884話
9月8日(日曜日)
阪神競馬場 11R 第47回朝日チャレンジカップ G3 15:45発走 芝2000m
まだまだ暑さが残っていて、日向にいると汗が滲んでくる。雄太は青く晴れ渡る空を見上げた。
(あつぅ……。馬には辛い暑さだよな)
馬は基本暑さに弱い。少しでも直射日光を避けてやりたいが、日陰が少ない馬場ではどうしようもない。
手を伸ばして鬣を撫でてやる。
「暑いよな。走り終わったら、水浴びさせてもらおうな」
雄太はそう言って、ヘルメットをかぶっている所為で額に滲んでくる汗を拭った。
(今日も暑いんだよね。外だと本当に暑いんだろうけど、雄太くんしっかり水分補給してるかな? 斤量とか気にして水分控えてたりしてないかな……)
雄太なりに考えているのは充分理解はしている。それでも心配になるのだ。あえて訊きはしないが。
(私って心配症……? あんまり心配するのって重いかな?)
テレビの前でポンポンを振り回して応援している子供達の背中を眺めて、少し考え込む。
子供達の意思を尊重して、危ない事や非常識な事以外はなるべくやらせたいとしているのは、心配症ではないなと思う。
(外でキャンプしてた凱央達を見守っていたのも心配症? ん〜。自分じゃ判断出来ないなぁ〜。お父さんは心配症……だよね。お母さんに相談してみようかな?)
そんな事を考えながら、視線をテレビに移した。
輪乗りを終えて、雄太は1番ゲートに入り、他馬がゲートインをするのを待つ。大きく息を吸い込んだ瞬間、ゲートが開いた。
先行する二頭のペースにのまれてしまわないように、程よい距離をとった中団に位置取った。
先頭を走っている二頭とは十馬身以上離れてしまっているが、内ラチ沿いを焦らず、離されないようにペースを考えながら進んでいた。
「パパぁ〜。がんばれ〜、がんばれ〜」
「パーパ、パーパぁ〜」
「パッパ、ガンバエ〜。パッパぁ〜」
雄太が馬込みの中にいても、しっかり雄太だと分かっているようで、子供達は一心不乱に雄太を応援していた。
(雄太くんっ‼ 頑張ってっ‼)
春香も精一杯応援をする。画面の中、雄太は少しずつ順位を上げようとしているように見えたが、多くの馬が周りにいる状態は変わらず3コーナーを過ぎ4コーナーに差し掛かった。
直線コースに入れば馬群はバラけると信じている。そして、前を走っている二頭の馬はいずれ疲れて落ちてくるだろうと予想して、後続馬の邪魔をしないようにしながら外に馬を持ち出した。
前が開けば後は遠慮なく全速力で駆ければ良い。
隙間を抜けた雄太の馬がグングンと加速をし始めると大きな歓声が湧き上がる。
「雄太くんっ‼ 後少しっ‼ そのままっ‼」
「パパぁ〜っ‼」
「パーパっ‼」
「ガンバエ〜、ガンバエ〜」
ポンポンを振り乱し、足を踏み鳴らして声援を送る子供達と、両手を握り締めて応援する春香の願いが通じたのか、残り百メートルで先頭に立った雄太は一着でゴール板を駆け抜けた。
「おかえりなさい」
「ただいま、春香」
子供達はピョンピョンと跳ね回っている。
「パパ、かっこよかったぁ〜」
「パーパ、イチバンダッタ〜」
「パッパ、パッパ」
雄太は膝をついて三人まとめて抱き締めた。
「応援してくれてありがとうな」
「うん」
「オメデトウシヨウ〜」
「オメエト、パッパ」
小さな応援団の頭を順番に撫でていく。凱央も悠助も俊洋も、どこか誇らしげだ。
「よし。じゃあ風呂に入るか」
子供達はキャッキャとはしゃぎ、脱衣所に駆けていく。その後ろを歩きながら春香の手をギュッと握った。
「あれ? 春香、手温かいな? お湯使ってた?」
「子供達が冷麺が食べたいっていうから、麺を茹でてたの。ずっとコンロの前にいたから体がポカポカしてるんだよね」
「うちのチビ達は冷麺好きだな。もう九月なのに」
「だよね」
そう言った雄太も冷麺は好きだ。彩り良く盛り付けられた冷麺を見ると、暑さでバテている時もなぜか食べられるのだ。
食欲がなくて体力が落ちないように考えてくれている春香に感謝をしている雄太だった。




