910話
夏の日差しが眩しく照りつけている雄太宅と慎一郎宅の間にある広い芝生の庭で俊洋は走り回っていた。
慎一郎が植えてくれたサクランボの木も随分と大きくなった。理保は綺麗なサクランボの花を思い出して微笑む。
「来年はもっとたくさん実をつけてくれるかしら」
「そうですね。来年は美理愛も食べられるから楽しみです」
「そうね。サクランボのジャムも、もっとたくさん作りたいわ」
理保は楽しそうに笑う。
家庭菜園
雄太が買い取り広くなった部分には、春香と理保が家庭菜園をしているプランターが並んでいる。
慎一郎側の広くなった部分には、広めの小屋が建っている。
「お義母さん。このお茄子、そろそろ食べ頃ですよ」
「あら、良いわね。今、糠床がいっぱいだし焼き茄子にしようかしら」
「良いですね。あ、後二つありましたよ」
理保は小屋に入り収穫挟みとカゴを持って戻って来た。
「お義父さんが建ててくれた小屋、良いですよね。便利だし」
「ふふふ。あの人がこんな立派な家庭菜園用の小屋を建ててくれるなんてね」
理保の家庭菜園用小屋は小屋というには立派だ。靴を脱がずに入れるようにしてあるのだが、照明も扇風機もついてある。
小屋の隅にはテーブルと椅子もあり、野菜の育て方の本などが並んでいて、棚にはシャベルなどが置かれてある。
雄太は長年苦労をかけた理保へのお礼なのではないかと言っていた。
(私もそう思うな。ただの物置き小屋じゃないもん)
慎一郎からのプレゼントだと言っても過言ではない物だからだ。
「春香さん。このトマト良い感じよ」
「アゥ〜、アゥ〜」
理保が大きく真っ赤になったトマトを収穫すると、ベビーカーに乗っている美理愛がジタバタと騒ぎだした。
理保がトマトを見せると、ジタバタが激しくなった。
「春香さん。もしかして美理愛はトマト好きなの?」
「そうなんでしょうか? ん〜。離乳食で潰した物は食べさせた事はあるんですけど、丸ごとは見せた事ないですよ?」
話している間も美理愛は両手を伸ばしている。
「欲しがってるようね。手に持たせても良いかしら?」
「ええ」
理保は水道でトマトを洗ってから、美理愛の手に持たせた。両手でしっかりと持った美理愛はトマトをジッと見ていた。
アムッ
「あ」
「美理愛……」
美理愛はトマトをハムハムしているが、皮がツルツルしているからかかぶりつけないでいた。
「大胆ね、美理愛」
「本当に」
まだ歯が生えてないのもあるのだろう。トマトには歯茎でついた跡が残るだけだ。
「ダダウ〜。ウァウオ〜」
美理愛はムッとした顔をして、またかぶりつこうとしていた。春香と理保は顔を見合わせて笑った。
理保は美理愛の持っているトマトの皮を剥いてやる。すると、美理愛はまたかぶりついた。
チュウ、チュウ
「え? 吸い付いてる?」
「齧りついてる訳じゃないですよね? まだ噛み切れないですし」
美理愛は無心でチュウチュウと吸っていた。
「マッマァ〜。アレ? ミリア、トマトタベテル」
バッタを追いかけていた俊洋が手にバッタを持って走ってきた。
「あら、俊洋。バッタ捕まえたのね」
「ウン。バァバ、ボクモトマトタベル〜」
俊洋は手にしていたバッタをポイと離した。バッタはピョンピョンと跳んで何処かに行ってしまった。
理保はトマトの枝からよく熟れた物を選んで収穫挟みでパチンと採る。そして、水で洗ってやる。
「冷やしてから食べるほうが美味しいと思うんだけど、このまま食べたいの?」
「ウン」
俊洋は手渡されたトマトにかぶりついた。
「オイシイ〜」
「アバァ〜」
トマトから口を離した二人の顔はトマトまみれだ。それでも、ガブガブと食べる俊洋とチュウチュウと吸っている美理愛は幸せそうだ。
凱央と悠助の乗馬教室から帰ってきた雄太が、二人のトマトまみれの顔を見て唖然として、春香と理保は苦笑いを浮かべた。
「美理愛……、お前……」
「あはは。ほら皆でお風呂だよ」
翌日から、家庭菜園の水やりをする時に、美理愛がトマトを欲しがったのは言うまでもない。




