(10) 先んずれば人を制す
俺が幸せな眠りを貪っていたら、慌てている母ちゃんに叩き起こされる。
「太郎、早く起きなさい!」
「うーん……」
「起きなさい!」
「はい……」
俺は寝ぼけ眼だったが、母ちゃんの大声で何かあったことを感じる。
何しろ、こんな起こされ方をしたのは始めてなのだから。
「さぁ、早く着替えなさい。義父上に旦那様、分家一門の方々がそろってますよ」
「えっ!?」
じいちゃん、父ちゃんはともかく、分家一門勢ぞろいだって。
よほどの大事が起きたことを俺は知り、慌てて白い羽織と紺袴に着替える。
俺は服装を整えてから、広間に向かった。
少し腹が減ってたけど、
「朝ご飯が食べたい」
とか言い出せる雰囲気ではなかった。
俺が広間に入ると、じいちゃん、父ちゃん、宗次郎叔父さん。
さらに、三左衛門大叔父さんを初めとする分家当主まで揃い、十数人いた。
皆、緊迫しているようだ。
なんなんだ、これ。
俺に父ちゃんが挨拶してくる。
「おはよう、太郎」
「おはようございます、父上」
「どうしたのですか、これは?」
「うむ、それがな……」
父ちゃんの口ぶりが渋い。
俺がさらに問おうかと思っていたら、
「太郎。話がある。大介と一緒についてくるがよい」
と、じいちゃんから声がかかった。
「はい、おじい様」
じいちゃんから説明があるんだな。俺は頷いた。
「わかりました」
父ちゃんも頷く。
「三左衛門、わしは大介と太郎に別室で話がある。手はずの説明をすませておいてくれ」
「かしこまりました、兄上」
じいちゃんが三左衛門大叔父さんに話をしてから、俺達は別室へ向かう。
三左衛門大叔父さんは四十五歳でじいちゃんの七つ下だ。
じいちゃんが長男で大叔父さんは三男。
次男は赤ちゃんの時に亡くなったそうだ。
じいちゃんの貫禄を少し削って、俊敏さ軽妙さを足せば、大叔父さんになる。
土肥家に動員された時、じいちゃんか大叔父さんが大将となって兵を引き連れていた。
つまり、名目では父ちゃんがナンバーツーだけど、実質的には大叔父さんがナンバーツーかな。
俺達が別室に入り、座布団に座ると、じいちゃんが話しかけてくる。
「我らはこれより、来萬村に討ち入り、来萬家を滅ぼす。総勢百五十名、総大将はわし、副将は大介に三左衛門だ。太郎よ、わしらが留守の間はお主が当主となる。うまくいけば、一月でわしらは戻ってこよう。後は頼んだぞ」
「ええーーーーっ!?」
なんだ、それ!!
じいちゃんの前で大声を上げてしまったとは思ったけど、そんなのどうでもいい。
来萬村に攻め込むだって。
じいちゃん、そんなこと考えてたのか。
「太郎、すまんな。口止めされていて、ここ数日はよそよそしくて悪かった」
父ちゃんが謝ってくる。
よそよそしかったっけ?
記憶にないな……
よく考えたら、ここ数日はお初ちゃんのことしか考えてなかった。
俺の方こそ謝るべきなような気が。
「いえ、気にしないで下さい。口止めされていたのなら、当然でしょうから」
俺に謝られても困るだろうし、黙ってよう。
「太郎よ、わしが来萬家に攻め込むというのは、考えてもおらなんだか?」
じいちゃんが質問してくる。
「はい。全く考えてませんでした。村人達をかくまうので、関係がこじれるかとは思っていましたが」
「……お主はわしよりも敏いのではないかと思う時がある。だというのに、物事を広く深く考えないことがままあるな。八歳とは思えぬ時もあれば、八歳相応とも思える」
「いえ、私がおじい様より敏いだなんて、滅相も。私は八歳ですよ、ええ……」
なんか、答えが変になったな。
転生について尋問されてるような気がして。
「太郎よ、あの村人達は武連火村のことを知り、逃げてきたのであったな」
「はい、そう伺いました」
「どうやって、武連火村のことを知ったのであろうな?」
「それは、行商人か……人買いか、でしょうか」
人買いって言葉に出すのも抵抗あるな、やっぱ。
「偶然か?」
俺を見るじいちゃんの眼光が鋭くなる。
「雑談でもしたのでは?」
じいちゃんが扇子を俺にビシッと向けてきた。
「太郎よ。偶然、たまたま、など、この世にはほとんどないことを覚えておくがよい。結果の前には理由や原因が必ずある。村人がこの村に逃げてきたのもそうよ。たまたま、ではない。必然的に逃げて参ったのだ」
「……必然なのですか」
俺は面食らう。
お初ちゃんの話だとひどい生活をすごしてたようだけども。
武連火村に逃げるのが必然って、どういう意味だ?
