shoes-21「勇者の呪いとバレたワシ」
乗り物の身体を晒すことは出来んと施設から逃げ出したワシは、後ろから物凄い速さで追いかけてくるエルフから身を隠す為、迷宮に入る。ある程度、人気のない層まで降りると、ほとぼりが冷めるまで先程の実験——呪いの検証の続きを行うことに。
先程は魔物との戦闘からまだ時間があまり空いていないせいか、分からず終いだった。だがよく考えてみれば、ワシの呪いでなければならない訳ではない。この呪いが状態異常に当たるかどうかも必要だが、まずは“状態異常遮断”の能力をワシと乗り物のどちらが得ているかを調べる方が先だと思ったからじゃ。
——数時間後、色々検証した結果から言えば、“状態異常遮断”の能力は予想通りワシではなく乗り物が得ていた。より正確に言うなら乗り物の操縦席が、だ。
例の呪いはまだ確認していないが、魔物が吐く毒や迷宮内に生える痺れ草をワシ自身が摂取してみたところ、普通に毒に侵され、普通に痺れた。だがその状態で乗り物の操縦席に座ると、何事もなかったかのように綺麗サッパリ健康な状態に戻るのだ。乗り物に乗るだけではその現象は起こらない。操縦席に座ると起こるのじゃ。お陰で毒に侵された状態で乗り物に乗っても治らなかった時は死ぬかと思ったわい。
ワシではなく乗り物が能力を得ていた事には不満は残るが、これでもし例の呪いまで遮断するのであれば、これ以上迷宮に潜らずとも済むのでかなり有難い。
だがそうなると新たな問題が発生する。それは乗り物に乗り続けなければならないと言う事だ。
「くっ……やはりアレが必要かの」
今後乗り物に乗り続けるという事は、迷宮内だけではなく日の当たる場所でも乗り物の身体を周囲に晒さなければならない。その為には……。
乗り物を素早く動かしながら迷宮の中層へと急ぐ。中層の主、ミノタウロスを狩る為だ。
迷宮者施設でエルフに魔物の一覧表を見せて貰った際、ミノタウロスの説明文には、
—— 牛の頭と人間の身体を持つ。中層の主にして、下層を目指す中で最大の難関とされる凶悪なモンスター。身の丈3メートルを超す強靭な身体から振り下ろされる巨大な斧と、図体に見合わぬ素早い動きが特徴。牛頭から発せられる雄叫びには、心身を萎縮させる効果があると思われ、注意が必要。——
とあった。
“人間”とは巨人種の別名。ミノタウロスの透き通った映像を見た限りでは確かに巨人種のオトコと変わらぬ身体をしていた。その時ワシは。これはもしや乗り物の身体に使えるのでは? と思っていたのじゃ。
だが、急がなければならない。
前回潜った時にはミノタウロスは部屋におらず、冒険者と争ったような跡があった。つまり、倒された後の復活待ちだったと予想できる。
となると時間的にそろそろ復活している頃じゃが、先程エルフが言ったようにミノタウロスの角は強壮剤として人気な為、他の冒険者に先取りされる恐れがある。
そうはさせまいと、前回の下層で倒した竜の騎士から手に入れた竜鱗をも両断する剣で眼前の魔物を一瞬で斬りはらいながら、高速で走り抜ける。
そうして中層の迷宮に似つかわしくない扉を開いた際に、無傷のミノタウロスを見つけた時にはどれほど安堵したことか。
ミノタウロスを倒し、勇者勇者とはしゃぎまくる巨人種が追ってこれんほど深く潜ったワシは、担いでいたミノタウロスを地面におろす。
「……これではまるで呪いじゃな」
乗り物の腕には未だ淡く光る“勇者の証”。ミノタウロスの雄叫びが、心身を萎縮させる効果があると書いてあったので、“状態異常遮断”が反応したのだろう。
さっそく乗り物から降りてミノタウロスに皮膚を一部切り取り、観察する。
