【十】 影魔法
乱戦の様相を呈してきたディドリク達と暗殺隊の交戦。
それを少し離れた藪の中から観察する男達。
ルーコイズとその側近、ショーヴンとフルク、それにジャスペールからのメッセンジャーとしてやってきていたコーニーとルーニーが控えていた。
「分断はなんとかうまくいっているようだな」
ルーコイズはそう言ってショーヴンとフルクに準備をさせる。
「黒いのと赤いのは分断できたようです。あとはあの短髪メイドと、チビですな」とショーヴン。
黒いのとは、ブロムのことだろう。
彼は今、恐るべき剣士ティルと対峙して、動くに動けない状況になっていた。
赤いのとは、おそらくメシューゼラ。
その周りに三人の魔術師が次々と詠唱を唱え、炎弾を、氷刃を、風刃を放っていた。
詠唱の時間差を利用した遠距離攻撃のため、メシューゼラはこれを振り払いながらも、どんどん消耗していく。
ペトラには二人の剣士と魔法使いが当たっている。
剣士の一人は大剣を持ってスキをうかがい、もう一人は毒を塗った細い長剣を振り回している。
そして二人の背後から魔法使いがスキをうかがっているという配置だ。
ディドリクは二人組の攻撃に手を焼いていた。
「分断はできてるが、いつ崩れるかわからん。チャンスは一瞬だと思え」
そう言ってルーコイズはショーヴンとフルクに準備させる。二人の周囲に、黒い影が広がっていく。
「その一瞬でディドリクをしとめられればベストだが、二人の妹、どちらかでもよい」
そう言って、戦況を見つめていた。
平衡が崩れたのは、まずディドリクと二人組の戦い。
刃つき円盤を投げつけてくる前方の男。
その動きに慣れてきたディドリクが、何度目かの攻撃のあと、ともに飛行術で飛びあがった。
ノルドハイム空陣隊のような、高く、長く、飛び続けられる魔術ではなかったが、跳躍程度なら可能だったので、その男の攻撃を回避した後、跳ねた。
円盤を相手にするのではなく、投げた男を相手にしたのである。
空に跳ね上がった男は円盤の回収に神経を奪われていたため、目の前にディドリクが現われたことに驚き、バランスを崩す。
そこを捕まえようと腕を伸ばしたディドリクを見て、後ろ側の槍を持った男が、突き上げた。
槍の柄が男の術によって伸びあがり、ディドリクを狙う。
しかし何度かこちらの槍も躱せていたので、こうなることは予想しており、伸びてくる槍の刃の根本、柄の先をつかむことができた。
柄をつかまれたことを察した男は振り払おうとするが、その暇を与えず、ディドリクが電撃を放つ。
「ギャッ」という言葉を発して、後方の男が絶命し、倒れる。
円盤を回収していた男がそれを見て体制を崩すと、さらに別の敵が上から飛来してきて、切り裂かれた。
「おまたせー!」
明るい声で舞い降りたのは、戦闘直前にディドリクが呼んでおいたヘドヴィヒ・メヒター。
細く、しかし長い長剣を振り回しながら、戦陣の中に飛び込んできたのだった。
「あれが法術師の助っ人か」
こうつぶやいたのち、ルーコイズはさらに潜んでいた部下に命ずる。
「アビューギ、スラーヴォ、行け!」
ルーコイズと戦場との間にいた二人がヘドヴィヒ目指してとびかかっていく。
上半身に鉄鎧をつけた男アビューギが片手に長剣を持ち、ヘドヴィヒに躍りかかる。
二人が激しく打ち合う中、もう一人のスラーヴォと呼ばれた男がディドリクに打ちかかる。
この二人と二人の戦いに、視線が少し動いた。
ルーコイズが目で合図を送り、待機していたショーヴンとフルクが影の中に消えた。
馬車の前で防御結界を貼りつつ、情勢を見ていたアマーリアに、強い殺気が襲い掛かる。
結界を張っていたのに、その結界の内側、アマーリアの背後に突如黒い影か出現する。
振り返ろうしたアマーリアの足首をその影の中から伸びた手がつかむ。
すると今度はそ背後に影の中から男が立ち現れて、後ろからアマーリアの口元に布を押し当てた。
アマーリアはその布に、なにか強烈なものがしみこませてあるのを嗅覚で感じるが、それは一瞬のこと。
瞬く間にその匂いが脳に到達し、意識を失っていく。
だが失神するそのまさに一瞬、念話でディドリクとメシューゼラに言葉を送った
「たすけて!」
「アマーリア!」とディドリクが、影の中にさらわれていく妹の姿を見て声を上げた。
その声を聞いて、ペトラも同様にそちらを向くが、その瞬間に毒剣の使い手に、脚を斬られた。
だが、相手が自分も得意とする影魔法を使ったのを見て、足の痛みに耐えながら、ペトラもまた影の中に沈む。
漆黒の闇、黒い影の中の世界。
沈み込んだペトラは、右前方に、二人組の男がアマーリアを攫って行くのが見えた。
まるで水中を泳ぐように、そちらに迫ろうとするが、足の痛みで速度が出ない。
だが二人はまだ気づいていないのか、影の中の速度としては、かなりゆっくりと進んでいる。
ペトラは音もなく迫り、背後からアマーリアの足首を押さえていた男に切りかかった。
当たった!
