【十一】 虜囚
「ロガガ!」
虫群の中から現れた少年を見て、ディドリクが叫んだ。
やはりあの毒虫の群れは、ムシゴの民のはぐれ者、ロガガが操っていたのだ。
帝都でジークリンデに拒絶され、袂を分かった毒虫使いの少年は、3年以上の時を経てもそれほど印象が変わっていなかった。
「久しぶりだね、助かったよ、ありがとう」
そう言って近づこうとするが、ロガガは茂みの方へ向かい、
「僕としてはペトラの方が気になる」
と言って、藪の中で気を失っていたペトラを抱き起した。
「それほど深い傷じゃないけど、毒剣を使われたみたいだ。誰か治癒術を使える人はいませんか」
「僕がやろう」
そう言ってディドリクはペトラの足に治癒術を施す。
毒の吸出しこそできなかったが、毒が入った血管が細かったこともあり、大事には至らず解毒できた。
だが、ディドリクの頭の中には、連れ去られたアマーリアのことでいっぱいである。
焦れながらやったこともあり、返って時間がかかってしまった。
「王子...姫が攫われました。すみません」
意識を取り戻したペトラが放った第一声。
ディドリクはそれを聞いて、ようやく自分を取り戻すことができた。
自分だけが焦っているんじゃない、と。
ペトラもまた、アマーリアが目前で連れ去られたこと、しかも自分と同質の魔法によって連れ去られたことに責任を感じていたのだ。
ペトラの顔は、申し訳なさでいっぱいである。
だがそうは言っても事態は急を要する。
ゆっくり大使館に戻って、などと悠長なことはしていられないので、急遽動くことにした。
一同、疲労の色が濃いため、自分一人で決行しようと考えたが、ブロムが
「私もお供します。あの男と決着もつけたいですし」
と言うと、ヘドヴィヒが
「私もです。でもヴァルター様もお呼びしていただけた方が」と言う。
この3人で潜入しよう、と思っていたら、メシューゼラが怒りの声を上げる。
「兄様! アマーリアは私にとっても妹なの!」と詰め寄ってくる。
アマーリアもまた、ディドリクと同様、大切なものを奪われた、その悔しさと焦りでいっぱいなのだ。
でもさすがにペトラは負傷の度合いが大きいため、大使館で静養させるため、連絡要員として、ヨーンにも来てもらうことにした。
笛の音により飛来したヴァルター、そしてヨーン。
ヨーンにペトラの看護のためと言うと、フネリックの大使館までの移送を頼み、ついでに連絡も言伝た。
飛行術と言うのは、人ひとりくらいなら運べるらしい。
残ったヴァルターがディドリクとヘドヴィヒから話を聞くと、
「そりゃ急いだ方が良いだろうな」
と言って、自身も参戦の意思を示す。
「殿下に来ていただけると安心です」
「ヘドヴィヒがそう言うってことは、相当の難敵なんだな?」
「恥ずかしながら」
それを聞くと、ヴァルターは満面の笑みを浮かべて
「久しぶりに僕も暴れられるってことか」
と言い出すではないか。
「ヴァルター、教皇領で騒ぎを起こすのはちょっと...」
ディドリクが少し鎮めにかかるが、ヴァルターはようやく好戦民族王族の本性をむき出しにしてきた。
「心配するな、ディドリク。どのみち暗殺隊とかホルガーテ王国は滅ぼすべきだ、という点で、父上、兄上とも意見は一致している」
などど物騒なことを言い出す。
「しかし君の言い分もわからんでもない。君たちはノルドハイムの人間ではないからね。ここが教皇領だ、ということはちゃんと意識して戦うから」
いや、ここは教皇領であると同時にジュードニア王国領内でもあるのだから、という言葉を、ディドリクはなんとか飲み込んだ。
「で、場所はわかってるんだよな?」
ヴァルターがディドリクに聞くと、ディドリクも知った経緯は言わずに、ポロネツ地区の名前を出す。
そちらへ進路を向けると、
「当然それだけの戦力を持ってきたってことは、暗殺隊も幹部クラスが来ているんだな?」
ヴァルターの問いに、ディドリクが
「瑠璃宮五芒星第二席、というのが来ているらしい」