扇子を降ろして、じいちゃんがまた語りだす。
「わしは行商人を抱き込み、武連火村が暖かく豊かになってきたことを来萬村の村人に話しまわるよう依頼しておった。また、土肥家に動員された際、わしらは来萬村で一泊する。その時にも、村人に同じ話を広めていた。だから、あの村人達は武連火村を頼ってきたのだ。武連火村の話をわしが広めていたという理由があるから、村人達の逃散という結果に至った。偶然ではない」
「……おじい様が調略をなさっていた、と」
じいちゃん、そんなことをしてたのか……
俺は毛利元就や北条早雲、三国志で行われた色んな計略を思い出した。
ここは乱世だよな、計略が行われていても不思議じゃないけど。
まさか、じいちゃんがなぁ……
「太郎よ、八歳ですぐに調略という言葉がでる者など何人もおらぬぞ。茂助からお主の勉学がすすんでおるのはよく聞いておる。お主には優れた資質があるのだ。だから、もっとよく考えよ」
「は、はい」
俺はじいちゃんに圧倒されていた。
中身が二十三歳だから優れてるように見えるだけなんです。
成長するかどうかわかりませんよ、とは言えないしなぁ。
記憶力は前世よりよくなったけど、思考力はどうなんだろうな。
「お主は村人達を受け入れる際、『手足がない頭など、敵にはなりませぬ』と申したな」
「はい、確かに」
……似たような事は言ったと思う。
記憶力はよくなったけど、一言一句同じかどうかまで覚えてない。
お初ちゃんの表情なら、二十種類くらい、鮮やかに覚えてるけど。
「その通りだ。お主は来萬村の実相を見通していた。わしもそう思うからこそ、来萬家を攻め滅ぼす。武連火家のためにな」
「……おじい様であれば、勝てるのは間違いありません」
本気でそう思う。
来萬家に転生してなくてよかったな。
「頼もしく思うぞ。賢者である太郎にそう言われれば、心強いわ」
じいちゃんがニンマリとする。
「ははっ、ご冗談を」
なんか、怖くなってきた。
よく考えたら、これから人を殺しに行くって言ってるんだよな。
それに、土肥家に動員されてて、何人か殺してるだろうし。
じいちゃんの迫力にのまれそうだ。
「で、わしが勝てそうな理由は他にあるかな。太郎に教えてほしい」
「……そうですね」
やべぇ。
これどう考えても、面接だよな。
変な答えを言えば、何されるかわからん。
半笑い状態のじいちゃんが妙にこえぇ。
そういや、父ちゃんもいるんだ。
俺が父ちゃんに視線をやったら、父ちゃんが目をそむけた。
父ちゃんっ!!
じっと見ても、父ちゃんは視線をあわせようとしない。
ひでぇ、かわいい息子を見殺しにするなんて。
「どうした、太郎?」
「……そうですね」
ちょっと考えさせてくれよ!
お初ちゃんから聞いた話、武連火村、来萬村の現状をインプットして、俺は考える。
つっつっつっ、うーん。
とっとっとっ、うーん。
「わからぬか?」
ぽっぽっぽっ、ぽーーん!
とりあえず、これでいってみよう。
間違えてても、呆れられるだけですむだろう、多分。
「いえ、いくつかはわかりました」
「ほう、では述べてみよ」
「武連火村は来萬村としか接しておりません。なので、全力を傾倒できます。これは重要です」
戦国ゲームで島津は強いってことだよ。
蠣崎はゲームによってはマゾゲーだが。
「それは正しいであろうな。他には?」
「武連火村と来萬村では、石高からしても戦力は武連火村が上です。その上、士気では圧倒的にこちらが上です」
「それもよい。だが、こちらが村人をかくまったことで、こちらに向かう街道口には抑えの兵がおいていよう。となると、多少人数が多いようでは、どうにもならぬ。それでもわしらは勝てるのか?」
そうなんだよな。
来萬村を攻めるつもりなら、村人達をかくまうのはまずい。
相手に警戒されるんだから。
それでも、じいちゃんは村人達を受け入れた。
となれば、だ。
「来萬家の重臣が内応する約束をしているのでは? そうすれば、いくら守ってても中から破れます。それにこちらが攻めるとすれば、時間を選べます。夜襲をかけて、村内になだれこめば、勝利間違いなしです」
リアル悪代官に家臣全員ついていけるわけないよな。
じいちゃんが計略を使うっていうなら、誰か内応させててもおかしくないはず。
さぁ、どうだろうと俺が思ってたら、じいちゃんが口を開く。
「大介、お主はよい孫を与えてくれたな」
「……私には出来すぎかもしれませぬ」
父ちゃんがこっちを見てくる。
さっきまで、視線むけてくれなかったのに!
