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魔法博士と弟子兄妹  作者: 方円灰夢
第五章 氷の王国
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【二】 招待状

翌日、主としてガラクライヒ王国で購入した土産物などが、フネリック王国代表団から宮中、あるいは廷臣たちに配布された。

ディドリクも寝具類を離宮に持ち込んで配布する。

その後、メイド、侍従たち、特に寮に入り泊まり込みで勤務している者たちに配布された。

文化大国ガラクライヒの品質なるがゆえに、特に毛布類は喜ばれた。

季節はまもなく冬。

寒さが迫ってくることもあって、持ち帰った毛布、夜具類はことのほか評判が良い。


「若、かようなものをいただいて、なんと御礼申し上げてよいか」

メイド頭のグランツェがメイド、侍従一同を代表して謝意を述べる。

「もう冬だしね、食べるものよりこういうものの方がいいかな、と思って」


部屋に戻ると、アマーリアは既に夜着に着替えて、毛布の中に潜り込んでいる。

「あったかーい」

ちょこんと頭だけ出して、こっちに笑顔を向けている。

あれから優しい笑顔に戻った妹。

いや、帝都出発以前よりも優し気な表情になっている。


「サイズはどうだったかな、見せてくれるかい?」

すると毛布から這い出るように出てきて、のふのふ、とベッドの上を歩いてきて、縁にぽとん、と腰かける。

南方羊の毛皮で編まれた夜着がぽってりと似合っていて、まるで小さな子羊が歩いてきたかのよう。

色は茶褐色に染められていて、小動物感が出ていた。

頭からずっぽりかぶる貫頭衣型で、ひざ下まであり、両腕は少し長めなので、掌を内側に入れていると猫のようでもある。

ディドリクがその傍らに座ったので、

「うふふ」と言いながら、もたれかかるように身を摺り寄せてくる。

「ほんとだ、あったかそうだね」

「これで毛布に入ると、靴下とかはかなくても十分暖かいの」と嬉しそうに言うではないか。


「さすがはガラクライヒの有名店だな、身長と年齢、肩回りを言うと、すぐにそろえてくれたんだ」

着替え用も合わせて色違いで4着買ったのだが、サイズがあわなかったらどうしよう、と少し心配だったのである。

毛布の方も厚手の仕上がりで、にもかかわらずそれほど重くもなく、保温効果が高い。

これまでこういう贅を尽くした寝具は王宮と言えどもなかったので、例年より快適な冬が送れそうである。

だいたい遠出した時には、王宮への土産は貯蔵用の干し肉とか酒だったのだが、今回は冬用の寝具にしてみた。

思った以上に好評だったので、ディドリクも一安心。


「兄様、お願いがあります」

寝台に腰かけてよりそいながら、アマーリアが甘えてくる。

「帝都のお話が聞きたいです」

「帝都よりも、ガラクライヒ王国の方が楽しかったかな、ゼラなんか、服屋にへばりついて動かなかったんだから」

と言いつつも、帝都で起こったあらましを語っていく。

シシュリーや暗殺隊の一件は伏せようかと思ったれど、王族としてアマーリアにも関わってくるかもしれないと思い概要を語った。

ただし、約束もあったのでシシュリーの名前は伏せて「善意の密告者」としておいたのだが。

「怖いです...兄様、無事で良かったです」と言いながら、兄の左腕にぎゅっとしがみついている。

それでもメシューゼラが男装のジークリンデと踊り、会場の注目を集めていた下りなどは、瞳をキラキラさせながら聞き入っている。

「ゼラ姉様、すごい」

「今度アマーリアもゼラに、踊りやステップを教えてもらおう」と言うと、

「はい」と珍しく力強く返事するのだった。


実際メシューゼラの踊りは成人式前の年齢にも関わらず華麗で、満座の賞賛を浴びていた。

あれほど赤髪が美しいと思ったことはなかったほどだ。

ジークリンデのみならず、ガラクライヒやジュートニアの王族とも舞ったことを伝える。

「私も見たかったです、ゼラ姉様の踊り」

「ジークリンデ様も最初はいやがっていたのに、最後にはメューゼラだけは異民族でも認める、と言ってくれたんだ。

だからもうすぐノルドハイム王国から、なんらかの名目で僕とアマーリアに招待状が来る。

その時にメシューゼラも同行するように、というジークリンデ様からの言葉なので、たぶん三人で一緒に行けると思うよ」

「楽しみです...、でも」

「でも?」

「私も行っていいのでしょうか」と不安げに兄の顔を覗き込む。

「最初、メシューゼラを連れてノルドハイム王国の宿舎へ行くと、ヘルベルト王太子殿下が『なんだ、アマーリアではないのか』と言われたんだ。

向こうは、ノルドハイムの血を引く僕とおまえに来てほしいみたいだよ」

「そうなんですか」とまだ不安な表情が消えないので、

「ずっと一緒にいるよ、だから安心して」と言って、軽く肩を抱きしめると、

「はい」と言って目を閉じる。



妹を寝かしつけたあと、ディドリクが階下へ降りていくと、ペトラが玄関口を掃除していた

「ぺとら、慣レタカイ?」とアルルマンド語で話しかけてやると、

「王子様」と顔を輝かす。

どうやらガラク語での応対がうまくいかず、困っているらしいとのこと。

ただメイド同士ではいろいろ教えてくれるのでうまくやっているらしいのだが、

「奥方サマガ怖イデス」と漏らしてしまう。

ノルドハイムの王族は、彫像のように彫りが深く美しいのだか、それゆえに冷たい印象を与えてしまう。

実際ジークリンデがペトラを見て「この女は連れてくるな」と言ったときの表情など、慣れていないと冷酷そのもののようにも見える。

ましてや、ノルドハイム王国は、帝国内でも第一位と言っていい軍事大国であり、貴族以上であれば男女の別なく幼少時より軍事教育を受ける。