と答える。
それを聞いてヴァルターが「瑠璃宮か」とつぶやく。
「あそこは秘密会議がいろいろと行われているらしいからな」
そこで情報交換。
ディドリクはこれまでの抗争の中で、背後に帝都瑠璃宮なる存在がいるらしいことを伝え、ヴァルターは帝都の組織形態を伝える。
瑠璃宮なる存在は副都ベルシノアにあり、そこでは秘密組織や秘密会議などがホルガーテ王国の内閣によりなされている、と。
「ホルガーテ王国と戦争になれば、その瑠璃宮はまず第一に滅ぼさねばならんところだな」
ヴァルター王子、やる気満々である。
ポロネツ地区、帝都文法学院ならびに教皇領文典学院教授パトルロの屋敷。
そこでは毒虫攻撃により這う這うの体で逃げ帰ったルーコイズ達の姿があった。
パトルロ配下第一の魔術師・ロベールはこれを見て渋い顔をしていた。
「たった5人相手にこのザマですか、ルーコイズ殿」
帝都瑠璃宮のトップ・ゲム直属のルーコイズの方が、ゲム主催の五芒星第二席ペトルロの配下であるロベールより格が上なのだが、ついこう言ってしまった。
ルーコイズはギロリと睨みながら、
「5人じゃない、向こうもムシゴの民を一人雇っているようだ」とつけ加える。
ロベールもつい感情的になってしまったことを反省し
(それにしても六人になっただけですな)
と言い出してしまいそうなのをグッとこらえた。
そこへバトルロが二階から降りてきて、一同を見まわし
「御苦労だった」とねぎらいの言葉を出す。
「だが、やつらはこの場所目掛けてやってくるようじゃな」
とも付け加えると、何人かはギョッとした顔になる。
「ここで迎えうってもよろしゅうございますか?」
ルーコイズが、うかがうようにパトルロを見る。
「できれば避けてほしいが...やむをえんか」
続いてルーコイズはフルクの姿を認めて
「あのディドリクの妹拉致には成功したんだな」と聞く。
「はい、下で監禁しています」
「で、ショーヴンはどうした?」
「それが...やられました。影の中で」
「むう、向こうにも影魔法の使い手がいる、ということか」
しばらく考えた後、ルーコイズは指示を出す。
屋敷に到達する前に迎え撃つ。
ポロネツ地区の入り口にある公園にほぼ無傷で残っているグレゴール隊と、雇ってきたムシゴの民を配置。
公園の前方にコーニー率いる武闘隊を配置。ここにはスラーヴォ、アビューギが含まれる。
公園と屋敷の間にルーニー率いる魔術師隊。ルーコイズはここに入る。
「ロベール殿は引き続き、屋敷の警護をお願いできますかな」
こう言ってニヤリと微笑みかけるが、目は笑っていない。
「もちろんだ。私の配下もここで守備につく。今度はしくじるなよ」
こちらも鋭い目つきでにらみつける。
階下の広間が騒がしくなっているのに気づいたパトルロの孫娘、ギルベルタは、階段から身を乗り出して様子をうかがっていた。
政府の重要な機密がからんでいるので口を出すな、と常日頃からパトルロに言われていたため、眺めているだけだったが、どうにも不安な気持ちが抑えられない。
広間から大半の人間が出ていき、その後、祖父とロベールが数人の配下とともに残ったのを見て、ゆっくりと降りていく。
パトルロはいかにも疲れた、と言った感じで書斎に身を引く。
本来ならギルベルタもそちらへ行くべきだったのだが、ロベールの顔が青いのを見て、ロベール達の後をこっそりついていった。
地下室。
石畳の階段を下っていくと、一本の回廊があり、それを境にして3対の部屋がある。
階段を降りた一番手前、最も小さな部屋の奥に、アマーリアが転がされていた。
ロベールは弟子のペドロ、妖術師ノトラ、ノトラの弟子ロパとともに、アマーリアを確認しにきた。
扉の中、さらに鉄格子で区分され、その向こう側に、アマーリアがいた。
封術紙でグルグル巻きにされ、床の上に横たわっている。
詠唱をさせないために口に、そして眼術を使わせないため顔の上半部を封術紙で覆っているため、表情がわからないが、恐らく目覚めていることだろう。
