2-10話 初めての殺人事件
一方――。
白い服の女性神官――回復の神官が『成人の儀の間』の扉を開くと、中からボァッっと黒い煙が漏れてきた。
「ゴホッ! ゴホッ! な、なにこの煙?」
手で煙を払いながら、中の様子を伺う回復の神官。
成人の儀の間の奥にあった祭壇が燃えている。
天井付近は煙で真っ黒。
ジョブを授かるときに触れた水晶は転がり落ち、崩れて燃え盛る祭壇。
そして――
「きゃああああああああああああああっ!」
――回復の神官がつんざくような悲鳴を上げた。
燃え盛る祭壇に、寄りかかるように倒れている神官長を見つけたからだ。
「神官長!? 大変、神官長が! 誰か、早く消火を!」
光の神官長が助けを呼ぶと、他の神官も『成人の儀の間』へと駆けつける。
「まかせて! [水魔法Lv.1]ウォーターボルト!」
真っ先に飛び込んできた青色の神官が水の魔法を使った。
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[ウォーターボルト]
[水魔法Lv.1]の魔法。
こぶし大の水球を発射する。
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彼女の手から水球が発射され、祭壇の火を消していく。
さらに部屋中に煙が充満しているのを見て、今度は緑の服を着た神官が風魔法を使う。
「[風魔法Lv.1]ウィンドアロー!」
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[ウィンドアロー]
[風魔法Lv.1]の魔法。
風の矢を撃ち込む。
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打ち込まれる風の矢が煙を吹き飛ばして排出。
そうして消火と換気の作業は続き、10分ほどで出火の混乱は収まったのだった。
* * *
消火活動を終え――。
「……神官長はどうなりましたか?」
「残念ながら全身を焼かれて……。ウェルヘルミナ様はご覧にならない方がよろしいかと……」
「そ、そんな……」
神官たちから被害を聞かされたウェルヘルミナは、沈んだ表情でうなだれる。
その様子を見て、照は顔色を真っ青にする。
「なぜこんな事が……。 事故? それともまさか……殺人事件?」
「なるほど、探偵の行くところに事件が起こるのは必然ね」
呻くように言葉を紡ぐ照に対し朔夜が指摘する。
「つまりこの事件は、照くんが起こしたといっても過言では……」
「過言ですよ! やめてください朔夜さん、人を死神扱いするのは!」
「でもあなたのスキルって……」
「違います違います! 関係ありませんから!」
……朔夜の言葉を必死に否定する照であった。
「それで……いったい何故こんなことが起きたのですか?」
「ウェルヘルミナ様、それが……」
ウェルヘルミナの問いに、神官の一人が苦し気に答える。
「儀式の間の祭壇で出火があり、神官長が焼死してしまった――。分かっているのはそれだけで、事故なのか自殺なのか、原因などは皆目見当がつきません……。火気のない祭壇から出火するとは思えないので事故の線は薄く、自殺とするには根拠が足りません。我々神官は自殺を女神様に対する罪だと考えているので、どんな理由があろうとも自殺はあり得ないでしょうし……」
「……誰かに火をつけられたとは考えられませんか?」
「殺人の可能性ですか? それもどうかと……。殺人だと考えた場合、容疑者は唯一ひとりだけ。ですがその人物には、神官長を殺す動機がありませんし……」
「唯一の容疑者? 誰ですかそれは?」
「それは……」
ウェルヘルミナに尋ねられた神官は一瞬言い淀むが、その後ハッキリとした口調でこう告げる。
「もしこれが殺人だとしたら、犯人は最後に被害者に会った人間だと考えられます。そしてそれは……直前に『成人の儀』を行っていた、スズカ・シラヌイ様以外にありません」
「なっ! 私が犯人だって!」
名指しされ、思わず声を上げる鈴夏。
「私がどうして、会ったばかりの人間を殺さなきゃいけないんだ!?」
「確かに動機は不明、ですがスズカ様は[爆炎魔導士]でおいでです。火魔法を使えるスズカ様なら、レベル1とはいえ神官長を焼き殺す事も可能――。つまりこれが殺人とした場合、殺害の手段と機会があったのはスズカ様だけです。スズカ様が犯人とは申しませんが、一番の容疑者であることは間違いないでしょう」
「ち、違う、私じゃない! 本当なんだ、信じてくれ、ウェルヘルミナ!」
「そ、それはもちろん信じていますわ。ですが、スズカ様でないならいったい誰が……」
「そ、それは……」
鈴夏は答えられず、周りの者も続く言葉が出ない。
よどんだ空気の中、嫌な沈黙だけが続く……。
そんな中――
「鈴夏さんが犯人じゃないとしたら、これはいわゆる密室事件ね。フッフッフ、面白いじゃない」
――と不敵な笑みを浮かべる朔夜。
そして彼女は宣言する。
「私に任せなさい! この東雲朔夜が、見事事件を解決して見せるわ!」
おぉおおお……と小さなどよめきが起こる中、朔夜が次に目を向けたのは照だ。
「そして惣真照! どちらが先に事件を解決できるか勝負しなさい!」
「な、なんでボクが?」
「決まっているでしょう。私と貴方、どちらが探偵にふさわしいかハッキリさせるためよ!」
「じゃあボクの負けでいいんで、今後は朔夜さんが探偵って事で……」
「それじゃ張り合いがないでしょう、照くん。せっかく本物の事件に巡り合えたというのに……。分かったわ、じゃあこれならどうかしら」
ノリの悪い照を挑発する朔夜。
「ねぇ照くん。もし貴方が私に勝てた場合……」
「勝てた場合……?」
「何でも一つ、貴方の言う事を聞いてあげるわ」
「な、なんだってぇえええええええええっ!!!」
思いがけない朔夜のセリフに思わず声を上げる照。
(何でもって言った!? 朔夜さんみたいな美少女の口からそのパワーワードが!? さ、さすが異世界、こんなあり得ないことが起きてしまうとは!)
「どうかしら? 私からの勝負受けてくれる?」
「そ、それは……」
朔夜の挑発、照は思考を巡らせる。
(だけどこの話に乗っかってもいいのか? こんな言葉の綾みたいなものを捉えてどうこうしようなんて、ボクの男気に反する行為だ。いや、だが、待てよ……?『据え膳食わぬは男の恥』なんて言葉もあるし、今のボクは心だけでなく体も正真正銘の男。むしろこのチャンスをモノにしてこその男気なのでは? それに……)
照はふと気になって鈴夏のほうを見る。
彼女は心配そうに二人のやり取りを見守っている。
(鈴夏さんは今、この事件の犯人として疑われている。チーレムを目指すなら困っている女性を見逃すわけにはいかない。朔夜さんの勝負に乗ることは、鈴夏さんを救うことにも繋がるはずだ。だったら――)
そして照は覚悟を決めた。
「――いいでしょう朔夜さん、その勝負受けた!」
――こうして照と朔夜の探偵勝負が始まるのだった。