四大選帝王国の中では最も人口が少ないからでもあるのだが、女性と言えども剣士であり、戦士である。

もう一つの軍事大国、東方のオストリンデがどちらかと言えば集団戦、騎馬戦に秀でているのに対して、ノルドハイムはもっぱら個人戦を好む。

フネリック王国は、人種としてはガラクライヒ王国のガラク人に近く、そこから最西辺に伸びてきて建国されたのが始まりである。

だがマレーネが現国王に嫁してきてから、ノルドハイムとのつながりも強まってきて、うまく立ち回っていると言える。

もっとも鉱山の権利についてボロが出かかったように、経済関係についてはそれほどうまく立ち回れてはいないのだが。


「本人の前では言わないでほしいけど、母はノルドハイム王国の出自で、最後の日に会ったジークリンデの叔母にあたる人なんだ」

と説明すると

「ワタシ、嫌ワレテイルカ?」と心配げ。

「母は母国よりこの国を良くしたいと思っているので、たぶん違うと思うよ」と言っておく。

ガラク語が理解できているかどうか少し心配だったが、なんとか通じているようである。

「だから北方へは連れていけないけど、この地にいる間はペトラの力はあてにしているよ」

話しながら、ディドリクはそろそろ「呪い」の詳細と、暗殺隊のことを、王族全体で共有しておくべきかもしれない、と考えていた。


翌日早朝、見知らぬ老婦人が来訪してきた。

なんでもディドリクが帝都に行っていた間に父王が雇ったアマーリアの家庭教師らしく、ホルベルク夫人だと言う。

学術教養については既にディドリクが王立学院中等科程度のところまで教えていたので、もっぱらマナー関係。

許可をもらってディドリクも見学させてもらっていると、アマーリアは少しやりにくそうだったが、それでもホルベルク夫人の話術が巧みでうまく進んでいく。

この日はテーブルマナーで、フォークやナイフの使い方等、日常的なことが主流だったが、

「これはフネリックでのマナーで、他国ではまた少し変わってきます」と言っていたのが印象的だった。

ディドリク自身は母や父について学んでいたけど、マナーが異なる土地もあるらしい、ということで、さすがは父王が探してきた人物だけのことはある、と感心していた。


一通りこの日のレッスンがすむと、ディドリクがガイゼルに連絡を飛ばして、兄妹会議を開催することになる。



久しぶりの兄妹会議。全員で五人。

事情を知るイングマールにも同席してもらい、第一離宮、イングリッド家の客間で開催された。

イングマールに参加してもらったのは、ガイゼルの呪いを解除したとき現場にいた一人であることや、帝都行にブランドや外相とともに同行してくれていたからだ。


ガイゼルが、いつも以上に「外に漏らさぬように」と注意して、まず呪いの一件について話し始める。

ガイゼルにかけられた衰弱の呪い。

王家の男子ばかりを次々に葬っていった恐るべき悪意。

そしてそれが意図的になされたことと、その実行犯、およびその排除。

その背景に、謎の暗殺隊が存在していたこと。


ほとんど初めての情報ばかりだったメシューゼラは恐怖に戦く。

情報源を伏せながらも(シシュリーとの約束だったので)帝都のある一派が暗殺隊を組織していることを伝える。

その目的は、小国を弱体させて併合し、とある王国が第五の選帝王国たらんと目論んでいること、などを伝える。

「いくつか予測も入ってるけど、だいたいわかっているのはこのあたり。

ただし、ホルガーテ王国が国全体でこの陰謀を計画しているかどうかはまだ不明なんだ」

とディドリクが伝え、小国に放たれた暗殺隊はまだ健在だろうし、同様の暗殺を他国でも引き起こしている可能性などについても伝えた。


「四大選帝王国については大丈夫だと思うけど、密偵が入り込んでいる可能性もある、ということは、肝に銘じておいてほしい」

ガイゼルがしめくくったあと、メシューゼラが不安げに言う。

「このこと、お母様に言ってもいいの?」

言いたい、というよりも、どうしていいかわからない、という不安げな様子である。

「とりあえず伏せておこうか」とガイゼルが言う。

「秘密にするのではなく、伝える時は正確に伝えたいので、僕の方から言いたいんだ」と。

そして同時にそれは、イングリッド、マレーネの両妃についても同様だった。


「ゼラ、君の家には男児がいないので、一番安全だと思うよ」とディドリクが付け足すものの、かなり怯えているメシューゼラだった。



一週間後、ノルドハイム王国から正式に招待状が届いた。

名目に悩んでいたようだったので、参加するにしても、大した要件ではあるまい、と思っていたディドリク。

しかしその名目というか、招待理由を聞かされて、吃驚仰天。

なんと、現国王ベルンハルト四世が退位し、ヘルベルト王太子が正式に国王として戴冠する、というのだ。

しかもさらに、招待状の名宛が、ディドリク、アマーリア、メシューゼラの三人を名指しにしていたのである。


「驚くことのほどでもないでしょう」

王宮でこの話を聞いたディドリクが母に伝えると、マレーネは平然と言い放った。

「ノルドハイムでは生前退位はごく普通にありますし、私が輿入れする前から既にベルンハルト四世は衰弱しておりました」

(自分の父を名前で呼ぶのか)と思いながらマレーネを見つめるディドリク。

「名書きがあなたなのですから、堂々と胸を張って行ってらっしゃい」ともいう。

「母上はやはり行かれないのですか?」と尋ねると、

「私の名前はありませんからね」と、これまたごく当然のように答える。


かくして、帝都に続き、ディドリク一行は、北の選帝大国ノルドハイム王国へ、戴冠式の使節団として出発することになった。

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