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三騎士  作者: 和久井暁
17/25

ティティスの回想と動き始めたた三騎士

17 初夏の思い出


 初夏のグレグナは、夕方に降る通り雨のせいか、朝方から昼間に掛けて、霧に包まれる事がよくあった。

 ティティスが始めてココットを見かけたのは、まだ隻眼になる前、騎士隊に配属される前の、従者であった頃である。

 貴族の子弟ではあるが、騎士隊にはそう言った事はあまりなく、ティティスも色々な用事で王城の中を駆けずり回っていた時。

 霧にかすんだ淡い緑に。

(あんな場所に木なんかあったかな?)と、疑問を抱き足を止める。

実は初夏の新緑と同じ色をした髪を持つ少女であったと、こう言う落ちなわけである。

 その頃のココットの髪は、短かった。

 男の子のようで、表情が虚ろで、何を考えているのか分からない。

少女は、何も喋らず、大人の後をついていっては、遊んでいる子供達の輪へ連れて行かれていた。

 子供達からしても、多少迷惑であったのだろう。

 何を考えているのか分からない、異色の存在に、疎外し、気味悪がっていた。

 ココットは大人の元へ行っても、子供の輪へ行っても居場所がない事を承知していたのか、よく王城を抜け出して近くの緑林が植えてある公園に一人で行っていた。

 ……そしてその後を、ティティスは興味本位で良く追っていたものであった。

 緑深い公園で、真っ白な冷たく、少し湿った土と、木、花の微かな香りがする公園の中。 何をするでもなくじっと立っているココットを、ティティスは木陰から良く見ていた。

 その頃は当然ココットの名前の知らず、ただ気にかかる少女としてティティスは気にしていた程度の仲で、城の中でお互いに会う事はあっても、何も知らない、何も話さないと言う関係であった。

 いや、ティティスは話そうとした事はあった。

 しかしココットが何か、怯えたように逃げてしまう。

 だから話したくとも話せなかったのである。

 そんな毎日を送る中のある日、ティティスは剣術の稽古中、誤って右目に怪我を負ってしまった。

 しばらくして医師からも、「もう二度と視力が回復する見込みは無いであろう」と、匙を投げられ、ティティスも騎士への道を諦めかけていた頃だ。 誰にも知られたくなくて、一人で緑林公園で落ちこんでいたときである。

(もう……憧れていた三騎士になる事すら、無理かもしれない)

 ティティスが涙を眼の端に浮かべて、空を見上げていると、聞き知った軽い足音が聞こえてきた。

 首を傾げてみると、ココットであった。

 少し離れた場所で、驚いた顔をして動きを止めていたココットは、引き返すことなく。

 ただ躊躇いがちに、少しずつティティスに近寄って行った。

「こんにちは……」

 何を言っていいのか躊躇っているのか、少し遠慮がちに、声が掛けられる。

「こんにちは……、君は誰?」

「私……ココット。 あなたは?」

 朝露に濡れたような髪が少し揺れた。

「僕はティティス」

 それ以来沈黙すると、ココットはおずおずと近寄ってきて、そっと右の頬に指先で触れる。

「痛い?」

 最初ティティスは何の事か理解できなかったが、それがどうやら傷の事だと承知すると。

「痛くないよ」

と短く言った。

 冷たい指先が離れていって、ココットは何か困ったような、それでいて悲しそうな顔をした。

「じゃあどうして、そんなに悲しい顔をするの?」

「三騎士になれないかもしれないから」

 そう言うと、ココットは何とも形容しがたい複雑な表情をした。

 憎んでいるような、いるような、それでも羨望を抱くような、縋りつくような表情。

 だがそれも一瞬で、いつもの顔に戻ったココットはこう言った。

「大丈夫、三騎士の一人『ティルノス』も、本当は右目に傷があって、見えなかったから」

 その言葉にティティスは少なからず驚いた。

 何故なら、本当に正確な伝説ではティルノスは隻眼であったが、その事実を今も知っている人間は、大変少なく北部に語り継がれる伝説を知る者のみである。

「どうしてその事知ってるの?」

「よく聞かされてたの……」

 言った後にココットは眼を伏せ、唇を軽く噛み締めた。

 まるで何かを知られる事を拒むような仕草に、ティティスはそれ以上何も言えなかった。


 それから数日後、ティティスは子供達と一緒に遊んでいた。

 ココットは疎外されていたのにも関わらず、その子供達に奇妙に馴染み過ぎていて違和感を覚えた程である。

 そうそれは『全く意に介していない』というよりも、『全てなかったこと』と言う言葉が、しっくりと当てはまるかのような振る舞いであった。

 しかしまるで昔から子供達と、普通に遊んでいたような振る舞いの中にも、まるで感情を押し隠そうとするかのような軽く噛み締められた唇があった。



 ティティスが、そんな昔の事を思い出しながら歩いていると、ティティスと反対に向って歩く酔っ払いに驚いた。

「ナストさん! ナストさんではありませんか」

 ティティスが驚いて声をかけると、暗い石畳の上を歩く、よれてくたくたの服を着て、ぼさぼさの髪を無理やり帽子で押さえつけたような格好の男は、ティティスの顔をまじまじと見詰めた。

