shoes-13「入り口に辿り着く老人」
今、ワシら前に見えるのは、直視できないほどの光りを赫々と放つ『迷宮の入り口』。
……そう。
ようやく……ようやく戻ってこれたのだ。
長かった……本当に長かった……。
これをどれほど待ち望んだだろうか。
知らぬ間に迷宮に落ちてから幾数日。
思えば色々な事があった……。
巨大な魔物どもを目の前に、死を覚悟しながら酒を飲む事しか出来なかったワシ。
ネズミどもから逃げる為に大事な酒瓶までも投げ捨てなければいけなかったワシ。
ウドノタイボクで作った乗り物で、そのネズミどもに復讐を果たしたワシ。
頭の悪い元精に媚びを売るワシ。
そして、巨人種と共に目的地にたどり着いた今のワシ。
……あれほど大変だった日々が、今や懐かしく、素敵な思い出に感じるのは何故だろうか。
それは、今この美しい景色を見れているからに他ならないだろう。
こうして幸せを感じている今があるからこそ、過去の自分が懐かしく思えるのだ。
さぁ、帰ろう。我が家へ!
家へ帰り、ゆっくり風呂に浸かりながら、酒とタバコを堪能しようではないか!
そう、迷宮の入り口から溢れ出る陽射しを浴びながら、これからする事への楽しみに酔いしれていると……。
「アニキさん、おかげで無事に辿り着けました。今日までありがとうございます」
剣士が振り返り、このチームのリーダーだからなのか、代表してワシに礼を言う。
それを適当にうなづき返すワシ。
「僕たちはこれから『迷宮者施設』に向かいますが、アニキさんはどうします? 一緒に行きますか?」
迷宮者施設とは、この魔創迷宮を管理する為に国が立てた施設だ。
ワシが巨人の街にいた頃はまだそんな施設などなかったのだが、迷宮を探索した冒険者から得た情報や物を買い取ってくれるので、冒険者らとしては生活して行く上で、無くてはならない存在のようだ。
こやつらは、これからそこに向かうらしいが、ワシはそんな所なんぞに用はない。
乗り物の顔を横に振り、一緒に行くのを否定する。
「そうですか。ではここでお別れですね」
ワシの行動を理解したラルクは、別れを告げる。だが、なぜかそこから動かない。
まぁ、ではワシから出るとするか。
そう思い、入り口に向かう……
……って、いかんいかん!
すっかり忘れとったわ!
今は暗がりで気づかれておらんはずだが、ワシの乗り物の顔はウドノタイボクそのもの。
明るい場所になど出てしまったら、巨人種でないとバレてしまうではないか!
ワシは、一旦向かおうとした迷宮の入り口から、暗がりの広がる場所まで後ずさる。
すると、剣士は言う。
「……やっぱり。……そうでしたか」
ワシの行動を見て、ラルクは呟く。
今のワシの行動に、何かおかしい所があったか?
「……ラルク? アニキがどーかしたのか?」
槍の戦士も、ワシと同じ疑問を感じたのか、ラルクに尋ねる。
するとラルクは、後ろに立つ冒険者の女二人に目配せすると、グレイに向き直る。
「グレイ……。君にはずっと黙っていたが、アニキさんは…………おそらく人間じゃない」
……おい、ちょっと待て。
今の行動でワシが巨人種でないと分かったと言うのか……?
「はぁ? いきなり何言ってんだ、ラルク。頭でも打ったのか?」
「考えてもみなよグレイ。彼は、冒険者の中でも長身の君よりも大きい。装備は黒い布と黒い鎧。一見忍者の様な格好だけど、大剣を所持している事からおそらく職業は戦士。そして強い。その強さは、たぶん僕たちと同じかそれ以上だろう」
……なんかよく分からんが、この剣士はワシの見た目が変わっていると言いたいらしい。
鎧の魔物を使ってワシなりに冒険者っぽい装備に見せてみたのだが……。
「こんな彼が、今までこの迷宮にいて、誰もその存在を知らなかったなんて話、おかしいと思わなかったかい?」
「た、確かに、こんだけ強けりゃ有名でもおかしくねぇ……」
……衝撃の事実だ。
どうやらワシは、冒険者どもの中でも強者に入るらしい。だが強者にも関わらず、ワシの存在が知れ渡っていなかった事が、ワシを疑う理由となったようだ。
だが、それだけの理由でワシが巨人種でないと……?
