901話
凱央達の時と同じように盗み食いをした美理愛は煮物の中心部分を催促している。
「アゥ……ダァダァ」
小さな手が春香の腕をペチペチと叩く。
「ふふふ。やっぱり兄妹ね」
「お腹を壊さないなら良いんじゃないかしら」
祖母二人は何度も吹き出しながら見ていて、祖父二人は心配そうにしていた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ?」
「そうそう。凱央達の時だって、誰もお腹壊したりしなかったんだから」
妻達に言われて少しホッとしたような顔をするが、時折美理愛の顔を見ていた。
「美理愛。美味しい?」
「ンマァ」
「そう。でも一気に食べたら駄目だし、これが最後ね」
春香はお頭付きの鯛の身をほんの少しだけ小皿に乗せて、お吸い物の汁の上澄みを匙で掬ってかけて浸していた。
美理愛は目をキラキラさせて滝ヨダレを流している。
「美理愛……。ヨダレ……」
雄太が苦笑いしながらヨダレを拭いてやる。
「もう柔らかくふやけたかな?」
「あ、俺がやるよ。片手じゃ上手く掬えないだろ?」
「うん」
雄太はタオルをテーブルに置くと、匙を手にして小皿の鯛の身と汁を掬った。
「ほら、美理愛。あ〜んして」
美理愛は待ってましたと言わんばかりに口を開けた。ほんの少しの鯛と汁を口に入れてもらうと、味わうように口をンクンクと動かしている姿は本当に愛らしい。
(可愛いんだけどぉ……。この食いしん坊っぷりは……)
匙をテーブルに置いて再びタオルを持ち、美理愛の口元を拭ってやる。
食いしん坊でも乳児にはかわりなく、腹が膨れたのかウトウトし始めた。
「雄太くん。私、部屋で寝かせてくるね」
「ああ」
春香は部屋に行き、おっぱいを飲ませてオムツを替えた。抱っこをしてやると美理愛は目を閉じた。
眠りに落ちる寸前、パヤ〜ッと笑ったのは本当に満足したからだろう。
(まだ離乳食には早いんだからね? 今日は特別なんだからって言っても分からないだろうなぁ〜)
離乳食前にこうやって食べさせたりする事は良くないとは思っている。だが、赤ん坊が美味しそうだと思う事は生きる力がある事だと春香は考えていた。
(本当に絶対に駄目ならお義母さんもお父さん達も言ってくれるから大丈夫よね)
美理愛が完全に寝入ったのを見て、ベビーベッドにそっと寝かせた。
リビングに戻ると雄太の姿がなかった。
「雄太なら悠助のお迎えに行ったわよ」
「あ、はい。もうそんな時間だったんですね」
春香は壁掛け時計を見た。
「凱央は二年生だから、もう少し後よね」
「なぁ、春」
里美が春香に言うと直樹が春香の名を呼んだ。
「なぁに? お父さん」
「その……だな。凱央は帰って来て少ししたら乗馬教室に行くんだろ? その……一度凱央の乗馬姿を見たいんだが……」
それに、答えたのは慎一郎だった。
「あぁ、そう言えば東雲さん達は凱央の乗馬姿を見た事がなかったんでしたな」
「ええ。写真は見せてもらいましたし、凱央がモデルのチラシはうちの店に置いてありますが、実際に見た事はなくて」
余程の事がない限り店を休む事はない。だから、直樹達は乗馬教室の凱央を知らない。
「なら、今日見て帰られたらどうですか? 凱央も喜ぶと思いますし」
「本当ですか? ありがたい。一度は見たいとずっと思ってたんですよ」
その時、悠助が迎えに行った雄太と帰ってきた。
リビングに入って来た雄太に慎一郎が直樹の希望を伝え、雄太はにこやかに了承した。話を聞いていた悠助が両手を上げて直樹達に報告をする。
「ジィジ、バァバ。キョウハ、ボクモモチャンニノルンダヨ」
「え……? 悠助も……馬に乗ってるのか……?」
「春香から聞いてないんですか? 悠助も幼稚園に入ってから乗馬教室に通ってるんですよ」
直樹がバッと春香の顔を見る。
「えっとぉ……。言い忘れてた……かも」
「春ぅ……」
「えへへ……。ごめんなさい」
里美は吹き出して、春香の頭を撫でた。
「美理愛を産んで、悠助の幼稚園の入園準備をしたり大変だったものね」
里美の言葉に直樹はハッとし、謝りながら春香の頭を撫でた。