まさか影の中で襲われると思っていなかったその男は、アマーリアから離れ、ペトラに向き合う。
そしてもう一人がアマーリアを抱えて、今度は速度を上げて逃げていく。
ペトラもそちらを追おうとするが、残った男が立ちふさがり、できない。
脚を斬られた男が針のような剣を突き立ててくるが、大腿部深くに負った傷の痛みからか鋭さはなく、難なくよけられてしまう。
ペトラも毒剣は食らっていたが、傷としては深くなかったため、毒が回りきる前に、その男を切り捨てることができた。
だが、そこで限界である。
浮上し、影の外へと戻る。
太陽の下に出たペトラだったが、毒の痛みに顔をしかめ、そこで失神した。
この状況がディドリク達全員に動揺を与え、押されていく。
ディドリクに合流しようとしたメシューゼラが、誰かに脚をつかまれたような感覚になった。
足元を見ると、そこには白い粘液が絡みついている。
ルーコイズがメシューゼラ目掛けて粘弾を放ったのだ。
だがルーコイズはメシューゼラには目もくれず、コーニー、ルーニーを従えて、まっしぐらにディドリクの元へ飛んで行った。
「氷斬剣!」
こう言い放つや、ルーコイズの右手が一閃し、白く巨大な氷刃が現われ、ディドリク目掛けて突っ込んでいく。
ディドリクと剣を交えていたスラーヴォが、それを見て咄嗟によける。ディドリクもまたよけようとするも、間に合わない。
剣を出して弾こうとしたが、真っ二つに折られてしまった。
だがその隙にギリギリの幅で氷斬剣を躱すことができた。
しかし次は?
ルーコイズが獲物をしとめたような顔になり、再び右手を振るう。
だがこのとき、ルーコイズは低くうなるような音が迫ってくるのに気づかなかった。
サン・ルカ市街、ポロネツ地区、パトルロの屋敷。
その広間でロベールが留守居をまかされているところに、黒いしみのような影か広がり、やがてその中から子供を抱えたフルクが現われた。
「ロベール様、分断作戦は成功しました。王族の末姫を捕獲しました」
そう言って、フルクは、アマーリアを床に下ろした。
妖香を吸わせた「魔酔薬」で、アマーリアはぐったりと眠りこんでいる。
「して、法術師は?」
「まだわかりません。私が去った時には互角以上に見えましたが」
ロベールはすぐにフルクにアマーリアを地下室の小間に運ばせ、台座に乗せ、鉄格子を下ろした。
そして、パトルロの書斎より持ち込んだ封術紙を腕、額、脚、背中と、ペタペタと貼り付けていく。
そしてひときわ長い封術紙を全身に巻き付けて、手首と足首からひも状にして垂らしている。
「それは?」
フルクが尋ねた。
「封術紙と言ってな、思念型の魔術を封印する術式を記したものだ。この銀髪妹の方も法術師の可能性があるからな」
とロベールが答えたものの、少し不安そうではある。
「もっとも我々は法術について、あまりに知るところが少ない。これでどの程度封じられるか」
と、つぶやくようにもらす。
「フルク、おまえはこいつの見張りを頼む。間違っても触れるんじゃないぞ。お婆の配下が何人も法術師と目を合わせただけで催眠状態に落とされたらしいからな」
フルクはその言葉を聞いて、ビクッとなった。
ロベールは、まるで不気味な怪物でも見るような視線で、失神して眠りこけているアマーリアを見つめていた。
戦場ではルーコイズの暗殺隊が、終局に向かっていた。
アマーリアが拉致され、ペトラが毒剣に倒れ、メシューゼラがルーコイズの粘弾で動きを封じられている。
ブロムは恐るべき剣士の前で身動きが取れず、ヘドヴィヒは多くの魔術師、剣士に取り囲まれていた。
そしてディドリクが今まさにルーコイズの氷斬剣に切り刻まれようとした刹那、それはやってきた。
「うわ、なんだこれは」
森の方角から、無数の虫群が飛来し、ルーコイズを襲った。
今まさに氷斬剣を打ち出さんとしたルーコイズの動きが止まり虫の塊の中から逃れようとする。
虫の群れは、さらに大量に森の中から襲ってくる。
アビューギ、スラーヴォ達にも襲い掛かり、戦いどころではなくなっていた。
「引け! いったん引け!」
ルーコイズの合図とともに、暗殺隊は陣を解き、退散していく。
だがその中には数人、虫に囲まれたまま絶命している者もいた。
「毒虫...?」
小さな羽虫のような、有毒の毒虫の大群、もしや、と思い、ディドリクが虫を操る者を目で追っていると、
「王子様、あぶなかったね」
そう言って、虫の中から一人の少年が現われた。