「ふむ。思った通り、巨人種のものと似とるわい」
思ったよりもかなり気深かいが、肌の色や質感は巨人種の皮膚にかなり近い。
これは使えると意気込んだワシは、早速作業に取り掛かる。
・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
スモルがミノタウロスの皮膚をいじる少し前、ラビス迷宮の上層では、ある冒険者パーティが他の冒険者達の避難誘導を行っていた——
「みんな! これからラビス迷宮周辺で大規模な地震が発生する! 早く迷宮から退避してくれ!」
「そーだぜ! 逃げ遅れるとなんか迷宮に潰されるらしーぞ! さー急いだ急いだ!」
ラルクをリーダーとする最前線の冒険者チーム『後継者』だ。彼らは、迷宮者施設から迷宮に潜る冒険者を全て地上に戻すように指令を受けていた。
「うーっし、ここいらは全員避難したみたいだぜ?」
「だね。じゃあ次に移ろうか」
誘導し忘れた冒険者が居ないかどうか確認した後、次の層への階段を降りる一行。そんな中、攻魔師ユメがひとり愚痴る。
「それにしても、なんで教えてくれないのかな?」
「ん? ……あぁ、迷宮者施設の奴らの事か?」
「うん。だって、いきなり収集かけておいて、今すぐラビス迷宮に潜って、探索中の冒険者を引き上げさせろなんて……。理由を言ってくれたって良いじゃない。お陰で地震なんて嘘つかなきゃいけないし」
「まー確かにな。俺は金が貰えりゃ良いけどよ」
そう言いながら、親指でコインをはじくグレイ。
「はは、グレイらしいね。そこは僕も気になったけど、それくらい緊迫した状況なんじゃないかな? 迷宮者施設の中も慌しかったし」
「今まで見た事無いくらいでしたね」
「みんなはしりまわってて、たのしそうだったー!」
ラルクの意見に同意する治療師ルナと妖精のフィア。
階段を降りると、いくつかの冒険者パーティがいた。普段なら、この中層近くで見かける事がないパーティばかりだ。
「つかよ、今日なんか潜ってるヤツ多くねーか?」
「それ私も思ってたわ。いつもならこんな所まで潜るパーティなんて限られてるのに。なんでこんな時ばっかり多いのかしら」
「なぁなぁ、そこのにーちゃん! 今日ってなんかあんのか?」
グレイはその中のひとりの冒険者に声をかける。
「はぁ? って知らねーのか? 勇者だよ勇者! なんでもすっげー可愛い勇者が現れたらしーぜ! おっと、こーしちゃいらんねー。俺も急がねーと見逃しちまうわ!」
「ちょっ、おい!」
他の冒険者パーティも同様に、その勇者というのが目的らしく、足早に奥へ進んでいく。
その奥にあるのは中層の主と呼ばれているミノタウロスの居る部屋に他ならない。
「……勇者って、どーゆーことだ? ジューゾーじゃなくて?」
「……僕たちも行ってみよう」
訝しみながら奥へ進むと、ミノタウロスの居る部屋の入り口には溢れんばかりの冒険者が、中を見ようともがきあっていた。普段ではあり得ない光景だ。
割り込みながらもなんとか中に入ると、人だかりの隙間から見えたのは、戦闘中と思われる二つの人影。
一つは巨大な体躯と牛の頭を持つモンスターミノタウロス。そしてもう一つは、外套でよく見えないがおそらくは女性。それも、大人になりきっていない年頃の少女と思われる体型。対比を考えれば、瞬殺されてしまいそうな程だが、戦いの内容は真逆であった。
歴戦の冒険者数人のパーティでも倒せる者がほとんどいない凶悪なモンスターを、たった一人で善戦しているのだ。
その動きは、常人では考えられない動きと速さで、ミノタウロスの攻撃を巧みに躱しながら徐々にダメージを与えている。
