ダンジョン再び③
体が動かないことに気づき、皆がざわめき始める。
「ようやく発動したわね。
この術って強力だけど、時間が掛かるのが難点なのよね。
リゼットがいて助かったわ」
「クッ! なんてマヌケなんだ」
「ちくしょう。どうなってんだ」
「動けないにゃー」
「グググググ」
それぞれの困惑した声や、怒声が聞こえる。
抵抗するが、動くことは出来ない。
「拘束をときやがれ!!」
「あなたも冒険者なら自分で何とかするのね。
あと、相手が話している時でも油断しちゃダメよ。
これは、先輩冒険者からの忠告。
まあ、冒険にいけない体になっちゃうけどね」
シャーロットは不気味な笑いを浮かべる。
余りの不快さと、今から行われるであろう惨劇を想像して絶句した。
「ああ、さっきの話の続きをするわね。
物語は完結しないと面白くないもの。
えーと、どこからだったかしら?」
先ほどの不気味さとは打って変わって、脳天気に額に人差し指を当てて思い出そうと眉をひそめる。
「そうそう、幸せな二人は結婚することになったの。
でもね、彼には大きな秘密があったの。
何でだと思う?」
「知るかっ!」
バルパスが不快な話に顔を歪めながら吐き出すが、シャーロットは自分の世界に入って締まって聞き耳は持っていない。
「そう、ロリコンだったのよ!
彼は小さな女の子しか興味がなかったの。
小さい子を性奴隷として扱うような変態ね。
そんな彼には大きな悩みが二つあった。
ひとつ目はどんな女の子でも、年月が立つと大人の女性になってしまう事。
彼は奴隷の女の子が成長すると、売りに出して別の女の子を買ってたわ。
でも、気に入るような女の子なんて、そうそういないからね。
女の子を売る時には、とても悲しそうな顔をしてたわ」
冷静そうなアーリンも不快そうに顔をしかめると、ニルデンが同意する。
「貴族にはいろいろなフリークがいると聞いてますが、実際に話を聞くときついものがありますね」
「ええ、私でもつばを吐きたくなります」
フィーナとティアーヌは、なんとか抜けだそうと必死に体を動かしている。
クラリーヌは憎々しげにシャーロットを睨む。
リゼットは、耳を塞いだまま微動だにしなかった。
少しだが良かったのは、俺がリゼットの肩に手を当てた状態で動けなくなったことだ。
手から伝わるぬくもりだけが彼女を救う命綱のように思えた。
「ふたつ目は、結婚することが出来ない事。
彼は大人の女性が嫌いだから偽装でも結婚することができなかったのね。
かと言って、年端もいかない女の子と結婚するのは社会的に問題があった」
うっとりとした表情で、人の心の病やまいを嬉しそうに語り続ける。
「その、苦悩の日々についに理想の女性が現れた。
リゼットという女性よ。
あら? 思わず名前を言っちゃったわ。
まあ、今までの話で予想が付いてるだろうから大丈夫よね。
そこで、うずくまっているネクロマンサーの女よ」
優雅に指差すが、リゼットはうずくまりただ震えるだけだ。
「リゼットは、幼い姿で成長しないし、当時は年齢も20代だった。
見た目もあたしほどじゃないけど良かったしね。
だから、あたしは彼とリゼットを引きあわせてあげたの。
幸せそうな二人を見てあたしも嬉しかったわ」
そこで、うっとりとした表情から醜悪な顔に豹変する。
「なのに、リゼットはその男から逃げやがった!
おかげで、あたしまでカーネギーのヤツに恨みを買っちゃたじゃない!
まったく、全く迷惑な話よ!!」
「なあ、なんでリゼットにそんな仕打ちをしたんだ?」
俺は聞かずにはいられなかった。
「なぜって?
そいつがあたしのチームをむちゃくちゃにしたからよ。
チームの男たちはね。
みんなあたしの美貌にメロメロだったの。
なのに!
なのによ!!
その女が仲間になった途端、あたしを無視して、リゼットのことをチヤホヤしだしたの!
ちびっ子いだけの、女としての魅力が欠片もないヤツに恋したのよ!!
あたしの方が女として絶対魅力的なのに!!!」
「あたしは知らない。
あたしの事なんて恋愛対象に見てない!