「それに、もうひとつ。ルナ」
「……はい」
剣士は、後ろにいる治癒師に振り返る。
その女は目を瞑りながら、片手をワシの方にかざしている。そして、その手からは何やら白いオーラが滲み出ている。
魔法なのは何となく分かるが、何の為の魔法なのかは分からない。
「先程から診ていましたが……、アニキさんの胸からは生命が感じられません……」
「…………ッ!?」
ワシの代わりに驚くグレイ。
そりゃ今まで一緒にいた者が、生命が無いと言われたら驚くのも無理はない。
と言うかこの女、どうやらワシの心臓の音を魔法で探っていたようだ。
まさか治癒師にそんな事が出来るとは思わなかったが……随分と狭い範囲の魔法じゃのう!?
もう少しだけその範囲が広ければ、乗り物の頭の方に、これから家に帰って出来ることを想像して興奮している、小人ジジイの鼓動音が聞こえたというのにのう!
ま、それは良いとしてだ……。
今のラルクとルナの話からすると、
ワシは、『生命を持たない無名の強い冒険者』と言う事になる。
……つまり。
「つまり彼は『戦士の亡霊』って事になるね」
……!?
「この迷宮自体、何百年も前からあったらしいからね。今は誰も知らないけど、昔は相当名の通った人物だったんじゃないかな?」
……なるほど。あながち間違いではない。
これでも一応、巨人の街では名の通った靴屋を営んでおったし……いや、それは関係ないかの。
だがこやつ、ワシにあまり近づかんと思っていたが、そんな事を考えていたのか。
「……でもそうなると、厄介だね」
……?
「は?何がだ?」
グレイはまたしても、ワシの疑問を代弁するように質問する。
「亡霊って事は、ゴーストだよね」
「……あぁ? そーだな?」
「ゴーストは、一応モンスターの部類に入るんだよ。……で、この迷宮のモンスターは『堕階』を頻発している。……て事は——」
「おいラルク、ちょっと待て。お前、アニキがゴーストだからって堕階するとでも言いたいのか?」
「……可能性はある」
いや、ないわ!!
何故ワシが凶暴にならんといかんのだ!! と言うか、もうワシはゴーストで決まりみたいになっとるぞ!?
「…………け、けどよ」
「グレイが納得行かないのも分かる。君は彼を尊敬していたからね。確かに彼は、僕たちを助けてくれた『良いゴースト』だ。今はね」
「今は、良いゴーストかも知れないけど、もし彼が堕階したらどうなる?」
「…………?」
言っている意味が分からないと言いたげに首を傾げるグレイ。
ワシが堕階したら……か。
うむ。全くわからんな!
「……あ!」
ラルクの後ろに立つルナの横で、何かに気付いたのか目を見開くユメ。
「ユメは分かったみたいだね。そう、もし彼が堕階した場合、たぶん……いや確実に、僕らの手には終えないレベルの凶悪なモンスターと化すだろうね」
「……!?」
長い沈黙が流れる……。
つまりワシは、こやつらに堕階する可能性のあるモンスターと認識されたようだ。そして、今倒さなければいざ堕階した時に対処出来ないので、今のうちに倒そうと。そうゆう事らしい。
……これじゃよ。
これだから巨人種は好かんのじゃ。
自分らに危険が迫った時は「護衛してくださぁーい! お願いしますぅー!」とせがんできおったくせに、自らが安全な所までくると途端に「やっぱこいつ敵だぁ! 殺せぇ!」と豹変しよる。
ほんっとに、自分勝手な生き物じゃのう!