「……おいおいおい、なんだよこれ。マジか? 見世物じゃねーのか?」
「……」
グレイの独り言に心の中で同意するラルク。この層で見かけない冒険者は、興奮しているのか黄色い声援を投げかけているが、他の仲間や、ミノタウロスと戦った事のある冒険者は皆唖然としている。それほどに理解しがたい状況なのだ。
とその時、ミノタウロスの猛攻を紙一重で避けた女性冒険者の左側の外套が裂ける。
「ッ!!」
ラルクは目を見開く。女性冒険者の左肩には、見覚えのある紋様が淡く光っていた。
「お、おい! あの紋様!」
「え? あれって……ジューゾウの紋様と同じじゃねーか!?」
「ジューゾウって、あの勇者ジューゾウ?」
「……て事は、あの子が新しい勇者なのか!?」
周りも気付きはじめたようで、辺りがざわつき始める。そして勇者の紋様をもつ少女は、危なげなくミノタウロスを倒すことに成功する。
「おおおおぉぉおお! 勇者! 勇者!!」
「勇者! 美少女! 勇者! 美少女!」
割れんばかりの声援を浴びせる冒険者達。
「…………」
「ラルク様?」
「らーるーくー?」
「……あ、ごめん。見てる場合じゃなかったね? 早く皆を退避させないと」
勇者の紋様には彼女達も驚いていたと言うのに、何故か冷たい視線を向けるルナとフィア。だがラルクは別の所で既視感を抱いていた。
「…… 。(あの剣技、何処かでみたような……)」
・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「はぁはぁ……。どこいったのかしら」
所変わって迷宮の低層では、一人のエルフ——ヴィアーナが彷徨っていた。
「ラビス迷宮に入ったと思ったんだけど……違うのかしら……」
正体不明の少女を迷宮者施設から追いかけて来たのだが、ラビス迷宮周辺で見失ってしまった。自身は長く冒険者を続けていた為、簡単に追いつけると思っていたのだが、少女はそれ以上だったらしい。
「ああ! もう邪魔!!」
襲い来るモンスターを小剣で蹴散らしながら進む事、数刻。一旦休憩をとるために入った空間で休んでいると、後から冒険者が現れる。
「——嘘だろ?」
「いや俺も又聞きなんだけどよ、どーやら本当らしーぜ?」
「けどよ、後継者だって辿り着いてない最下層のモンスターを一人でって……ありえんだろ」
「だよなぁ。けど、そのせいで迷宮者施設がエライ事になってんのは事実だしな——」
「……。(最下層のモンスターを? 一人で? あり得ないわ)」
人間世界の侵略の為に魔王が創ったと言われる魔創迷宮。その迷宮は深ければ深いほど凶悪なモンスターが生まれるらしい。中でも最も層が深いだろうと言われているのが、このラビス迷宮である。
そこに挑んでいる冒険者パーティの中でも最強といわれる後継者は現在地下五十層を超えているが、未だ最下層にたどり着けていない。そんな中でたった一人で最下層にたどり着き、尚且つそこの主を倒すなど、あり得るはずがないとヴィアーナは考える。
「——エライ事?」
「ああ。あくまで噂なんだけどよ、最下層のモンスターを倒すと迷宮が無くなるらしーぜ?」
「迷宮が? いやそれはねーわ」
「俺も信じてねーよ。けど、あれだけ慌ててんだからそれに近い事は起きるんじゃねーの?」
「マジか……。迷宮が無くなるってことは、モンスターも出なくなるって事だよな? じゃあ、もうここで稼げねーのか?」
「まぁそこは様子見だな。けど、一応準備はしといた方が良いかもな。メイローンでも行くか?」
「あそこかぁ〜。俺、貴族とか苦手なんだよなぁ」
「あ〜、俺もだわ——」
「……」
