傲慢な訪問者
16 真夜中の訪問者
時刻は十二時を回る頃、王都にあるサーペント宝石店に一人の人間が入ってきた。
当然もう店は閉まっていたが、明かりはついていた。この店の店主サーペントが残っていたからである。
「もう店は閉めているんだがな」
来客の顔すら見ずに、サーペントは手元で作業を続けた。
原石の加工の依頼が来ていたのである。
相手にしなければ帰るであろう、というサーペントの予想を裏切って、その人は立ったままであった。
店のドアに掛けてある『クローズ』と書かれたプレートが見えなかったわけでもなかろうに。
そう思ったサーペントは顔を上げて驚いた。
そこには黒いマントを着て、スカーフで顔を隠した人。
細く、身長の低さから考えてまず女性であるということは、誰にでもついた見当であろうが、サーペントは見た瞬間、その考えを通り越して誰だかわかった。
「こんばんは」
人を食ったような馬鹿にしたような声で、その女はいった。
「何の用だ?」
怪訝な顔をしてサーペントが言うと、女はさも可笑しそうに笑う。
スカーフを外して顔を見せる。シャロットであった。
「あら、やっぱりココットとは呼んでくれないのね。 まぁね、本物ではないから別に構わないんだけど。 その名前で呼ばれなくても、おっと動いたら言わないわよ? ココットの居場所」
腰を浮かせたサーペントをシャロットは制して、勝ち誇ったようにやはり笑う。
サーペントはカウンター越しに、そんなシャロットを睨んだ。
「私はね、これからやろうとしている事があるの。
だからここから逃げなければならない。 だけどその前に、色々やらなければならない事もある。
勝負しましょう? 猶予をあげるわ。
私が行くまでにココットを助けられたら、私は自首して全て本当の事を話す。
でもあなた達が助ける前に、私がココットを助けたら、あなた達は負けで、全ては闇の中。 どう、受ける?」
これほどまでに若い女性が、どうしてこんなにも背筋が凍るような雰囲気を纏うのか。 クツクツとのどの奥を震わせて楽し気に笑うシャロットに、サーペントは悪寒を感じた。
「ココットの居場所はどこだ? お前……本当にココットを助けるつもりなのか」
「最初の問いには、答えられないわ。
探し出すのがゲームでしょう? 聞くのなら『期限はいつまでだ?』の方が正しいわよ?
それにあの子をどうしようというつもりもない。 今のところわね? さらに言えば元々助ける気すらなかったもの。
あの子が、見つからなければいいのにと思うわ。
あのまま死んでしまえばいい」
背筋がぞっとするようなシャロットの声は、深い怨念と妬みが感じられる。
むぅ……と低く唸ったサーペントは、背中に汗が伝うのを感じた。
「……期限はいつまでだ?」
「そうねぇ、今から三日後かしら?
