【三】 リュカ
「ええ? 私も行くのですか?」
声を上げたのは、普段アマーリアの身の回りを世話をしてくれていたメイドのリュカ。
場所は第二離宮の客間。
来訪したエルメネリヒ王、ガイゼル王太子とディドリクが、ノルドハイム王国派遣団の人選をしている場。
そこに呼ばれたリュカに、アマーリア付きのメイドとして同行してほしい、と頼んだときだった。
「嫌かな、もちろんリュカに拒否権はあるのだけど」とガイゼルが言う。
「僕としてはアマーリアのためにもぜひ同行してほしいんだけど」とディドリク。
「アマーリア様のお世話をさせていただくのは嫌じゃありません、というかむしろさせていただきたいほどです、でも...」
リュカが少し間をおいて、チラチラとディドリクを見る。
「何か嫌なこと、心配なことがあるの?」と聞いてみると、
「その...ノルドハイム王国は純血主義の国と聞いてますので」とおずおずと答える。
なるほど、ノルドハイムの血を引いていないリュカは、ノルドハイムから見て「異民族に見えるのではないか」と言う不安らしい。
しかし、ペトラやベルベットのようなあからさまな南方系の容姿でもない。
髪こそ薄いブルネットだけど、地域によってはこれでも金髪と主張できないこともない。
それでもやはり純血主義の国というのは怖い。ましてや軍事国家である。
「リュカ、心配ありません」と、それまで部屋の片隅で聞いていたマレーネが口を出す。
「陛下、失礼します」と断ってのち、続ける。
「あなたを雇ったのは私です。
私はノルドハイム王家の出自でしたが、あなたに不快感や嫌悪感を感じたことなどありません」
「はい、マレーネ様には雇って頂き感謝しております、でも先のディドリク様のお話を伺って、怖くなってしまったのです」
先の話というのは、おそらく帝都でジークリンデが「ペトラを連れてくるな」と言った件だろう。
王宮で話したことも、離宮に戻ってから、アマーリア同様、母やメイド、執事たちにも聞かせていたのだ。
「ジークリンデはまだ二十歳にも満たぬこどもです。
公私の場歩をわきまえず、自分の感情を出しただけでしょう
私的な場で不快な視線を向けられる程度のことはあるかもしれませんが、あなたの身に何か及ぶなど、考えられません」
少し間をおいて、エルメネリヒ王が話す。
「私がマレーネと挙式する前にノルドハイムへ行ったが、その時にも従者の中に南方系の者もいたが、何の問題もなかった」
そしてディドリクの方を見つつ
「もし万一にでもそなたに危害が及ぶようなことがあれば、王子が責任をもって対処する」
ディドリクも続けて言う。
「身分としては、僕の従者扱いと言うことになる。
だからもしリュカに何かあったら、それはフネリック王国への侮辱となる。
些細なことでも危険を感じたら、僕を頼ってほしい。全力で守るから」
これを聞いて、リュカが快諾の意を見せてくれた。
「ディドリク王子様、ありがとうございます、身に余るお言葉です。
フネリック王国使節団の一員として、ということですから、全力でお勤めさせていただきとうございます」
派遣団にはこの他、外相、イングマール、そしてメシューゼラのメイド・ノラなどが決まった。
アマーリアとリュカ以外は、ほぼ帝都派遣団と同じである。
出発前日、ディドリクは自室でベクターを呼び出し、ある相談事をしていた。
「帝都での善意の密告者によると、暗殺隊の目的の中に、法術の滅亡、もしくは独占があるみたいなのです」
帝都での概要を語った後、ディドリクはベクターに告げる。
「その、善意の密告者、というのは信用できるのか?」と問うベクター。
「はい、おそらく。
その人物との約束で名と素性は上げられませんが、僕が法術家であることも、初対面以前に知っていました」
「なるほど、その人物の言うことが正しいとして、汝はどう動く?」
「そのことで、少し相談があるのです」と切り出すディドリク。
まず、その暗殺隊の背後関係を知り、その行動を防ぎたい。
可能であればその暗殺隊を殲滅してしまいたい。
同時に帝国全土に散らばる法術家に警告を発したい...が、これは無理かもしれない。
ただ、暗殺隊のもう一つの目論見、ホルガーテ王国が第五の選帝大国ならんと欲しているのをつぶしたい。
どこまで情報交渉ができるかわからないけれど、そのためには四大選帝王国には足を運ばないといけないかもしれない。
当然暗殺隊の妨害が入ることが考えられるので、僕自身の戦闘隊を作っておきたい、など。
「何人か候補を考えてはいるのですけど、可能であればベクターも加わってほしいのです」
少し考えるそぶりを見せた後、ベクターは受け入れてくれた。
「よかろう、法術家を狙っているのであれば、我としても他人事とは言えぬしな」
「移動は可能でしょうか」とディドリク。
「問題ない。あの遺跡に常駐していたわけでもないしな」
「僕としては、法術の件とともに、対ホルガーテ王国の問題もありますので、人員の中には法術家でない者も含まれます。
そういった者たちとも行動をともにしていただけるでしょうか」と重ねて問うと、
「ふむ、まあ相手次第ではあるが、文法家に敵対する者でなければ、特にいがみあうものでもない」
「わかりました。ありがとうございます。
この度のノルドハイム王国使節派遣が終わりましたら、考えているメンバーと交渉し、残る三つの国々へも訪問しようかと考えています」
出発当日。
帝都派遣団よりも人員が増える。