最下層のモンスターを倒したらどうなるか、と言う話は冒険者の中でよく話題になる。勇者がいた時など、迷宮がどうなるかを賭ける輩が後を絶えなかった。だが結局、勇者は迷宮をクリアせずに魔王だけを倒し、異世界へ帰ってしまった。謎は謎のまま残されてしまったのだ。
魔王が倒されても迷宮は残り、モンスターが生まれ続けると言うことは、迷宮を管理しているものが魔王の他にいる事になる。迷宮の管理者が深層にいるのではないかという噂もうなづける。
「……いそいで彼女を探さなきゃ」
もし本当に彼らの言う通り、迷宮の主が倒されたのだとしたら、迷宮に何が起こっても不思議ではない。そしてその何かが起こっている最中に迷宮の中に残っていたとしたら……。
危機を感じたヴィアーナは素早く立ち上がり、下層に向かって駆け出す。
幸いな事に中層までは一人でも難なく進むことが出来た。何故ならそこには多くの冒険者が潜っており、モンスターは一匹残らず倒されていたからである。
なぜこんなに多くの冒険者が中層に居ぬ ぬか分からないが、戦闘で余計な体力と時間を使いたくなかったので、感謝しつつ先へ急ぐ。
中層の主ミノタウロスも既に倒されていたようで、悠々とその下に層に降りる事が出来た。その辺りからモンスターがちらほら出始める。ちらほらと言っても一人では絶対に敵わないので逃げたり隠れたりしたお陰でだいぶ時間が過ぎてしまった。
冒険者の仕事が長い自分でさえも逃げるのに必死なのだから、あの可憐な少女がここまで降りて来るなど普通なら考えられない。
だが、自身の勘は居ると言っている。
先程から時々だが、地面……いやこの迷宮自体が僅かながら揺れているのを感じる。もしかしたら、上の層で話し合っていた“迷宮が無くなる”予兆が出始めているのかもしれない。
焦りつつも、自分の勘を頼りに道を進む。
だが、進めど進めど少女の姿は見つからず、体力もストレスもとうに限界を超えている。流石に諦めるしかないと思ったが、最後の一つと、小さな洞窟を覗いてみる。すると……。
「……!! (い、いたっ!!)」
歓喜で涙が一気に溢れる。私の勘は間違ってなかったと、諦めないで良かったと、ガッツポーズをとる。一通り喜んだ後、疲れによる幻視ではないかと疑りながら見直す。
何故、幻視と思ったかと言うと、少女はモンスターひしめく迷宮内で服を一切着ずに、“生まれたままの姿”で寝ているからだ。
だがその疑問が吹き飛ぶくらいに、美しく、可憐で、神々しい。裸だからなのか、外でみた時よりも輝きを増している気がする。見てはいけないと思いつつも目をそらす事が出来ない。
「ぐへへ……じゅる」
思わず垂れそうになったヨダレを啜りながら、普段私を見てヨダレを垂らす汚い冒険者どもの気持ちが理解できた。
もう少し眺めていたいが、迷宮の中で服を脱いで寝るなど明らかな異常事態だ。体調を確かめる為、近寄ろうとしたその時、少女の大事な所から何かが這い登り、汚れなき肌の上を歩いている。
「……ゴニョゴニョ」
胸の辺りで立ち止まると、その何かが言葉を放つ。すると愛らしい少女の無垢な口が開かれ、中から長い舌が現れる。その長い舌は、身体の上を歩いていた生き物を巻き取り、口の中に収まる。
「……。(……は?)」
意味が分からず唖然としていると、少女がゆっくりと身体を起こす。先程まで、まるで人形のようにピクリとも動かなかった少女が、生を受けたように立ち上がり、側に置いてあった服を着始める。
「……な、え? ち、ちょっと今の何!?」
わけが分からなくなった私は思わず口にだして叫んでしまう。
はっ! やってしまったと思った時には、その声に反応してビクッとなる少女の姿が可愛らしかった。




