(13) 人とは変わるもの
夜陰の中、権蔵の本隊八十人は来萬家の当主屋敷へ一目散に向かう。
できる限り音を立てないようにしているのだが、何しろ八十人だ。
足音やら鎧がこすれる音などでどうしてもある程度は騒々しくなる。
隊は路地を通り抜けていくのだが、眠りが浅かった村人は三人ほど目を覚ます。
一人は寝なおした。
明日の仕事に差し支えるからだ。
一人は外に出て、小さくなった隊の後姿を見つけるも、再度眠ることにする。
確認できたのは最後尾の五、六人であり、見回りか関所などに配備された人間の交代だと考えたからだ。
そして最後の男が戸口を開けてちらりと見ると、二十人ほどの後姿が目に入る。
ただごとではないと思ったその男は慌てて着替え、手槍をたずさえて部隊の後を追った。
やがて、本隊は当主屋敷に到着する。
屋敷の中からは物音が聞こえない。
隊が足を止めると、静寂が支配するようになる。
それを確認して、権蔵の顔に薄い笑みが広がった。
表門には三十人、残り三つの門には五十人が向かう。
権蔵は中津竹蔵と供二人を付き従え、表門に待機する。
残りの門も逃げられないよう、三人ずつ詰めておく。
出入り口を塞いでおいて、いよいよ武連火軍は四方から当主屋敷に突入する。
目指すは来萬雅平の首一つ。
この隊に豊かな暮らしをしている者など、一人もいない。
太郎のお陰で、冬が暖かくなり食べるのに困らなくなってきた。
だが、それだけの話だ。
大した娯楽もなく、食事は稗や麦が中心なのだ。
甘い物といえば、水飴、柿などしかなく、そうそう食べられるものではない。
調度類も工業が発展していないため、どれもこれも高価で貴重なものであった。
だが、雅平の首をとれば、恩賞として銭がもらえるだろう。
そうすれば、行商人を通じて、様々な物が買える。
美味な食物、煌びやかな工芸品、光り輝く武具防具などが。
また、知行を増やしてもらえれば、一時的にではなく恒久的に生活が楽になるだろう。
雅平の首こそ、富を手に入れるための引換券だった。
兵士達は槍や刀を手に持ち、入り口をぶち破って、次々と屋敷に乗り込んでいく。
目標は雅平。
ただ雅平を。
誰もが気迫みなぎる形相だ。
ここまで至ると、当主屋敷の者達は次々と目覚める。
襲われたと知り、詰めていた従者達は起きて、闇の中、手探りで刀を取っていく。
当主屋敷に詰めているだけあって、武芸はそれなりに優れていたが、五人にすぎない。
邸内に侵入したのは七十人弱だ。
武連火軍は準備万端で完全武装。
それに比べ、邸内の者達は寝起きで寝巻き姿だ。
しかも、武連火軍は明かりを持つが、彼らにはそれもない。
あまりにも差がありすぎた。
来萬家の従者達は次々と討ち取られたり、大怪我で動けなくなっていく。
権蔵ができる限り捕縛するよう指示を出していたというのに。
当主屋敷に突入した者達は皆、雅平を目指して気が逸っており、最早捕縛は頭になかった。
来萬雅平は正室の阿茶との間に三人の子供をもうけている。
その内の一人である女児は幼くして死んだ。
また、阿茶も三人目の子供を産んだ後、産褥で亡くなっている。
雅平が乱行に及ぶようになったのは、阿茶が死んで側室二人を迎え入れてからだ。
善良で慎み深かった阿茶に対して、二人の側室は贅沢好きで奢侈な生活を求めた。
雅平は周囲に染まりやすかったのだろう。
阿茶がいる頃は、前当主も雅平が凡庸と思いつつもこれといった危惧は抱いてなかった。
しかし、阿茶が死に、南条佐内が取り入り、二人の側室がはべるようになると、雅平は来萬家史上最悪の当主となる。
その側室二人は、あっけなく捕らわれの身となった。
兵士達を見るや否や、命乞いをしたのだ。
また、雅平は阿茶が残した二人の男児は、乳母に任せて養育していた。
