には意思が感じられる
「以前に咎められた異世界召喚を再び行った上に、他領との戦争準備まで……。お陰で今やアインノールド家は国家の反逆者とみなされております! それなのに転移者と戯れるために、このようなバカなことをされている場合では――」
「うるさいですわね。貴女ごときがわたくしに意見するなど許されると思っているの?」
だが真剣な部下の忠告にも耳を貸さないウェルヘルミナ。
「し、しかしながらウェルヘルミナ様! このままではこの街は――」
「黙りなさい!」
「――っ!」
ウェルヘルミナの言葉に、途端にその執政官は口をつぐむ。
ウェルヘルミナは不機嫌な様子で補佐官を睨みつける。
「貴方は私の代わりに領地運営だけをやっていればいいの。軽い隷属状態で済ませてあげているのはそのため。でも自由意志が残っているからといって、それ以上の口出しは無用よ」
「し、しかし……本当にこのままでは……」
「……ふぅ、分かっていませんね」
ため息をついたウェルヘルミナは、周囲を見渡し一人の兵士に目をつける。
「そこの貴女、こちらに来なさい」
「……はい」
言いつけ通りウェルヘルミナの前にやって来た、[隷属魔法]にかかり目の虚ろな女兵士。
満足そうに頷くと、ウェルヘルミナは彼女に告げる。
「じゃあ貴女、執政官の代わりに死になさい」
「――なっ!?」
声を上げたのは執政官の方だ。
死ねと言われた女兵士は、表情も変えずに黙って指示を聞いている。
「ここで死なれても迷惑だから……そうね、バルコニーから飛び降りればいいわ」
「……はい、分かりました」
そして意思もなく操られている様子の女兵士は、迷いのない足取りで真っ直ぐバルコニーへ出る。
そして――何の躊躇もなく柵を乗り越え、舞う雪と共にバルコニーから飛び降りた。
――グシャッ! と地面に叩きつけられる音。
「そ、そんな……」
絶望的な光景に絶句する執政官。
そんな彼女に、愉悦の滲んだ笑顔を見せるウェルヘルミナ。
「貴女は優秀だから殺さない。わたくしのためにいつまでも働いてもらわないとね。代わりに周りの人間が死んでいく。覚えておきなさい」
「あ、ああ……」
それ以上意見する気力も失ったのか、ガックリと膝をつき動かなくなる執政官。
「やれやれ、これで勉強が進められますわ」
ウェルヘルミナは何事もなかったかのように本の山に向き直り、読みかけていた本を手に取る。
そして再び勉強に没頭しよう……とした、そのとき――
――バァンッ!
――と執務室のドアが開かれ、一人の女兵士が飛び込んできた。
そして慌てた様子でウェルヘルミナに告げる。
「ウェルヘルミナ様!」
「……またですか? 今せっかくやる気になっているというのに……。今度は何の用ですの?」
再び勉強の邪魔をされ、不機嫌な対応を見せるウェルヘルミナ。
だが女兵士は、それどころではない様子でまくしたてる。
「イストヴィア軍がこの都市に向けて進行中! すでに領境を超え、あと数刻でアインに到着するだろうとの知らせが!」
「――っ! 来ましたか」
ウェルヘルミナは持っていた本をパタンとたたむと、腰を上げバルコニーに向かう。
「思ったよりも早かったですわね、イストヴィア公爵軍。でも、予定通りの展開ですわ」
敵軍の情報に臆することなく、不敵に笑うウェルヘルミナ。
「五年前――父が処刑されたあの日から、この時のために準備してきましたのよ。父は野心はあっても能力が無かった。だから失敗した。でもわたくしは違う。野心だけじゃなくそれを叶える才能もある。それを今から証明しましょう」
そしてバルコニーに出ると城下町を見下ろし、ウェルヘルミナは手を振り上げ眼下に向かって叫ぶ。
「さぁ領民たちよ! わたくしのために戦いなさい! この城を守り、死ぬまで敵を倒すのです!」
その瞬間――。
城下町から一切の喧騒が消えた。
領民たちは誰一人として言葉を喋らず、城の兵士と同じ虚ろな目で佇んでいる。
その様子にウェルヘルミナは、自分の目的が果たされた事を知り満足げに笑う。
「戦争をする準備はできていますわ。さぁ、革命を始めましょう」