……みんな優しかっただけよ!!」
リゼットは涙を流しながら懸命に訴える。
「そりゃ、気づかないでしょうね。
あなたは恋愛に疎いし、男どもは子供みたいな女を好きなんて知られたくないから隠してたしね。
でも、あたしにはバレバレ。
カーネギーだけじゃないわ。
男なんてロリコンばっかりね。
だから復讐したの。
あたしのチームをバラバラにしたリゼットにね!」
「ひょっとして、『烈火のつるぎ』の謎の解散の理由はそれなんですか?」
アーリンが興味深げに問いかける。
「そうよ。ロリコンが原因で解散なんて恥ずかしくて言えるはずがないわよね。
だから理由を明かさなかったんじゃない?」
「ハッ!
どんな面白い話かと思ったら、男を取られた女の嫉妬じゃねーか。
ババアがいつまでもチヤホヤされていた時の思い出を語ってんじゃねーよ」
セッツァーが今までの演技がかった様子もなくイライラした調子でバカにする。
「ババアですって!
あなた言ってわならないことを……。
だから、あなたみたいな女の魅力がわからないナルシストは嫌いなのよ。
男たちはあたしの奴隷として生かしてあげようと思ってたけど、あなたは許さないわよ」
「冗談じゃない。お前の奴隷になるぐらいなら死んだほうがマシだぜ」
「もういいわ、あなたと話してもしょうがないしね」
めんどくさそうに手を扇ぐと、俺の方を見つめる。
「さっきの話だとこの男のことが好きみたね。
あなたはこんな女の事なんて好きじゃないわよね?」
「悪いが、俺はリゼットの事を愛している」
きっぱりと言い放つ。
「あら残念、あなたもロリコンだったのね。
まったく、女の魅力を知らない男たちばかりでがっかりだわ。
でも、安心して、あたしが本当の女性の魅力を教えてあげる。
リゼットは動けないまま見てるがいいわ。
あたしと最愛の人が愛しあう姿を」
背筋にゾワッとしたものが走る。
女好きなのは否定しないが、こんな性格の曲がったババアと愛し合うなんて、金を払われてもゴメンだ。
しかし、さっきから呪縛をとこうと力を入れるが一向に解ける気配はない。
やばい!
どうする!?
このままだとババアの餌食だ。
でも、ぬけ出す手段なんて持ってない。
こんなことなら解呪の魔法も買っておくんだった。
シャーロットが俺の首筋を、指の先端で撫でる。
くっ!
気色悪い。
次の瞬間、シャーロットに向かってボードウィンの剣が走る。
しかし、ヤツは大きく後ろに跳躍すると、斬撃は虚空を切った。
「ちっ、思ったより素早いな」
「あれ? 動ける……」
「なんで動けるのよ?
一度かかったら抜け出せないはずなのに」
突然の呪縛からの解放に驚くと、シャーロットも不思議そうに問いかけた。
「それは、オイラのおかげさ」
ジュリアンが巻物を持ちながら得意気に現れる。
「あんたも、仲間が隠れてないかキチンと確認したほうが良いよ。
これは後輩からの助言ね」
そういえば、レッサーデーモンと戦っている時からずっとジュリアンの姿が見えなかった。
こういう時のために身を隠してたのか?
とにかく助かった。
「バカにして!
まあいいわ、どちらにしろあなた達が奴隷になることは確定してるんだから」
シャーロットのネックレスから黒い霧のようなものが噴出する。
そして、腕を振り上げると、5体のデーモンが現れた。
レッサーデーモンより小柄だが、ぴっちりとしたタキシードの様な服を着て、人に近い姿をしている。
しかし、背中には象徴的な蝙蝠の羽がついていた。
「アークデーモンが五体だと……すぐに逃げろ!!」
ボードウィンが大声をあげる。
俺はへたり込んでいるリゼットを抱きかかえると入り口に向かって駈け出した。
リゼットがこんな状態では戦うどころじゃない。
「デーモンロードよ、我らに使命を」
「そうね、あの子達にお仕置きをして。
ただし、男達は殺しちゃダメよ」
後ろから声が聞こえる。
想像してたけど、やっぱりデーモンロードが取りついていたか。