十歳の長男と四歳の次男は邸内が騒然となると、乳母と共に目を覚まし、着替えをすます。
乳母がろうそくをつけた燭台片手に様子を見に行くも、武連火軍の兵士達と鉢合わせた。
さすがに、女性をいきなり手にかけるようなことはせず、兵士は声をかける。
「おとなしくすれば、命はとらぬっ!」
「ひぃっ、若様をっ!」
闇の中、炎で照らし出された兵士達に乳母は恐れをなす。
乳母はつい口に出して、二人の子供が待つ部屋へ戻ろうとする。
気が動転していたのだろう。
だが、兵士達はその言葉を聞き漏らさなかった。
「若様だとっ!? 雅平の子供らかっ!」
兵士達は乳母を追いかける。
雅平の次に手柄となるのは、男児二人だからだ。
権蔵は禍根を断つべく、男児二人は殺すよう命令していた。
雅平の首は競争が激しいのは、兵士達もわかっている。
ならば、次の手柄を、と思うのは当然のことであった。
乳母が子供二人の待つ部屋に駆け込み、急いで逃げようとした時にはもう遅かった。
廊下で兵士達に捕まったのだ。
乳母は子供達を逃がそうとするも、槍の石突で叩かれ昏倒する。
兵士の槍が子供達に向けられる。
「覚悟っ!」
一人の兵士が放った言葉は、子供達に覚悟を迫ったものなのか。
それとも、子供を手にかける自分に覚悟を迫ったものなのか。
二人の男児はこの場ではかなき生涯を終えた――
雅平には一人の忠臣がいる。
蕪木春介という十九歳の青年だ。
いち早く彼は飛び起き、刀を持って、雅平の下に駆けつけていた。
「殿、邸内に誰かが乱入した模様です。お供いたしますので、お逃げ下さい」
春介は凛々しい顔つきに厳しい表情を浮かべる。
「何だとっ!?」
雅平は慌てふためく。
以前は引き締まった体つきだったが、今となってはだらしない生活でたるんだ身体だ。
「どこの者だっ!?」
「わかりません。詮索している時間が惜しゅうございます。一番近い門から脱出しましょう」
「う、うむ」
雅平も刀を手に持ち、簡単な仕度をする。
二人は雅平の部屋から出て、春介が先導し、一番近い門へ向かう。
だが、脱出する前に廊下で武連火軍の兵士達と出くわした。
全ての門から侵入されていたのだ。
どこへ向かっても、結果は同じであっただろう。
春介はさっと見て、十人はいるのを知り、その道を切り開くのを諦める。
「左手にお向かい下さい。私はここを守ります」
「春介ッ、わしは共に過ごしたお主を死なせたくない!」
雅平は悲痛な声をあげた。
「そのお言葉が聞けただけで十分です。心配ありません。後で参ります」
「……う、うむ。きっとだぞ」
「はい」
春介は微笑む。
雅平はその顔を見て、顔を歪ませた。
頭を振って、雅平は左手の廊下に向かう。
兵士達が春介の下に殺到してくる。
春介は剣術にそれなりの自信があった。
だが、この人数相手に全員倒せるとは思っていない。
自分はここで死ぬだろう。
だが、主君の為に戦っての結果であれば、本懐というものであった。
春介に槍の穂先が襲い掛かる。
それを潜り抜け、彼は渾身の突きを相手に見舞う。
兵士の左肩に刀が刺さり、悲鳴をあげて槍を取り落とす。
春介が刀を抜くと、血が吹き出た。
これが武連火軍で初めて出た負傷者となる。
その様にやや怯むも、他の兵士が槍で春介を突いてくる。
春介は同じように身をかわし、刀で右腕を突き刺した。
たまらず、その兵士は槍を落としてもだえ苦しむ。
続けざまに二人が倒され、武連火軍は完全に怯んだ。
その様子を見て、一人の男が春介の前に出てくる。
茅野多兵衛、剣術指南役にして、太郎の剣術の師だ。
「茅野多兵衛と申す。貴殿のお名前は?」
「……蕪木春介です」
二人を倒して、春介はやや息があがるも、問いに答えた。
「いい腕だ。では参る」
多兵衛は中段に構え、春介を見据える。
同じく、春介も中段で構えた。
