(9) 太郎次郎、そしてお初
次郎、良助さんを連れて、お初ちゃんの家に行く日がやってきた。
俺が事情を話すと、次郎は快く了解してくれる。
「兄上と一緒に外出ができるなんて、僕はうれしいです」
とか、かわいいこと言ってくれる。
母ちゃんもあっさり許してくれた。
「次郎なら、問題ないわね」
って。
……最近は、俺より次郎の方が信頼されてるような気がする。
兄より優れた弟はいないって名言を、いつかびしっと証明しないとな。
次郎は風呂敷を持っていたので、何かと聞いてみたら、「向こうで開けますから、楽しみにしていて下さい」と言われた。
そう言われると気になるが、次郎がいい笑顔だったので問い詰めるのをやめる。
次郎なら問題ないだろうし。
……俺自身も次郎なら安心と思ってるんだな。
ついに、お初ちゃんの家が見えてくる。
いつもなら、ここで止まってウォッチングではなくて視察なんだが。
俺は横目で次郎を見る。
……次郎が見ているのに、無様なマネはできんな。
兄としてふさわしい振る舞いを見せねばならん。
一昨日のこともあるし緊張してきたが、俺はまっすぐに家へと向かう。
良助さんが「視察はよろしいので」とか言わないことを俺は祈る。
空気を読んでくれたようで、良助さんは無言だった。
一家総出で今日もお初ちゃん達は農作業をしていた。
お初ちゃんは草むしりをしている。
がんばってるなぁ。
俺もがんばってるし、お似合いだよなぁ。
……前世はともかく、今はがんばってると思う、多分。
お初ちゃんのお父さんがこっちに気づいて、早足で寄ってきた。
「これはこれは若様、お初を呼びますね」
深く頭を下げられ、俺は「ああ」と答える。
こういう風に接せられると、少し嫌なんだよなぁ。
けど、今すぐにはどうしようもないか。
農民からしたら、領主候補の俺とつながりができたら最高だろう。
ましてや、来萬村から引っ越してきたばかりだしな。
村八分とかが出ないよう、じいちゃんや父ちゃんが目を光らせてるけど、肩身が狭いのは間違いない。
懸案事項だな、後で何とかしよう。
そうこう考えてると、お初ちゃんがやってくる。
俺の女神だ。
「……太郎様、おとといは失礼しました」
お初ちゃんは頭を下げる。
「いや、気にしないで欲しい」
俺がそう言うと、お初ちゃんは頭を上げるが、表情がいまいち冴えない。
うっ、なし崩しにして、逃げてきたんだもんな。
当然か。
「三太くんを呼んできてもらえないかな。今日は、遊び相手として弟の次郎も連れてきたんだ」
「お初さんですね。次郎と申します。よろしくお願いします」
次郎はお初ちゃんの顔を見つめた後、礼儀正しく頭を軽く下げる。
「私なんかにご丁寧にありがとうございます。お初です。よろしくお願いします。三太を連れてきますのでお待ち下さい」
お初ちゃんが早足で呼びにいった。
「次郎様、お立場を考えれば、頭を下げなくてもよろしいのでは」
良助さんが次郎に注意する。
俺は堅苦しいの嫌いだけど、良助さんの立場からすると、言わざるを得ないか。
「そうかもしれないね。でも、今日はこれでいいんだ。以後は気をつけるよ」
「はっ、かしこまりました」
次郎は良助さんの意見を退けた後、俺を見てくる。
何がいいんだろうな。
俺にはわからん。
だがとりあえず、俺はわかったふりをして、適当に頷いておいた。
三太くんを連れて、お初ちゃんが戻ってくる。
お初ちゃんの弟だけあって、三太くんは将来、イケメンになりそうな気がする。
次郎には負けるけどな。
「さぁ、三太、ご挨拶なさい」
「三太です。よろしくお願いします!」
三太くんは元気よく挨拶する。
かわいいもんだなぁ。
俺達も挨拶を返した。
「じゃあ、遊ぼうか」
次郎が風呂敷の包みをあける。
投げ独楽とひも、けん玉だと。
リバーシの盤までありやがる。
しかも、家で使ってる奴じゃない。
ってことは、次郎が作ったのか。
俺がつい次郎を見ると、次郎はにっこりする。
「次郎様、わざわざ持ってきてくださったんですか」
「大したことではありませんから」
「どうもありがとうございます」
お初ちゃんが次郎に頭を下げる。
ぐぎぎ。
俺はなんでこんなことに気づかなかった。
そうだよ、遊び道具を持ってきたらよかったんだ。
おい、次郎!
