871話
7月29日(月曜日)
今日は小倉からの遠征から雄太が戻ってくる。
朝から春香かワクワクとしていた。
(早く雄太くんに会いたいな)
そんな事を思いながら、理保と二人で庭で野菜の手入れをしていた。
「凱央は尚道くんのお家の畑に行ってるのね」
「ええ。ご自宅で食べたりする用の畑があるそうで、そこで育ててる夏野菜の収穫をさせてもらうそうですよ」
「農家さんの畑ならご自宅用っていっても大きいんじゃない?」
「前に尚道くんを送っていった時に場所を教えてもらったんですけど、ご自宅用とは思えないぐらい広かったですよ」
「でしょうね〜」
楽しそうに笑う理保は農業とは縁がなかったが、慎一郎と栗東に家を構えてから家庭菜園を始めた。
今も芝生の庭の片隅でのプランターで野菜を育てて楽しんでいる。
「トマトや茄子もですけど、凱央はトウモロコシの収穫を楽しみにしてるって言ってましたよ」
「トウモロコシの収穫なんて、中々経験出来ないもの。そりゃ、楽しみでしょうね」
理保は尚道の家のほうを見てニッコリと笑った。ただ、やはり尚道の祖父母の考え方は気になっていた。
(やっぱり、競馬関係者への偏見ってなくならないわね……。分かっていた事だけど……)
慎一郎が現役だった頃と比べれば少しは偏見も減ってきていた。それは分かっていたが、やはり年老いた人々の凝り固まった考え方はどうしようもなかった。
「今回の野菜の収穫も尚道くんが言ってくれたんです。畑のお手伝いもしてるみたいで、一緒にやってみたいって」
「あら、畑のお手伝いしてるの? 本当に尚道くんは良い子ね」
春香と理保が枯れた葉っぱや要らない脇芽の手入れをし、抜いた雑草などをゴミ袋に入れていると、プランターの近くで虫を捕まえたりしていた悠助と俊洋がふいに玄関のほうに向かって走っていく。
「え? 悠助? 俊洋?」
春香が顔を上げ振り返ると真っ白なTシャツを着た雄太が笑って立っていた。
「パーパ、オカエリ〜」
「パッパ、パッパァ〜」
悠助と俊洋がピョンピョンと雄太の周りを跳ね回っている。
「雄太くん。おかえりなさい」
「ただいま」
麦わら帽子を脱ぎながら春香は雄太に近寄り、そっと差し出された手を握った。
結婚して何年も経つのに新婚かのような初々しい二人を見て、理保はニッコリと笑った。
(ふふふ。春香さん甘えるのが苦手って言っていたけど、ちゃんと甘えられてるのね)
普段しっかりと母の顔をしている春香が、雄太の前だと可愛い顔をしている。幸せの証しだなと理保は思った。
カラカラと氷の音がダイニングに響く。ゴクリと麦茶を一口飲んで雄太はフゥと息を吐いた。
「やっぱ、家が一番だなって思うよなぁ〜」
「そう言ってもらえるのが一番嬉しいよ」
久し振りに会えた雄太にテンションが上がりまくった悠助達ははしゃぎ疲れたようでリビングで並んで昼寝をしている。
本来なら昨夜に戻ってくる予定だったのだが、雨が激しかった為、公共交通機関に遅れが生じもう一泊してから帰る事にしたのだ。
「雄太くん。帰って早々悠助達の相手をして疲れたでしょ? マッサージするね」
「ああ。とりあえず肩と腕を頼めるか?」
「うん」
春香は立ち上がり、雄太の後ろに立った。
ゆっくりと肩に手を当てて揉みほぐしていく。
「あ〜。やっぱり春香のマッサージがないと、疲れはとれないな」
「結構こってるね」
「自分でほぐしたりしてるんだけどな。ストレッチも欠かさないようにしてるんだけど」
「自分じゃ限界あるからね」
手が届かない部分や届いても力が入り難い部分をマッサージするのは無理がある。
「あぁ〜。そこ、効くなぁ〜」
「だねぇ〜。固くなっちゃってるし、集中してやるね」
黙って雄太の肩を揉み続ける春香と目を閉じてマッサージを受ける雄太の間に流れる優しい時間。
慎一郎宅の軒先に吊るしてある風鈴が時折チリンチリンと良い音が鳴っている。
(スッゲェー幸せな時間だ……)
レースの張り詰めた空気感も堪らなく好きではあるが、自宅での穏やかな時間があればこそ頑張れると雄太は改めて思った。