ココットはエレミカのどこかにいるわ。 仲のよい友達に頼んだら?」
そう言い置いてシャロットは踵を返した。
「待てっ、行く前に聞かせろ。 お前と嬢ちゃんはどういう関係なんだ?」
振り返ったシャロットは、恐ろしいほど気迫の篭った目で、サーペントを憎々しげに睨む。 一度は荒くれ者として、人々に恐れられた経験があるサーペントも、(こんな自分よりも年下の、女性に気迫で負けるとは何と言う事だろうか?)と思った。
「半分血の繋がった姉よ」
そう吐き捨てて、シャロットは走り去って行った。
石畳の道路から靴音が聞こえなくなると、サーペントは体からどっと力が抜け、椅子に座り込んだ。
「何だってンだ、いったい……」
脱力しきったサーペントは、わずかに残っていた気力でそう毒づいた。
時を少し遡り、王都のある高級ホテルにティティスは、ディグノーを伴って行った。
兵舎の中でも、今やディグノーがれ、様子がおかしい事は誰の目に見ても、明らかであった。
隊長も心配で、ティティスに、『話を聞いてやってくれ』と、頼んできたくらいである。
三階建てのホテルの部屋に向う。
そこには一足先に予約していたサイトネスと、クロイスがいるからだ。
黄色い絨毯に、蝋燭などで明るい落ちついた雰囲気の室内、大きめの円卓に、真っ白なふかふかのベッドがあり、広々とした部屋である。
ここはプライベートな事を話す際に、三人が好んで使う場所である。 ここなら人に話しを聞かれる心配もないからである。
物見窓から、ティティスとディグノーの姿を確認したサイトネスは、中に引き入れ鍵を閉めた。
クロイスは黙って酒を人数分のグラスに注ぐ。
簡単に乾杯をして、四人は酒を煽った。
即座に空になったグラスに、みんな酒を注ぐ。
「最近どうしたんだ、ディグノー? 様子がおかしいぞ」
サイトネスが問いかけると、ディグノーはやっていられないとでも言いたげに、一気にまた酒を飲み干した。
「そんな飲み方はやめておけ。 溜まってるもんを、吐き出せば楽になれるさ」
肌が急速に赤みを帯びていくディグノーを見て、クロイスがそう言った。 もともと酒にあまり強くない性質なのだ、これ以上無理をすれば、ただ潰れるだけであっただろう。
「妹が……」
一同が、「よほどの事があったのではないか」と疑っている中、ディグノーがボソッと呟く。
「妹さんがどうかしたのか?」
クロイスがそう尋ねると、ディグノーは項垂れてまた呟いた。
「本物じゃない」
「しかしみんな何も言わないが……。 勘違いではないのか?」
クロイスが酒を飲み訝しげに問う。事実として再三いうようであるが、それほどココットとシャロットは似ているし、シャロットの演技はそっくりであったのだ。
「あの子は人当たりだけはいいが、昔から人と距離をとっていた。
だからみんな当たり前に過ごすんだ。 距離を取られて接されていたから今まで同様、いや、それ以上に距離をとられえても。
接した事がない君達には、わからないだろうが、あの子はとにかく違うんだ! 母さんも疑っているはずだ。 僕と母さんは、あの子が偽者だという証拠を知っている。 医者に『どんなことをしても一生治る事がない』と言われた火傷の跡がないんだ!」
アネットに良く似たディグノーは、灰色の短く刈りこまれた髪に、父親譲りの人懐こそうな薄いブルーの瞳。
たった一人の妹を守るかのように、今まで仕事も訓練もこなしてきたディグノーである。 似たような理由があるだけに、ディグノーの気持ちがティティスにはわかった。
「ディグノー、君はまさか最悪の状況を、思い浮かべているのかい?
だとしたら、その考えは少し尚早だと思うよ。
まだそうと決まったわけじゃないだろう? やることを全てやり尽くしてから、いくらでも悲嘆に暮れればいい。 目的がなくなったってわけじゃないだろう?」
横にいたクロイスと、サイトネスは顔を見合わせたが、ディグノーにはその意味が伝わったらしい。
ここに最初来たときとは、目つきが変わった。
「まぁその様子なら、大丈夫だな? 隊長も心配していたぞ、まぁ、ともかく飲めよ」
そう言ってクロイスが、酒を進める。
「そうだな。 それにディグノー、君が言った通り、疑っているのは君だけじゃない。 私達も出きる限りの事はする」
最初こそギスギスしていた雰囲気も、和やかになった。
その後、気が済むまで飲んだディグノーを、ティティスは家まで送って行った。
恐縮したトイト夫妻は、ティティスを持て成そうと引き止めるのを、丁重に断り、ティティスはホテルに戻る道に付く。
ディグノーはうわ言のように、幾度と無く『ココット』の名前を呟いていた。
そのせいか少し昔の事をティティスは思い出していた。
それは七年前、ティティスが十五歳でちょうど右目が隻眼となった初夏の頃であった。