六歳のくせに気がまわりすぎなんだよ。
お前は女たらしか、この野郎。
「わー、どうやって遊ぶの」
三太くんまで喜んでいた。
というか、喜んで当たり前だろうな。
お初ちゃんも次郎の方を見ているし。
え、何これ……
もしかして、次郎に持っていかれるのかよ。
てめぇなんざ、弟でもなんでもないぞ!
俺が嫉妬に心を焦がし、仁王像みたいな顔つきになろうとしていた時だ。
「では兄上、コマとけん玉を実演してあげて下さい。僕よりも上手ですから」
「そうなんですか、太郎様が」
「見せてー見せてー」
お初ちゃんも三太くんも食いついてきた!
次郎が俺を見つめてくる。
おお、そういう意味か!
俺に見せ場を与えてくれたんだな。
さすがは次郎、お前は俺のかわいい弟だよ。
俺はお前を信じていたからな、うんうん。
意気込んだ俺は早速、コマにひもをかけていく。
ゲームとかがないから、こんな遊びしかなかったんだが、やってみたら案外面白かった。
投げゴマを回すにはこつがいる。
うまく回せるまで、けっこう時間がかかった。
だが、俺は次郎や三郎相手に何十回も回して見せてるので、大丈夫なはずだ。
大丈夫大丈夫。
きっと成功して、いいところを見せてやれるさ。
たかだかコマ回しなのに、すごい緊張してきた。
肩に力が入ってきて、指が震えてきたような。
やべぇ、就職時の面接を思い出す。
緊張であひゃって失敗したんだよな。
俺がびびってきてると、不意に右肩を手で軽くはらわれた。
「兄上、肩にゴミがついてました」
「おお、そうか、すまんな」
肩をはらったのは次郎だ。
なんだか心配そうな顔をしている。
俺の様子を見て心配したのか。
……兄としては面目なかったな。
俺は考えすぎてたようだ。
気楽にやるか。
失敗したら、もう一度やればいいだけだ。
俺は渾身の力をこめて、コマを投げて回した。
「てぃっ!」
ひもがからまらないか、俺は不安だった。
しかし、横転するようなこともなく、コマがぶぶんと勢いよく回る。
「すごい、すごい!」
「まぁっ!」
お初ちゃんも、三太くんも、喜んでくれてる。
俺の時代がきた!
お初ちゃんが少し笑ってくれてる。
その様子を見てると、俺はにんまりとしてきた。
コマは回り続けていたが、やがて止まった。
「さすがは兄上です。次はけん玉のお手本を」
「おお」
次郎が俺にけん玉を渡す。
さすがは我が弟、そつがないな。
俺はもう調子に乗って、けん玉を操りだす。
とはいっても、一番簡単な技からやるんだけども。
玉を大皿に乗せ、小皿に乗せ、中皿にのせる。
お初ちゃんも三太くんも楽しそうに見てくれていた。
俺はそれでご機嫌になって、剣先に玉を入れたり、玉を一周させたりする。
……灯台とかは難しいのでスルーしている。
できる技を見せたら、それでいいんだ。
一通り技を見せて、俺はけん玉をおいた。
「太郎様、お上手でした」
「いや、なぁに」
俺はもう鼻高々だ。
「コマとけん玉、やってみたい!」
三太くんがそう言うので、俺と次郎が三太くんにレクチャーする。
とはいっても、コマはなかなか難しいので、どうもうまくいかない。
三太くんはむくれるが、けん玉の大皿のせは、何とか成功させた。
キャッキャッ、喜ぶ三太くん。
正直、俺は教えるのに疲れてきたが、
「よかったね、三太」
と、お初ちゃんが笑っているのを見ると、俺はその疲れがぶっとんだ。
もう、最高の気分だった。
天国にいるようだ。
今までのストーカーはなんだったのかと思う。
経験を積まないと、こういうのが思いつかないんだな。
とか俺は思ったが、遊び道具を持ってきた次郎は六歳だった。
その次郎は失敗してむくれる三太くんをあやしたりするのを、難なくこなしている。
……敵じゃなく弟でよかった。
で、次郎がさらにこんな事を言い出す。
「兄上はすごいですよね。お初さん、僕も弟の三郎も兄上に遊んでもらいました。いえ、今でも遊んでもらっています」
「そうだったんですか、太郎様が……」
「色々な習い事に領内を暖かくしたり、兄上はとてもお忙しいというのに。だから、僕は兄上が好きなんです。お初さんも兄上が好きですか?」
「ちょ……!?」
バ、バカ、お前、何言ってんだよ。
いいえ、とか言われたらどうすんだ。
俺に身投げしろっていうのか!