春介は多兵衛と対峙して、自分が到底及ばないことを知る。
隙が見つからないのだ。
だが、雅平が逃げる時間を稼げればいいのだ。
無理に攻撃する必要はなかった。
多兵衛はそのことを承知している。
なので、裂迫の一突を春介にはなった。
この場では斬り払うだけのスペースはない。
突きあるのみだ。
春介は突きの速さに驚く。
先ほどの兵士二人とはまるで違う。
到底、カウンターなどする余裕はなかった。
懸命に避け、春介は汗が吹き出る。
多兵衛の突きはなおも続く。
攻める多兵衛に防ぐ春介。
そして、結末が訪れる。
技量に勝る多兵衛の突きが、春介の鎖骨あたりに決まったのだ。
春介は倒れ、血に染まった。
自分が死のうとするのを、春介は痛みの中で知る。
だが、悔いはなかった。
多兵衛は春介を惜しむも、あの傷では到底助からないことがわかっていた。
だから、これ以上苦しませないよう、
「介錯いたす」
と、一声告げた。
「……かたじけなく」
春介は目を閉じた。
「ごめんっ」
多兵衛は介錯し、春介の遺体を丁寧に扱うよう指示する。
「逃げたのが来萬雅平だろう。でなければ、この若者はここまですまい」
多兵衛の言葉に勇躍して、兵士達は逃げた雅平を追った。
兵士達の後を多兵衛が追う。
雅平を討つのは他者に任せるつもりだ。
春介の死に顔を見たがゆえに。
春介が逃がした雅平は別の門へ向かう。
だが、そこも塞がれていた。
眼前がまばゆくなり、雅平はとある廊下で走るのをやめる。
光源は兵士達が持つ明かりであり、雅平にとって禍々しい炎だった。
「おのれっ」
雅平は刀を抜き、鞘を投げ捨てる。
ここにいる武連火の兵士達は勝手門の一つから入った。
顔を知る案内役はここにはおらず、誰も雅平の顔を知らない。
しかし、明らかな敵であり、雅平に槍を向ける。
「こうなれば、一人でも道連れにしてくれるわ!」
雅平の突きが兵士の一人を襲う。
今では鍛錬などしていない。
だが、来萬家当主として、かつては剣術を学んでいる。
目の前の兵士は農兵であり、雅平の敵ではなかった。
雅平の突きがわき腹を襲う。
しかし、胴鎧のお陰で内臓をえぐられずにすんだ。
それでも痛みと衝撃で、雅平の突きを食らった兵士は槍を手放して倒れた。
雅平は次の兵士に襲い掛かった。
激しい攻撃であり、槍を手放して兵士は後退する。
雅平の身体が酒色で衰えてなければ、追撃して一撃を加えただろう。
たるんだ身体から汗が吹き出し、息があがってしまっており、後退を許してしまう。
雅平を強敵と思い、武連火の兵士達は攻撃をためらう。
そんな中、一人の青年がすすみでた。
茅野良助だ。
多兵衛の次男であり、太郎のお供をしている。
彼は手槍を構え、雅平に相対した。
雅平はできる限り呼吸を整え、中段に構える。
良助の槍が雅平を襲う。
反応できなかった。
ただそれだけだ。
雅平の胸に槍の穂先が食い込み、ほぼ即死だった。
良助は槍を抜き、懐紙で穂先を拭う。
「勝てましたね。邸内の捜索を続けるといたしましょう」
何事もなかったように、良助は振舞う。
良助は太郎の警護を務めているが、武連火村で恐らく最高の武人だった。
太郎は良助をただ強いと認識しているだけだが。
「は、ははっ!」
良助の手並みを見た兵士達は言葉に従い、前進していく。
来萬家最後の当主である来萬雅平の最期だった。
享年三十四歳。
二人の男児、一人の忠臣と共に彼は死んだ。
武連火軍は邸内を完全に制圧した。
権蔵と中津竹蔵が庭先に集められた遺体を改めていく。
瞳に何の感情も出さないまま、竹蔵は告げた。
「来萬雅平にその男児二人、家臣の蕪木春介に間違いありません」
「終わったな……」
ただその一言に権蔵の万感が込められていた。
「しかし、始まりでもある」
権蔵の言葉に竹蔵は軽く頷いた。




