870話
七月に入り、夏競馬に伴う遠征の時期がきた。
いつもなら雄太の遠征の時は淋しい事もあったが、尚道が遊びに来てくれて子供達は楽しそうだ。
今年は純也達もあちこちの競馬場に行く事が多いと言っていた。
『遠征が終わったら、春さんの飯をたらふく食いたいっす』
目をキラキラさせた純也はそう言って遠征に出かけて行った。
リビングでボードゲームしていた凱央と尚道に昼寝から覚めた悠助が近づいていく。
「トチオニイタン、ナオニイタン」
「ゆーすけ、おきたの?」
「なに?」
「アシタ、プールデキユ?」
「プール?」
「プールかぁ……」
凱央と尚道は良いのかなという風に春香を見た。リビングの隅で洗濯物をたたんでいた春香はニッコリと笑う。
「良いよ。じゃあ、大きいほうのプールを準備しておくね」
夏と言えば水遊びだろう。暑い日があればなおさらだ。
喜ぶ悠助の頭を凱央と尚道は撫でる。お兄ちゃんの顔をしているが、二人も水遊びは大好きだから嬉しそうだ。
(ふふふ。本当の兄弟みたい)
ワイワイと盛り上がる三人のところに、寝起きの俊洋がトテトテと近づいて、なぜか尚道に抱きついてそのまま眠ってしまい、一瞬の沈黙の後爆笑している姿は雄太達の姿とダブってしまった。
(雄太くんと塩崎さんが小さい時って、こんな風だったんだろうな)
理保が時折、雄太達の子供の頃を思い出すと言っていたのが分かってしまった。
翌朝、午前中にウッドデッキにブルーシートを引き大きなプールを広げた春香は青い青い空を見上げた。
「マーマ、プール〜」
「マッマ、マッマ。プーユ」
リビングで遊んでいた悠助と俊洋が、猛ダッシュで窓に近寄り嬉しそうに手を叩く。
「今からゆっくりお水を入れれば、凱央達が学校から帰る頃には遊べるよ」
「ワ〜イ。オモチャトッテキテイイ?」
「うん」
春香が頷くと、悠助と俊洋は手を繋いで風呂場に向かっていく。そして、手に持てるだけのオモチャを抱えてくる姿は凱央が小さい時と同じだ。
少し水の溜まったプールにプカプカと金魚達が浮かんでいる。
(雄太くん。今頃、お昼ご飯かな? もしかするとお昼寝してるかも)
キラキラと陽射しを反射する水面を眩しそうに見た後、昼食の準備に取りかかった。
「雄太ぁ〜。雄太ぁ〜。一口くれよぉ〜」
「うるさい。暑苦しい。くっつくな」
「ゆうたん、冷たい……」
小倉へと遠征に出ている雄太と純也は、競馬場近くをアイスを食べながら歩いていた。
「ゆうたん言うな。そもそも、アイスを両手に持って歩くのが悪いんだろ?」
「俺には、バニラとチョコを選べなかったんだ」
「……俺のはストロベリーだが?」
「だから、ひ・と・く・ち」
「断るっ‼ お前は一口って言って、全部食うだろうがっ‼」
純也の手にあるのは二本のアイスの棒だけ。バニラとチョコを両手に歩いていて、暑さで溶けてきていた上に、横断歩道を走って渡ったものだから無残にも道路にアイスを落としたのだ。
買いに戻るのも面倒だがアイスは食べたい純也はゆうゆうとアイスを食べながら歩く雄太にすり寄った。
一口といって丸ごと食べられた事がある雄太がOKする訳もなく、雄太はわざと大きな口を開けて残りのアイスを口いっぱいに頬張った。
「の゙ぉ〜っ⁉ 俺の……ストロベリーちゃん……」
「ングング……。あ〜、美味かった。誰が、俺のストロベリーちゃんだよ。お前の愛しいバニラちゃんとチョコちゃんは、道路で蟻ん子と仲良ししてるだろうが」
雄太は手にしていたアイスの棒をフリフリと純也に見せながらニヤリと笑った。
「雄太のケチぃ〜。いじめっ子ぉ〜」
「……お前は小学生かよ……」
そんな二人のやり取りを少し後ろから聞いていた後輩三人が堪らず吹き出した。
雄太と純也が振り返ると、後輩の一人が手に持っていたビニール袋を背後に隠した。
「お……、お〜や〜つ〜っ‼」
「うひやぁ〜っ⁉」
「おいっ‼ ソルっ⁉」
かけ出した後輩と追いかける純也が駆け込んだのは宿舎だ。
後輩を押し倒した瞬間を鈴掛に見つかり、久し振りにゲンコツを喰らった純也だった。