ほら、お初ちゃんは答えに困ってるじゃないか。
口をぱくぱくしていた俺に、次郎が追い討ちをかける。
「どうです、お初さん」
だから、やめろっつってんだよ!
それでも、俺の弟か! 縁を切るぞ、この野郎!!
パニクって俺はついに声を上げようとしたら、
「……私も太郎さんは好きです」
と、お初ちゃんが答えた。
声が少しずつ小さくなって、最後のほうはかなり聞き取りづらい。
だが、間違いなく「好きです」と聞こえた。
俺の聞き間違いじゃない。
そう言った。
絶対にそう言った!
「よかった。僕もうれしいです。兄上のどういうところがいいですか」
「……次郎様と似ているかもしれません。お忙しいというのに、毎日通って下さったこと。それに、まじめに民のことを考えてくださっていること。それに、弟思いのお優しい方だと……」
ひゃっほーーーい!!
ばんざーーい!!
もしかして、これって両思いなんだよね。
お世辞じゃないよね?
神様、そうだよね?
俺は涙が出てきそうになる。
微笑んでた次郎と視線があった。
そういえば、この言葉が聞けたのは次郎のお陰か。
我が最愛の弟よ、最高の弟だ!
俺が感動してると、次郎が三太くんに話しかける。
「三太くん、あの高台からの景色をよく見たことがある?」
「ううん、ないよ」
「なら、そこの良助さんに肩車してもらって、一緒に見よう。いい景色だよ」
「うん、見る!」
「なら行こうか。良助さん、一緒に行きましょう。兄上はお初さんにリバーシでも教えてあげるといいですよ」
「あ、ああ」
俺は生返事を返した。
「しかし、太郎様がお一人に……」
「すぐ戻ります。ここなら大丈夫です。行きましょう」
「……わかりました、次郎様」
良助さんが次郎に従う。
うーん、次郎って生まれながらの指導者って感じがしてきた。
俺が弟の方が良かったかも。
なら、兄である次郎に従うだけでよくて、のんびりできそうだし。
次郎、三太くん、良助さんが離れて、お初ちゃんと二人きりになる。
お初ちゃんは少し俯いてる。
なんか、顔が赤いような。
肌が色白だから、鮮やかですごい綺麗だ……
うわっ、よく考えたら良助さんも離れてるのって初めてだな。
また、どきどきしてきた。
と、とりあえず、リバーシをやろう。
それで場をほぐそう。
俺はお初ちゃんにリバーシのやり方を教える。
お初ちゃんはそれを神妙に聞いていた。
俺達は静かに一手ずつ指していく。
……静かだ。
って、このままだと埒が明かない。
どう考えても、次郎がこの場を作ったんだよな。
このままで終わったら、次郎の好意も無駄にするな。
思い切って話してみるか。
「……お初ちゃん、俺のことを好きと言ってくれてありがとう。俺も好きだ」
ついに言ってしまったぞ、おい!
心臓が破裂しそうだ。
お初ちゃんは俯いて、手が止まってしまった。
さっきの言葉ってやっぱりお世辞だったのかよ!
「好きです」ってのはイコール嫌いじゃないです、なのか。
俺は思考がぐちゃぐちゃになってしまう。
あばばっ、恋愛って難しすぎ。
ニコっと笑ってなでてあげたら、相手がほれてくれて終わりじゃないのかよ。
俺達って八歳と九歳なんだよな。
十八と十九、二十八と二十九だとどんな恋愛してるんだ?
あーうー、あえおいうえお、あおえお。
俺は現実逃避しそうになったが、お初ちゃんの言葉でこの世に戻ってきた。
「……うれしく思います。太郎様が何度も来て下さるのはそうなのかなって思っていました。でも、太郎様はお空の雲の上にいるようなお方です」
お初ちゃんは見上げて、空と雲を見つめる。
青空には雲がいくつもたなびいていた。
「……俺は雲の上じゃなくて隣にいるよ」
「寺子屋で太郎様はどういわれているか、ご存知ですか?」
「いや、知らない」
実際に知らなかった。
俺って何か言われてるのか。
「太郎様のお陰で冬も寒くなくなりました。暮らし向きも楽になりました。食べ物に困ることもかなり減りました。太郎様は神様のように敬われています。いえ、それ以上かもしれません」
「ええっ!?」
確かに、俺が視察してみんなを見ると、にこにこしてるけどさ。
おばあさんに拝まれたこともあるよ。
でも、俺は領主候補だからなぁ。
お世辞もあれば、気を遣ってるのかと思ってた。
「だから、私に太郎様はもったいないと。身分の違いもありますし……」
「ちょっ、待って! 俺はお初ちゃんが好きなんだよ。一緒にいたいんだ! こうまで思ったのは初めてなんだよ! 俺が守るからさ、一緒にいてほしい!」
「……そこまで、私を?」
「うんうん!」
「……本当ですか?」
「本当だよ!」
「本当に?」
「ああ、絶対に本当、何が何でも本当!」
お初ちゃんが俯く。
ええっ!?
