清水と日向
夜の世界の組織に難点があるとするならば人材確保である。
どこに能力や優れた力を持つものがいるかなど分かったものではないのだから。
組織の構成員たちの仕事の一つが人材のスカウトである。一般的な企業のように採用を大々的にやるわけではないから、一人一人探してスカウトするしかないのだ。
スカウトが途切れればそこでその組織が衰退することが決まる。
片手間で常時行う仕事の一つであるが、最も大事な仕事の一つなのだ。
いつ人材が途切れてもおかしくはない中で長期間その組織として存続しているのが特諜局である。
彼らはその難点を克服するために、創始者である清水と日向の子孫を特諜局を動かすための最低限の人員とするとした。血が繋がっているからといって必ずしも何かしらの能力を継ぐわけではない。後継を子孫とすることは惰性にもつながりうる。それでもその道を選んだ。
惰性にならぬように、彼らを長に据えないこと、目印となるように日向か清水の姓を名乗ることを定め、人材育成システムを考案した。
具体的には、時代の変化についていけるように、幼き頃から教育を一通り受け終わると十二、三より働きはじめ、三十代くらいまでで現場を全てまわす。そしてその頃になったら引退して教育を施す側になると言うことだ。
組織に関わる全体人数に対して実際に組織を運営している人数をかなり絞ることによって有事にも余裕を持って対処できるようにすること。
若いものたちで運営させることで時代に乗り遅れず最先端を保ち続けること。
経験豊富なものが一人一人にあった教育を施すこと。
それらのメリットによりこのシステムが採用された。
だから彼らのほとんどは小学校に通わず独自の教育を受ける。中学以降は彼らの意思に応じて学校に通うかどうかを決めさせることになっている。独自の教育システムでは自分でその判断をできるようにすることも含まれる。その程度の判断ができないようでは仕事は務まらない。
当然だろう。
一般的な新卒の何十倍もの能力を十二、三で必要とされているのだから。その教育についていけないものはいないのかと疑問にも思うだろう。
当然の疑問だ。
しかし、どの路線で役立つのかについては彼らに決まりはない。彼らにとって最も得意とすることを最大限にまで伸ばしてそのあとでどのように生かすのかを考えるのがここの教育方針だからだ。
そのために一人の子供に何人もの大人がついて一生懸命に考えてその一人を伸ばす。
彼らの才能に対してそれを活かせない大人が悪いと言うのが基礎的な考え方だ。
サボっている、できない、それらは教えられる側が悪いのではない。彼らができないのは教える側の責任である。そうして手をかけて育てれば質の高くなるのは当然の帰結。こんなに手間をかけて育てることなど一般の教育機関には無理な話だから彼らが劣っているわけではない。ただ手間と人手をどこよりもかけて、その一人を生かすための方法を考えるから結果が出るだけのこと。当たり前なのだ。
特諜局の人材育成ポリシーは「力の使い方を考えろ」である。
ここには二つの意味がある。
一つ目は権力だ。特諜局は多くの権力を持つ。国会での決定事項をひっくり返すほどの権力だって持ちうる。しかし「伝家の宝刀は抜かないからこそ価値がある」から抜かないことによって威厳を保ち脅しとしての効果を発揮し続ける。権力を濫用するような人間が特諜局にいては困るのだ。かといって必要な時に物怖じして使えない人間も不要だ。それこそ破滅へと導いてしまうだろう。つまり、権力をここぞと言う時にのみ使える人間でなくてはならない。
二つ目は能力だ。世襲制で勤めている人も多いから必ずしもその能力が特諜局向きとは限らないし、趣味趣向の範囲がそこに当てはまらないかもしれない。そうでなくともスカウトでここに勤める人もその能力が特諜局に向いているとも限らない。能力は戦闘に使える能力のみではない。その能力をどういった形で活かしていくのかを自分で考えていける人間であること。どんな方向に長けた人でも考えてどのように生かすかを見つけ出すこと。
そうして特諜局は今日も稼働しているのである。