馬車隊の手配も完了した。
招待状には、陸路でなく海路であれば船団を手配する、とも書いてくれていたのだが、考えた末、陸路を選んだ。
フネリックの北には大洋が存在し、フネリック王国にも貧弱ではあるが漁港がいくつか存在している。
東へ向かえばコロニェの教会領だが、そこから東進するのではなく北へ向かうと海に面してキンブリー公国という小国がある。
さらに北へ向かうとノルドハイム王国という地理で、その間、ずっと海に面して北上する。
従って陸路でも行けるのだが、海路の方がはるかに速い。
ただ時期が冬であること、海路経験者がほとんどいないこと、などから、陸路を選択したのだった。
ディドリク自身も船旅には興味があったが、幼いアマーリアを連れての移動であることを考え、陸路を良しとしたのである。
帝都に行ったときよりはるかに多い馬車隊で、式典も含め、前後二か月が予定された。
寝台馬車はもちろんであるが、それとともに毛布類を積んだ貨物馬車の数も増量されている。
決して経済的に裕福とは言いかねるフネリック王国としてはかなりの部隊。
それでも騎士隊の数は帝都行のときと大差なく、馬車隊を多くさくがゆえに、王都の守りである騎士隊からはあまり多くを動かせなかった。
まずはコロニェ教会領へ入るが、今回は北方への旅なので主邑である教会へは立ち寄らず、北辺通過のみを申請していた。
荒涼たる海岸地帯を西に見て北上する、景色の変化が少ない旅路である。
王家の馬車にはディドリクとアマーリア、それにリュカが乗り込み、他愛のない話に興じていた。
「ノルドハイム王国自体には興味があったのです」とリュカが話し始める。
「氷の宮殿とか鏡の城とか言われるシュネーグロッケ城の美しさは、旅行記で読んだことがありますから」
「お城が美しいの?」とアマーリアも食いついてくる。
「はい、もちろん私も今回が初めてですけど、旅する人は皆、その宮殿の美しさをほめたたえています」
(母上は何もない寒いだけの国と言っていたな)と思い出し、ディドリクも興味をひかれていく。
(ひょっとするとお城しかほめるところがなかったからなのか、ほんとに美しいのか)と考えながら。
馬車隊は無事コロニェ教会領を過ぎ、数泊重ねながらキンブリー公国に入る。
公国はノルドハイムの衛星国で、公用語キンブリー語もノルド語の方言のようなものなので、北の王国に近づいた感じになってくる。
キンブリー公国も首都キンメルが内陸にあるため立ち寄らず、海岸沿いを北上していく。
「そういやリュカは母上に雇われたって聞いたけど、どういう経緯なの? 差しさわりががなければ教えてくれないか」
とディドリクが話を向けると、
「私とヴィヴィアナは雇ってもらった、というより、引き取っていただいた、かもしれません」
と語りだす。
「ちょうどお嬢様が生まれた頃に、人手が足りなくなるから、ということで、私たち二人を孤児院で指名していただいて」
と言いかけて、ディドリクが驚く。
「え? でもリュカは弟のこととか母親のこととか言ってたよね?」と尋ねると、
「あれは孤児院でのことです。養ってくれた先生を皆、ママ、と呼んでましたので」
(そういえば、アマーリアが生まれた頃だったっけ、リュカが来たのは)と思い出しながら、話を聞く。
「最初は分担とかも決まってなくて、グランツェにいろいろ教えてもらいながら、なんとなく私がお嬢様、ヴィヴィアナが奥様担当になっていきました」
アマーリアも聞いたことがなかったらしく、興味津々で聞いている。
「選んでいただいた理由は、あとでうかがいますと、ちゃんと人の話が聞けるからだ、とおっしゃっていただきました」
(孤児院というと、フネリック商業街区のはずれにあるアレだろうか、それとも他国かな?)と思いつつ聞いていると
「奥様は最初ものすごく怖かったですけど、叱るときにはちゃんと理由を言ってくださいましたし、今では感謝しかありません」
「リュカは今、18だっけ?」と聞くと、微笑みながら、
「若、いかに王子様でも、女子の年齢を聞くのは少し躊躇してくださいまし」と言いつつ、
「生年月日が正確ではないのですけど、だいたいそのくらいかと」と答えてくれた。
延々と海岸横を進む行程。
ある夜、寝台馬車での野宿となったとき、メシューゼラとノラがディドリク達の寝台馬車へやってきた。
リュカが出発時に少し怯えていたことを聞いたノラが
「ディドリク様がついていらっしゃるのですから、全然心配ありませんよ」とリュカに話しかける。
「それに、ノルドハイムは確かに恐ろしい国ですけど、マレーネ様の血族に対しては親近感を持たれておいでのようでしたし、私たちに危害が加わるとは考えられません」
「ゼラもジークリンデに気に入られたみたいだったし、ね」とディドリクが言うと
「そうかなぁ、だとしたら嬉しいけど、そうかなぁ」
と、メシューゼラは心配そうな口ぶりなのに、なぜかにやけてしまっている。
「ジークリンデ様って、すごくかっこいいの、美女だけど、かっこいいって感じかな」
とアマーリアに熱弁をふるっている。
「今回の戴冠式はヘルベルト殿下が主役だから、令嬢でもあるジークリンデ様も正装で出られると思う」とディドリクが付け足す。
「あの男装もステキでしたけど、正装となるともっとステキなんだろうなぁ」とメシューゼラがいささか夢見心地。
兄妹同士、メイドたち同士の交流も交えながら、馬車は北の大国へ入っていく。