 体格ががっしりとしていて、穏やかな灰色の垂れ目がいつも見守っていてくれていた。

 そんな暖かく、優しい人が、今では見る影もなく痩せ衰えている。

 昔と随分変わってしまったが、それでも色々な話を聞かせてくれた人。

 ティティス、サイトネス、クロイスの三人に『三騎士の伝説』を教えてくれたのも、この人であった。

 ティティスが、ふらついて危なげなナストに近寄ると歩く亡霊のような男は、口をわななかせた。

「申訳ありません旦那様……。 それだけは勘弁して下さい。 でないと俺達が殺される……! 黒の修道女達に殺されちまう」

 余りにも弱々しく、虚ろな瞳をしたナストは、少しだけ首をかしげてティティスを見詰める。

「ナストさん、僕です。 ティティスです。

 小さい頃から王城でよく『三騎士』の話を聞かせていただいたティティスです! ナストさん、覚えていらっしゃいませんか」

 ティティスはナストの肩を掴み、少し乱暴に揺さぶる。

「あぁ……ティティス、あぁ、あの隻眼になってしまった子供か」

 ティティスは自分を思い出してくれたナストに、少しほっとした。

しかし同時に、(昔はこんな人ではなかったのに)という思いも湧き上がってきた。

「ナストさん、一体何があったんですか?

 七年前、城の御者の仕事を辞めてから気にしてはいたんです。

 今はいったいどうしていらっしゃるんですか?」

 実際に七年前、全く音沙汰がなくなったナストが、まだ王都にいるとは思ってもみなかったティティスは、それとなく尋ねてみた。

「もう……いいんだ。 俺にゃ、もう帰るところなんて何処にもないし、守る者もないんだ……。

 どうなろうが俺の勝手だぁ、もう放っといてくれ」

 ティティスはその言葉に、ナストを揺さぶっていた手を止め、「聞き捨てならない」と、眉を顰めた。

「ナストさん、娘さんはどうなさったんですか?

 確か『一人娘が、エレミカの宿屋を守ってくれてる』 って仰ってましたよね?」

 そう、確かに小さい頃、ティティスはその話を聞いて『娘さんは一人で大丈夫なの?』と、尋ねた事があったのである。

「私は……間違いを、おっ……犯してしまった。 旦那様の命令を聞いて、修道女達を裏切ったばっかりに……。

 娘は……、娘は……そのとばっちりを食って……。

 私が……あの子を、あの呪われた子を、地下から引きずり出さなければ……!」

 そう言うとナストは、涙を流して、「許してくれぇ」と泣き始めてしまった。

「ナストさん、泣かないでください。

 娘さんならきっと大丈夫ですよ、ね?

 それで……、あの子と言うのは一体誰なんですか?」

 ナストを宥めつつ、ティティスは何か引っかかるものを感じたので、ナストに尋ねる。

「あの子……? あぁ、あの呪われた子。

 可哀想な子、可哀想な、可哀想な閉じ込められた子。

 七年前、私が王妃様に預け、そして王妃様から名前を与えられたココット」

「えっ」

 ティティスは間違いなく、その子はあのココットであると確信した。 しかしいくつか疑問はあった。

「ナストさん、聞きたいことは山ほどありますが、今はこれだけにしておきます。 ココットが北部に行ってから、行方知れずで……。

 『エレミカに行く』と言って出かけた彼女は、それから帰る予定の日がきても、戻ってこなかったんです。

 何か知っているなら、教えてください!」

 ナストはティティスの言葉に、少し怯みながらも、僅かに冷静さを取り戻していた。

「君の話が本当ならば、君は一体どう知るつもりだ?

 彼女を……。 君は北の事を、何か知っているとでも言うのか?

 そして君は、自分に何かできるとでも思っているのか?

 だとしたらおれゃ、あまりお勧めしないな。 余計なお節介は自分の寿命を縮めるだけだぜ?」

「何故です? 多少の事なら確証はないまでも、知っています。

 彼女がどんな目に会っていたのかすら、人づてで、更に言えば噂でしか知りません。

 でも……僕は彼女が記憶を失う前を少しだけ知っています」

 嘲笑を皮肉げに言うナストを、半ば遮るような形でティティスは噛みつくように言った。

「ふんっ、だからどうだと言うんだ?

