882話
2月23日(日曜日)に中山競馬場で開催されたG3中山牝馬ステークスで優勝した雄太は、翌週の同じく中山競馬場で開催のG2報知杯弥生賞でも優勝した。
「雄太、重賞獲りまくりだな」
「へへへ。何か上手く噛み合ってるって感じなんだよな」
帰りの新幹線で隣に座った純也がハンバーグ弁当を開けながら話す。
「そういう時あるよな。でさ、春さんはどうなんだよ? 予定日過ぎただろ?」
「ああ。まぁ、予定日ってマジで予定だからさ」
頬袋に食べ物を詰め込んだリスの
ような顔をした純也は、少し上に視線をやりながら考えている。ゴクリと口の中の物を飲み込むと幸せそうな顔をした。
「直樹先生が中山まで来てなかったって事は金曜日以降に産まれた訳じゃないんだよな」
「だろうな」
「呑気だな。中山に着くのとレースが終わる時間を計算して、東京に向かわなかっただけかも知んねぇだろ?」
「ん〜。けどさ、携帯に着信はなかったぞ?」
中山競馬場から新幹線の駅に向かうタクシーの中で、預けていた携帯電話の電源を入れた時に確認したのだが、それらしい着信はなかった。
雄太は重賞を勝った自分へのご褒美として勝ったステーキ弁当の中に入っていた人参を純也の弁当箱に放り込む。
「って事は、まだ産まれてないんだな」
「新幹線降りたら、また電話してみるよ」
純也はそっと雄太の弁当箱からステーキを一切れつまもうとして、箸で抵抗されて拗ねた。
「何で見えてんだよ。今、前向いてたじゃねぇかよ」
「見えてるし、ソルの考えてる事なんて分かってるからな?」
「チェッ」
ふくれっ面をしてる純也の弁当箱に今度はステーキを一切れ放り込んでやる。
「雄太っ‼ 雄太っ‼」
「なんだよ?」
「俺のハンバーグがステーキ産んだっ‼」
人がたくさんいる新幹線内で爆笑する訳にもいかず、雄太は必死で笑いを堪えていた。
新幹線が京都駅に着いてから雄太は自宅に電話をしてみた。
『もしもし』
何コールかして出たのは春香だった。
「春香、俺。まだ家にいたんだな」
『雄太くん、お疲れ様。今、どこ?』
「京都駅に着いたところだ。もしかしてまだっぽい?」
『今日って感じはないかな? とりあえず気をつけて帰ってきてね』
「ああ」
電話の向こうは静かだ。子供達はもう寝たのだろう。
早く帰って抱き締めたいなと思っていると、純也がニヤニヤとしながら顔を覗き込んできたので、雄太は黙って足を思いっきり踏みつけてやった。
「ただいま、春香」
「雄太くん、おかえりなさい」
両手を広げた雄太に春香はそっと抱きつく。雄太は腹に手を当てた。
「パパが帰ってくるまで待っててくれたんだな」
「そうかも。寝ちゃってるのかも知れないけど、動きがないんだよね」
「え? それって産まれる前の奴?」
「まだ判断出来ないな」
「いつぐらいから?」
「え? んとね、八時ぐらいからかな?」
「ん〜。判断難しいな。とりあえずサッパリしてくるよ」
「うん」
雄太が風呂に向かうと、春香は静かになった腹を撫でる。
(寝ちゃってるだけかな? それともパパが帰ってくるの待ってたのかな?)
今夜だろうか? それとも明日だろうか? と雄太も風呂に浸かりながら考えていた。
(いつでも病院に行けるように、荷物とか確認しないとな)
バシャバシャと湯で顔を洗う。出来れば明日中に産まれてくれないかと思いながら風呂を出た。
風呂から出た雄太はリビングに戻り春香の部屋を覗いた。タブルベッドの上には俊洋が大の字になって眠っていた。
「あれ? 悠助は?」
「土曜日から二階で寝てるんだよ」
「そっか……。なら、俺俊洋と寝るよ」
「え?」
「もし夜中とかに陣痛がきたり、破水しても直ぐ対処出来るだろ?」
「うん」
雄太の優しい言葉に春香は嬉しくなり腕を絡みつけスリスリと甘えた。
「入院準備のバッグは?」
「ソファーの横に置いてあるよ」
「よし。じゃあ、俺の財布とキーケースはリビングボードの上に置いておくな。あ、着替えを取って来ておこう」
張り切って準備をしてくれる雄太が夫で良かったなと思う春香だった。




