1027話
4月26日(月曜日)
雄太は春香と子供達と一緒に休日の根岸厩舎へと訪れていた。
週末、インポータントデイは雄太と共に天皇賞春に出場する事になっているからだ。
正式に騎乗依頼が来たと報告した時に、満面の笑みを浮かべた春香に両手を握り締められ、子供達の期待に満ちたキラキラと輝く目に見詰められてしまった雄太は、我慢する事なく目一杯吹き出してしまった。
(全くもう〜。春香と子供達はどれだけ馬が好きなんだか)
そうは思ったが、騎乗依頼をもらうと同時にインポータントデイに会わせてやりたいからと許可を取った雄太である。
「デイ〜」
毎回、微かにでも春香の声がすると前搔きをするインポータントデイに存在を気づかせないように、根岸厩舎の遥か前から春香は一言も言葉を発しなかった。
その所為で、春香が名前を呼ぶとインポータントデイの耳はピンッと立たせて首を思いっきり伸ばした。
「久し振りだね」
春香が鼻面を撫でようと伸ばした手に唇を寄せてハムハムとした。
「ふふふ。くすぐったいよ、デイ」
春香が笑ってゆっくりと唇も鼻筋も撫でてやると、もっともっとという風に顔を春香のほうへと寄せている。
雄太はゆっくりと子供達を連れて馬房前に歩いて来た。
「相変わらず甘えん坊全開だな、お前は」
呆れたように言う雄太をチラリと見て、インポータントデイはスイっと春香に視線を戻した。
「おまっ! 可愛くないぞっ!」
「本当に……相変わらずですね……。ブフフ」
当番の厩務員は肩を揺らして笑っている。
苦笑いを浮かべている雄太に、子供達は視線を投げかけた。『早く撫でたい』という意味だと分かっている雄太はニッコリと笑った。
「もう少しだけデイをママに甘えさせてやってくれ」
「は〜い」
「ウン。マツ〜」
「ハ〜イ」
悠助と俊洋と美理愛は揃って右手を挙げて返事をする。
「パパ。デイ、ピカピカだね。ちょうし良いんだね」
少しずつ馬の事が分かるようになってきた凱央はインポータントデイの調子が良い事に安心したように言う。
「ああ。調子が良い上に、ママに頑張れって撫でられたらデイは頑張るぞ」
「うん。天のう賞の春はちょうきょりだから乗るほうも大変だよね」
「そうだな。パパも息が切れるな。体力作りをしっかりしないと駄目なんだ」
雄太は息子と騎乗について話が出来る事が嬉しかった。
(これからもっとこう言う会話が出来るんだよな。酷しい世界だって教えたつもりだけど、凱央はやっぱり騎手になりたいんだよな)
しっかりとインポータントデイを見詰めている凱央の顔は真剣そのものだ。
「それじゃ、子供達にも撫でさせてあげてくれる? また後で撫でてあげるからね」
春香が手を離しても催促がそこまで激しくなくなった事で、子供達に場所を譲る為にインポータントデイの馬房前から体を避けた。
雄太は悠助を抱き上げてインポータントデイを撫でさせてやる。
「デイ。てんのうしょうがんばるんだよ」
鼻面を撫でられてインポータントデイは返事をするかのように悠助の手をハムハムとした。
「じゃあ、次は美理愛な」
「ウンっ!」
雄太に抱き上げられた美理愛はニッコリと笑ってインポータントデイの鼻筋を優しく撫でた。
「デイ、ガンバッテネ」
初めて馬に触れた時よりも、ずっと優しくゆっくりと撫でる事が出来るようになっている。これも成長したという事なのだろう。
勝手に馬房の中に入る事もなく、ジッと撫でさせてもらうのも待っていられるのも成長だ。
「よし、次は俊洋だ。よく待てたな。偉いぞ」
「ウン。ボクモ、オニイチャンダモン」
雄太は笑いながら小さなお兄ちゃんを抱き上げる。
「デイ、デイ。オウエンスルカラネ。ガンバルンダヨ」
俊洋が鼻面を撫でると、雄太の横に凱央が立った。
「デイ。ぼくもおうえんするよ。大変だけど最後までがんばって」
背が伸びて抱き上げる事も要らなくなった凱央に、インポータントデイは少し顔を下げて鼻面を凱央の顔につけた。
インポータントデイも凱央の成長を感じたかのようだった。