お初ちゃんが手を重ねてきた。
お初ちゃんの手は少し荒れてる。
ささくれもある。
でも、それだけまじめに働いてきたってことだ。
俺にとっては、お姫様の白くなめらかな手よりも愛おしい。
お初ちゃんの手を俺はそっと握る。
温かみが俺に伝わってくる。
「……太郎様、よければ私を迎えに来て下さい」
「ああ、それなりの年になれば必ず」
やったーー!!
初めて、恋人ができた!!
やったぞ、俺。
やり遂げたんだ、俺。
「民の為にまじめに働く太郎様が好きです。私をずっと見てくれた太郎様が好きです。次郎さんのような弟に慕われている太郎様が好きです」
「俺もお初ちゃんが大好きだよ」
「三太には兄がいました。私の弟です。でも、四歳の時、寒い中、病気で亡くなりました。寒さをしのげて、いっぱい食べられたら、死ななかったかもしれないんです。来萬村の領主様が太郎様のようなお方だったら、仁太は……」
お初ちゃんは涙をこらえているようだ。
「俺はそんな子がでないようにがんばるよ。武連火村を上毛一、いや五国一、豊かにしてみせる! だから、お初ちゃんも俺と一緒に生きて、手伝って欲しい」
「太郎様のお役に立てるよう、私もがんばります」
俺はお初ちゃんの手を強く握る。
お初ちゃんもやんわり握り返してくれる。
俺はお初ちゃんという恋人を手に入れた。
それと共に、よりまじめに生きることにする。
今までもまじめに生きてきたが、さらにまじめになったのだ。
前世の知識を総動員しないとな。
真剣に考えたら、導入できる技術を何か覚えているはずだ。
新たな決意に俺は燃えていた。
俺は戻ってきた次郎、良助さんと共に屋敷へ戻ることにする。
リバーシ盤はプレゼントすることになった。
「僕が作ったのでいまいちですけど、十分遊べると思います」
「どうも、ありがとうございます、次郎様」
「兄上が作ったのはもっときれいですよ。よければ、後で見せてあげれば」
「ああ、そうだな」
「そうですか、楽しみにしています」
お初ちゃんが笑う。
あれから、お初ちゃんはよく笑顔を見せてくれるようになった。
魅力倍増し、いや、五倍増しだ。
俺は次郎が作った盤を見たが、確かに雑な作りだった。
几帳面な次郎らしくないな。
……まさか、俺が作ったのより出来を悪くしたのか。
俺を引き立てるために。
考えすぎだよな、俺はそう思うことにした。
お初ちゃんの家を離れ、屋敷へ向かって、三人で静かに歩いていた。
次郎は何も聞いてこない。
俺から話すべきなんだろうな。
良助さんもいるし、俺は言葉に迷うが、口火をきる。
「……今日はありがとう」
「特に礼を言われるようなことはしていないですよ」
「なんとなく、言ってみたかったんだ」
「そうですか。変な兄上ですね」
次郎が軽く微笑む。
こいつは、俺が思っていたより大物なのかもな。
かないそうにない。
でも、別に悔しくはなかった。
「お前にはかなわないな」
俺はその気持ちを口に出す。
「僕は兄上には到底及びません」
「そうか? よくわからんな」
「わからなくていいと思いますよ。僕は今日言ったように、兄上が好きです」
「ありがとう、俺もお前が好きだよ」
「兄上、そのお言葉、うれしく思います」
「お前こそ、変な奴だよ」
俺は笑う。
「そうかもしれませんね」
次郎も笑い、そんな俺達を夕暮れが優しく赤く染めていた。
兄弟仲良く屋敷へと帰った。
その夜、俺は今日あった出来事を思い出す。
とても楽しくて最良の一日だった。
前世とあわせても、一番楽しかったと思う。
お初ちゃんという恋人ができて、次郎という弟の良さがよくわかった。
俺は幸せな気分で寝ることができた。
翌朝、俺はその幸せな気分が全て吹き飛ぶほど、驚くことになる。