 澱みに自ら進んでいく事もないだろうに……。

 まぁいいさ、もし本当に私のように『墜る』覚悟があるならば、よく聞きなさい。

 エレミカの街の端に、普段は誰も滅多に寄り付かない銅像が中心に置かれた広場がある。 その銅像が向いている方向に、ずっと歩きなさい。 するとすぐに森に入る。

 その森に入ったら、すぐに頭上にある木を見なさい。

 よーく目を凝らして、枝を一本一本見るんだ、中に緑のリボンを結び付けてある木がある。

 そのリボンは途切れることなく確実に、ある場所へと君を誘導してくれるだろう。

 その場所の地下にココットはいるはずだ」

 帽子を押さえて、少し照れくさそうに、しゅんと鼻を鳴らしたナストは、「少し酔いが冷めてしまった……、飲み直しだ」と言ってよたよたと去って行った。

「ありがとうございます! あんまり飲み過ぎないでくださいよ」

 ティティスが感謝を込めてそう呼びかけると、ナストは降り返らず、手をひらひらさせてそれに答えた。



 サイトネスとクロイスのいるホテルに戻ったティティスは、部屋に入った途端に驚いた。

 テーブルを挟んで、向き合うソファーにサイトネスとクロイスが座っているのはまぁ、変わりない。

 しかし、テーブルの少し手前にある誰もいないはずのソファーに人影がある。

「おぉ! 遅かったなティティス」

 重厚で、足元から響いてくるような厳かな声に、ティティスは事情を察した。

「サーペントさん。 ……と言う事は、何らかの動きがあったということですよね?」

 ドアを閉め、大柄なサーペントの横に、ティティスが座るとサーペントは『賭け』の内容と、それに至ったまでの経緯を簡単に説明した。

「ざっとこんなもんだ。 あの女は何かもっと別の事を企んでいる。

でなければ色々と辻褄が合わん」

 サーペントは語り終えた後に、個人の不快感をあらわにする。

「まぁそれもそうでしょうね。

 彼女が城に来たときから入れ替わっていたと言う事は、完全にエレミカで入れ替わったということになる。

 入れ替わったと言う事は、彼女が犯人であることは間違いがないでしょう。 確認した宿屋の娘もグルかもしれない。

 しかし今更たったこれしきの事で、正体を曝し、僕達に本物のココットを探させて、彼女にメリットがあるのでしょうか?」

 城内では、『人当たりのいいココット』を演じていた女性の正体を、三人は興味深く聞いた。

「あの女の考える事は、兎に角わからん。 ただ去り際に、関係を聞いたらあの女『半分血の繋がった姉よ』何ぞと抜かしよった。

 しかし顔が似過ぎている理由が、妙に納得できたがな。

 それにしても性格だけは似ても似つかんもんだ。

 人を陥れる悪魔のように冷酷な女と、優しく穏やかなココット嬢ちゃんでは、天と地ほどの差があるぞい?」

 サーペントの言葉に、クロイスは驚愕の余り飲んでいた酒が気管に入ったらしく、やかましくげほげほと苦しげに咽ている。

 ティティスも驚いたらしく、頭を冷やそうと口に運びかけていたグラスを途中で止めたせいで、危うく服に水がこぼれるところであった。 一人、サイトネスは予想していたのか、大して動じてもいなかった。

「わしも最初はまさかと思ったが、そんな事はどうでもいい。

 わしが心配なのは、あの女が姉妹の情などと殊勝もので、動く女ではないと言う事だ。

 あれは全ての人を蔑んでいる。 そして恨み、憎み、呪っている」

「サイス、お前あんまり動じてねぇな。

 それに珍しくしゃべらねぇじゃねえかよ」

 サーペントの話を半ば遮るように、しばらく咽ていたクロイスが、悔しげにサイトネスを睨つける。

「私の予想とは少し違っていたから驚いたが、それほどでもなかった。 喋らないのは、ティティスが言いたい事を変わりに言ってくれているからだ」

 淡々と答えるサイトネスは、クロイスを無視してティティスを見ながら言った。

 ティティスは、その視線に無言の圧力のようなものを感じた。

 まるで『少しは肩の力を抜け』というような、決して悪い意味ではないのだが、何故か必要以上の圧力を感じてしまう。

 ティティスはそれに苦笑いだけで答えた。

「まぁあの女性の事は置いておいて、一先ずエレミカで入れ替わったココットの居場所を探す方が先決だよ。

僕も色々興味深い事を聞いてね、ココットの居場所のヒントを聞いたんだ」

 好奇心たっぷりの、茶目っ気がある悪戯猫のようにティティスが言うと、クロイスが立ちあがった。

「話聞くより、行く方が早いだろ?」

 それはどうか……と一瞬考えたが、サイスとティティスは「そうだな」と立ちあがった。

「後は行くだけだ」

 重々しくサイトネスは頷いた。

 そしてしばらく無言で成り行きを見ていたサーペントに、向ってティティスは短く一言こういった。

「行ってきます」

「あぁ、迎えに行ってやれ」

 サーペントを一人残して、三人は王城から馬を走らせた。

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