867話
「ママ。あのね、あした尚くんが家にあそびにきたいんだけどだいじょうぶですかって」
「そう。家に来てくれるのね。尚道くんのお父さんとお母さんも知っててくれてるのかな?」
「うん。パパとママがいいよっていわないとダメってやくそくしてるもん」
凱央と尚道が一緒に遊んだり宿題をしたりするようになってから、お互いの家庭で取り決めている事を伝え合っていた。
お互いの家に生き来する時は事前に伝える事。宿題がある時は宿題を優先する事。どちらかの家でやるのはOKとする。遊ぶのは夏は六時で、冬は四時までに家に着くように。遅くなる時は電話で連絡する事。
尚道の母親は春香からの提案をキョトンとした顔をした後、両手で春香の手を握り思いっきり笑って了承してくれた。
「鷹羽さん、ありがとう。同じような考え方をしててくれて嬉しいわ。……で、これは尚道には内緒の話なんだけど……」
「はい?」
尚道の祖父母は、やはり古い考えの持ち主で『競馬関係者とは付き合うな』と言ったそうだ。
それは理保が雄太と春香の交際を始めた時に心配していたのと同じだった。『公営ではあってもギャンブルの関係者』という根深い偏見だ。
「私、鷹羽さんの御夫婦を見ていて、そんな偏った考え方は必要ないと思っていたの。凱央くんは礼儀も勉強もしっかりしてるって感じたから」
「あ、ありがとうございます」
人懐こい笑顔で話す女の子同士といった感じで手を握り合う。
「昔からの考え方が全部悪いとは思ってはいないの。でも、凝り固まってしまっては進歩はないって、私もだけど主人も思ってるのよ」
「そうですね。私も、そう思います」
職業や家柄だけを見て判断する事はしたくない。ちゃんと自分の目で見て判断したい。
二人の母親は、お互いを認めあった。
「古い考えの人を変えていくのは大変だろうと思うわ。でも、諦めて良い人間関係を蹴飛ばすような事はしたくないの。私も……そして、尚道の将来の為にも視野は広く持っていたいの」
「そうですね。私もそう思います」
深く深く頷いて、尚道の母親は笑った。
「私、尚道に感謝しなきゃ」
「え?」
「だって鷹羽さんと知り合えたんだもの。ただの保護者だとかじゃないお付き合いが出来ないかしら?」
「良いんですか? 旦那様のご両親と……」
春香が気になるのは当然だ。夫の両親と同居しながら、その意向に背く事は、何らかの軋轢が生まれるのではないかと考えたのだ。
東雲でも、他の従業員と無駄な軋轢を避けていた春香が気にするのは当たり前だった。
「確かにそうよ。でも、私がここで引いたら尚道の将来に関わるわ。我が子の為なら、どんな困難にも立ち向かうわ」
母親としての強さを目の当たりにした春香は、真っ直ぐに前を見た。
「これから、私の事は彩葉って呼んでくれると嬉しいわ。私も春香さんって呼ぶから」
「はい。よろしくお願いします。彩葉さん」
二人は両手を握り締め、子供の為に頑張ろうと誓った。
「へぇ〜。尚道くんのお母さんと友達になったんだ?」
「うん。凄く前向きな人なの。雄太くんと同じで、新しく変えていくべき事に向かって頑張る人だよ」
子供達が寝静まったリビングで夫婦水入らずの時間を楽しむ。
初めての女性の友達と言える人が出来たと言った笑顔の春香を抱き締めた。
「凱央のおかげで、私も良い人と出会えたって思ってる」
「そうだな」
嬉しそうに彩葉の話をしながら春香は雄太の胸に頭を預け甘える。
(春香に友達かぁ……。もしかして、人生初めての友達……? ソルの時と違って、お互いを認めあって自然に出来た友達って事だな)
子供同士を介しての友達と言うより、もっともっと強く結びついた関係に思えた。
「世間の皆さんみたいに『ママ友会』とかしたりする感じじゃないの。私は悠助達の面倒をみなきゃいけないし、凱央を乗馬に連れていかなきゃならないしね。雄太くんが帰ってくる時間には家にいたいのもあるし。彩葉さんだって畑仕事や家事があるからね」
嬉しそうに話す春香が幸せそうで、雄太も嬉しくなり、春香の髪を撫でながら抱き締めていた。