ロベールはノトラから、法術師によって彼女の手下が次々と倒され、あるいは催眠をかけられて無意識にしゃべらされてしまったことを聞いていた。
ノトラは占術で、自分の配下の断末魔を見ていたという。
それを聞いて、一瞬の視線で術をかける法術師に、嫌悪感と恐怖を抱いていた。
見たところ幼い少女にしか見えないアマーリアの姿態も、ロベールには恐ろしい怪物が化けた姿のように見えていた。
「とはいっても、わしが放った者を倒したのはこやつの兄で、こやつではないのじゃがな」
ノトラはそう言うが、もしこの娘も法術師だとすると、その力は同質か、限りなく同等だろう、と言う。
従って、その姿態の幼さなどは、何の意味も持たない。
魔物や怪物がいたいけな少女に化けている、あるいは悪魔が乗り移ったかのような少女が惨事を引き起こす。
そんな昔話もいくつか聞いていたロベールである。
用心深く、近寄っていく。
「こいつがそんなに恐ろしい法術師なんですかねえ」
だがロベールよりも早く、彼の弟子ペドロがアマーリアの頭髪をつかんで引き上げ、目隠しの紙を取った。
「バカ! 死にたいのか」
ロベールがペドロを殴りつけて、後ろに下がらせる。
「ロベール殿、不意さえつかれなければ、儂が封印防御しますゆえ、多少ならば目を出さしても大丈夫かと」
「む、そうか」
少しきまり悪そうにロベールが下がる。
できるだけ目を合わせぬようにして、アマーリアを観察するロベール。
全身に封術紙を貼られ、さらにその上から、封印紋が記された長い紙で覆われた小娘をじっと見ている。
もぞもぞと動かすそのからだの動きさえも、何か魔術の詠唱を行っているのではないか、と考えてしまう。
「こんな気味の悪いのは、さっさと殺してしまった方がいいのに」
「まあまあ。ルーコイズ殿が生かしておられるのは、人質としての使用も考えておられるのではないか、と」
ノトラはそう言うが、こんな不気味な術者は早く殺してしまいたい気持ちでいっぱいのロベールである。
ロベールはどうしたものかと、その剣を持って、アマーリアの前でぐるぐる回していた。
その時である。
「ダメよ、ロベール」
と言って、後ろの扉から、ギルベルタが勢いよく入ってきた。
ギルベルタはロベールとアマーリアの間に、割って入るようにして立ち、
「こんな小さな女の子に、貴方はいったい何をしようとしているの!?」
いささか不意をつかれたかっこうになったロベールとペドロは、何かを言いかけようとするが、ギルベルタがまくしたてる。
「おじいさまのお仕事の関係かもしれないけど、こんな年端もいかなそうな女の子を縛りあげて殺そうとするなんて、人間のすることじゃないわ!」
いや、ギルベルタもアマーリアとそんなに歳は変わらないようなのだが。
ともかくそう言って、ギルベルタはアマーリアを縛っていた封術紙をピリビリと破き始めた。
「お嬢様、見かけに騙されちゃいけません、この娘は恐ろしい法術師と言って」
「だいたいこの子がなんで震えているのかわからないの! トイレにくらい行かせてあげなさい! それともここでさせる気なの!」
ロベールは一瞬固まってしまった。あの動きは魔術動作じゃなかったのか?
ノトラがくっくっくっ、と笑いをかみ殺している。
「さすがのロベール様もたじたじですのう」
「それではお嬢さまがついていってもらえますかの」
ノトラは柄にもない笑顔を浮かべて、アマーリアをギルベルタに預ける。
「ただし、この娘は我らに敵対する身ですので、どうかこの紙のはしっこだけは握って、逃げないようにして下され」
そういって、長紙の片方をギルベルタに託した。
トイレは地下室にもあるため、ノトラは二人にロパという中年女の弟子をつけて、トイレに送り出した。
「心配なさるな、あの長紙さえ残っていれば、たいていの魔術は封じられるはずです」
3人が出ていった後、ノトラにこう言われたロベールだったが、それでも安心できずにいた。