……いいじゃろう。
お主らが敵と言うなら、ワシにとっても敵じゃ。やってやろうではないか!
元精の寝ているお主らなら瞬殺じゃ!
と、戦闘態勢に入ろうとしたその時、予期せぬ者の声が口火を切る。
「だったらぁ、いまたおすしかないよね!」
一体いつ起きたのか、そう言った元精は、一気に呪文を唱える。
「……aqua:LA-goushu--kikula:LA-kahen!!」
……ッ!
ジャキジャキジャキィーーーン!
戦闘態勢に入っていたワシは、すぐさまその場から跳びのき、元精の魔法を逃れる!
……はずだったのだが、ヤツの出鱈目過ぎる速さの魔法により、すでに両足には大量の氷の槍がこれでもかと言うくらい突き刺さっていた。
く……くそったれが! 身動きが出来ん!
元精のヤツ、随分長いこと寝てると思ったが、たぬきだったか!!
そこに剣士がゆっくりと近づいてくる。
ヤバい! この乗り物は惜しいが……手放すしかなかろう!
「アニキさん……済みません!」
剣をゆっくりと振り上げたと思うと、全体重を乗せ、鋭く斬りかかる! ……が、その手をグレイが掴む。
「ラルク、悪りぃ。俺にやらせてくれ……」
「……分かった」
しばらくグレイを見据えたラルクは、振り上げた剣を降ろし、グレイに場所を空け渡す。
……なんだそのやり取りは。
いや、それどころではない! 早く脱出せねば!
グレイは超短槍を構えると、大きく叫ぶ。
「アニキィーーーーー!!! 大好きだあぁぁーーーーー!!!!」
衝撃の告白と共に突き出した超短槍は、回転を加えながらワシの乗り物の顔を貫く!
ドゥルルッッシュオ!!!!
その衝撃で首あたりまで削り取られた乗り物は、一旦仰け反るが、妖精の突き刺した氷の槍により倒れる事なく、しばらく揺れ、立ったままに沈黙する。
「……安らかに眠ってくれ。アニキ……」
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その後、冒険者どもはワシの乗り物を迷宮の外へ運ぶと、そこに巨大な穴を掘り、ワシの乗り物をその穴に沈め、その上に土を盛った。
グレイは何故か声を殺して泣いている。
……その一部始終を迷宮の入り口の影からこっそりと見守るワシ。
ふー、あぶなかったわい。
グレイがラルクの攻撃を止めていなければ、おそらくワシの脱出は間に合わなかっただろう。そうなれば、今頃ワシもあの土の中じゃった。
それにしても、あの元精め。
要らぬことをしてくれる。
さすがは楽しい事好きと言うだけあって、ワシが一番驚く所を見たかったのであろうが、まさか殺しに来るとはな……。
まぁ、ヤツ自身がとどめを刺さなかっただけマシと言うものか。
おかげで命拾いをしたわ。
その元精は、死んだはずのワシを探しているのか、あれー? あれー? と、首を傾げながら辺りをずーーっと飛び回っている。
ひょひょ。ざまーみろ。こうして生きておるわい!
そして、ワシの乗り物が埋められた墓に一礼をすると、冒険者どもは去って行った。
ラルクの肩に止まっている元精は、未だに何度も振り返りながら悔しそうな顔をしておる。ワシが生きている事は分かったが、見つけられないようだな。
前はあれほど簡単に、ワシの後ろに立ったと言うのに、寝起きは調子が悪いのかの?
あと、グレイは最後に「大事に使わせて貰うぜ」とか言って、ワシの大剣持って行った。
おい、ワシがせっかく切った超短槍はどうした?
……まぁ、もうワシには必要としない物だから、どうでも良いがの。
冒険者どもが完全に見えなくなるまで待ったワシは、隠れていた迷宮の入り口の壁から身を出し、久しぶりに地上の大地を踏みしめる。
さて、家に帰って祝い酒とでもいこうかの!
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