とか思ってたけど、なんだ、目が潤んでるのか?
「来萬家の家臣筆頭、中津竹蔵はこちらへの内応を約束した。お主が言うように、夜襲をかけて一気に討破る。太郎、わしは勝てるな?」
「はい、必ず」
ここまで態勢を整えたら、絶対勝てるだろう。
じいちゃん、すげぇな。
俺は考えただけだ。
実現させるのとじゃ、難しさが全然違う。
「ありがたく思うぞ。それと、太郎には礼を言わねばならん」
じいちゃんが頭を下げてくる。
「父上ッ!」
「頭をおあげ下さい!」
俺と父ちゃんが慌てる。
頭を下げられたのなんて、当然初めてだ。
今日は初めて尽くしだな。
じいちゃんが頭を上げる。
「わしは若い頃より、武連火の旗を上毛いや五国一円に掲げたかった。武連火権蔵ではなく、ただの一個人である権蔵の野心よ」
「父上がそのようなことをお考えだったとは……」
父ちゃんの言葉に俺も同感だった。
といっても、俺は三年間しか見てないけど。
その三年ではそんな野心を抱いてるなんて、全く気づけなかった。
「だが、武連火家はわずか二千石。守りは堅けれど、攻めて領土を拡大するなどは夢のまた夢。また、来萬家の先代当主もきわめて優れていた。とうてい、つけこむ隙などない。わしは武連火家当主だ。成算なき行動などするわけにはゆかぬ。一個人の権蔵として行動できぬのだ。ゆえに、武連火家当主であるわしは野心をこの数十年、封じておった」
じいちゃんの語り口に俺と父ちゃんはひきこまれていた。
「されど、太郎が武連火村に暖と豊かさをもたらし、全てが変わった。来萬村の前当主の葬儀と一周忌にわしは参列している。葬儀の時は何とも思わなかったが、一周忌の時に来萬家を攻め滅ぼす、とわしは決めたのだ」
葬儀って三年前だから、俺が五歳でまだ床暖房とか確立してないか。
でも、一周忌って二年前だから、かなり形ができてる。
俺は暖房を作るのに必死だったけど、じいちゃんはあんな時から、こんな事を考えていたのか。
「太郎が生まれる前は、わしが動かないのが武連火家のためであった。だから、一個人にすぎない権蔵の野心をわしは封じていたのだ。だが、今では武連火家は拡大拡張せねば、他家に攻め滅ぼされるであろう。ゆえに、わしは動いた。わしが太郎に頭を下げたのは、わし個人の野心にすぎなかった領土拡大が、太郎のやった事により武連火家にとって最善の道に変わったからなのだ。この意味がわかるか、太郎?」
俺が生まれる前は、武連火家はひきこもるのが最善。
俺がやった事によって、武連火家は拡大拡張しなければ他家に滅ぼされるだって?
……どういう意味だ?
「すぐにはわかるまいか。よかろう、わしらが戻ってくるまでに考えておるがよい。どうも、太郎には物事を絶えず考えさせた方がよさそうだからな」
「かしこまりました。考えておきます」
俺にはずっと宿題を出しておいた方がいいってことか。
……自主的に勉強したことがほとんどないからな。
今も習い事漬けだけど、そうでなければ、勉強したかどうか自分でも疑問だ。
いや、お初ちゃんに約束したニュー太郎は少し違うぞ!!
……少しだけかもしれんけど。
「うむ。では、大介、参るぞ」
「はっ、父上」
「戦では絶対はない。わしらが討ち死にした時は、後は頼んだぞ。太郎は八歳だが、問題なかろう。人によって賢愚、器量、成長は異なる。わしは太郎がこの村に豊かさをもたらした時から、大人扱いしておる。太郎なら問題ない。当主代理を頼んだぞ」
「えっ……かしこまりました」
じいちゃんと父ちゃんは立ち上がって、部屋を出て行った。
取り残される俺。
って、じいちゃん、父ちゃん、絶対に勝ってくれよ!
八歳の俺が当主ってさすがに無理ゲーすぎるぞ!
来萬家討伐軍は百五十人にのぼる。
土肥家に動員された場合、出立するのは六十人。
約二千石にすぎない武連火家が無理なく動員できる人数が六十人だからだ。
この百五十人という人数に、俺はじいちゃんの意気込みを感じる。
もっとも、来萬村が徒歩二日という距離で近く、他に敵がいないからできることだ。
事が成れば、半数はとんぼ返りだろう。
農作業に戻らなければならないからだ。
俺は母ちゃんや次郎達と共に、来萬家討伐軍が出立するのを見送った。




